かいちくとかいあつめる
るん、るるるん。
ぽてぽて歩く足取りも軽い。
知らずに溢れる鼻歌に、同行者──テレンツィオから声をかけられる。
「アレッタ様、ご機嫌のようですね」
「ふふん、なんでだと思う?」
「いえそんな。下僕ごときが主人の思惑を推し量るなど……」
「……その、下僕っていうのもなんとかならないかな?」
「事実ですから」
「それは……まあ認識はそうかもしれないけど……」
ごにょごにょ言い淀む。
悲しいかな、アレッタに非があるため強くはいえない。
まあ本人が気にしていないならまあいっか、と気を取り直す。
「答えはね、お買い物が大好きだからです!」
えへんと胸を張るがテレンツィオから帰ってくるのは良くも悪くも無難な返事。
「そうですか。確かに、岩場が増えてきましたね」
「……もうちょっと可愛げのあるお返事なかった?」
「次回までに考えておきます」
「ほんとかなあ……まあでも、ドワーフ族の管轄区域なのは確かだよ。オグニル爺の小屋ももうすぐだし。このあたりは惑いの木が少ないから幻覚作用も少ない……ってそういえば!」
案内も兼ねて先導していたアレッタは、真後ろにいるテレンツィオを振り返る。
「きみ、夢惑いの幻覚は大丈夫なの!?」
「ああ、それでしたら問題ありませんよ」
「え、普通の人間なのに……? もしかして……」
混血? と聞きかけて口をつぐむ。
基本的に、この森の幻覚は人間に毒だ。自然に耐性を得るのは不可能に近い。ゲームをやりこんだアレッタは知っている。ここのデバフは
そう考えると異種族の血が混ざっている可能性の方が高いのだが、この世界における混血は蔑称に当たる。咄嗟に思いついたとしても迂闊に口に上らせていいものではない。
言い淀んだのをどう解釈したのか、テレンツィオは打ち消すように笑みを浮かべる。
「これに限っては、アレッタ様のおかげですよ」
「わたしの?」
「僕がアレッタ様の下僕になるということは、その恩恵を受けることと同義です。つまり……」
「そっか、従魔は召喚者の耐魔力も共有するから、わたしの属性も付与されてるってことだ」
召喚者と従魔は、契約が結ばれたときを境に互いに影響をもたらす。そのひとつが魔力の属性値や耐魔力だ。召喚者が元々持っている魔力の属性と相性のいい従魔を召喚できればその力は増幅するし、真逆の属性の従魔であれば使えなかった属性の魔法も使用可能になる。
今の場合、おおよそ召喚契約を結んでいる状況と同義。アレッタの幻覚耐性がテレンツィオに付与されているからこの森にいても惑わされない、ということだ。
「そうでなければ、アレッタ様の家に着く前に幻覚で行き倒れていると思いますが」
「それはたしかに……」
アレッタの住処は夢惑いの森のさらに奥深く。
普通の人間ではたどり着く前に途中でばたんきゅう、のはずだ。人間の作れる魔道具で対策ができるのなら、今頃夢惑いの森は踏み荒らされているだろう。
だからこそ今朝のアレッタは無防備にドアを開けてしまったのだが。
「それはそうと、あの小屋が目的地ですか?」
「あ、うん!」
小屋、と言っても洞穴に小さな扉をつけたような佇まい。ドワーフサイズなのでアレッタにはちょうどいいくらい、テレンツィオの体の半分くらい。
外には斧や鋸などの工具が置かれていて、さっきまで作業していたのだろう、木片や木くずが散らばっている。
ちょっとここで待ってて、と言い含め、アレッタは迷うことなく小屋の右側に回り込む。
ドワーフの朝は早い。日が昇ると作業をはじめ、日没とともに眠りにつく。太陽がとうに天高く昇っている今の時間、どこかしらで作業をしているはず。
「あ、やっぱりこっちだった」
右側にある炭焼き小屋で、せっせと木材を窯につめている後ろ姿を見つける。
以前、後ろから肩を叩いたら「作業中に危ない」とこってりお𠮟りを受けたので、ちゃんと声をかけることも忘れない。
「オグニル爺〜! 遊びにきたよ!」
「……なんだ、アレッタか」
「『なんだ』って、せっかくきたのに!」
「……お前がくるとうるさくてかなわん」
ふい、と視線が炭焼き小屋の方へ向いてしまう。
しかしこれでも1年前に比べれば随分と態度が軟化したのを実感しているアレッタは、仕方ないなあ、もう、と邪魔にならない程度に木材の運搬を手伝う。最初の頃は、それはもう大変だった。伝手もコネも知人もなくて、一日を生きるのに手いっぱいだった。
こうして何かあったときに頼りにできる、というのはとてもありがたいことだ。
異種族で信条や価値観が合わないこともあるけど、歩み寄ることはできる。……まあ、例外もあるのだけど。
手伝いながら最近どう? なんて軽く世間話。
次の行商人がくる日取り、鉱山の採掘量の話、このところ戦争で追われてきた魔獣が森の近くにいるから気をつけろといった注意喚起など。ふむふむとうなづきながら頭の片隅にメモする。
スマホなんてないから森の中での主な伝達手段は専ら口伝えが多い。連絡用の魔法もあるのだが、どちらかというと緊急事態に使われるものらしく。気軽に送ったら「何かあったのか」と心配させてしまったことがあり、文化背景の違いを体感した過去がある。
テレンツィオを待たせてしまうが、情報収集もアレッタには必要なことだった。
「それで、なんだ。ただ寄ったわけでもないだろう」
「うん、そう。オグニル爺、前に言ってた増築用の建材ってもう用意できてる?」
「おおよそはできている。あとは表面の研磨くらいか」
「急で申し訳ないんだけど、今日もらってもいい?」
「……それは、あそこの人間のためか」
オグニルの目は鋭くなり、離れたところで待っているテレンツィオに向けられる。
アレッタとは友好的に接してくれるオグニルだが、さすがに夢惑いの森でピンピンしてるテレンツィオには警戒の色をあらわにする。人間が夢惑いの森に来る目的なんて、妖精の乱獲か開墾か地下資源の独占か。いずれにしたっていいものではない。
アレッタが逆の立場だったとしても同じように警戒するだろう。できるだけやわらかい表情を心掛けつつ、いかつい顔のオグニルを安心させるよう努める。
「まあ、ちょっと事情があって……ついでだし、予定してた増築工事やっちゃおって思って」
「……そこまでする必要があるのか」
「詳しくは言えないけどわたしの責任だし……それに、人間にこの森は厳しいからね」
「……深い仲なのか」
「……んぇ!? そ、そんなんじゃない! あの人間はテレンツィオっていってわたしの……わたし、の……なんだろう……?」
あわてて紹介しようとして、首を傾げてしまう。『下僕』なんて紹介は絶対だめだ。夢惑いの森は平穏で穏やかで──娯楽が少ない。その上、コミュニティが狭いから噂話がすぐ広まる。
少し前にアレッタが天体観測しようとして屋根に上ったら足を滑らせて転がり落ちたときも、隠していたはずなのに翌日には森のほぼみんなが知っていてお見舞いの花が届いたり揶揄われたりしたのだ。
『下僕』だなんて言ったら最後、向こう半年は話題になる。それだけは絶対避けなければ!
『知り合い』だとそこまで面倒をみる必要もない。
『友人』というほど、知ってることは多くはない。
えっと、うーん? と追い詰められたアレッタが捻り出した答えは。
「えっと、友達の練習してる、の!」
「……練習?」
うん、友達の練習台なら友達そのものでもないし、少なくとも知り合いではあるよね? 練習中ならアレッタにも利があるし多少面倒を見ててもおかしくない……かもしれない?
「ほら、森の奥まで人間がくることって滅多にないし、この機会に仲良くなる練習……に?」
「…………」
「あ、でも森のみんなには迷惑かけないようにするし! 悪いこと絶対しないように見張ってるし、そんなことしたらちゃんと怒るから!」
「…………」
「ごはんもちゃんと面倒みるし、帰るときは森の外まで連れてってもう来ないように言っておくから……!」
「………………」
「おねがい!」
野良ネコを拾って親を説得する気持ちになりつつ、アレッタは顔の前で両手をぱちんと合わせる。
オグニルは口を引き結んだまま。
これ以上言うことが思いつかず、口籠もる。
なんだ、友達の練習って。自分でもめちゃくちゃな理論で押し通そうとしてるのはわかっているが、もうここまできたらこれでごり押しするしかない。
木々を揺らす風の音だけが響く中、オグニルが重い息を吐く。
「…………最後まで責任持って面倒見るように」
「……! うん、まかせて!」
オグニルをうなづかせられたら、森の半分の了承を得たのと同じだ。森の住人の半分はドワーフ。その代表のような立場にいるオグニルが『見逃す』という判断をしたのだから、他のドワーフから異論があってもしばらくは静観の形を取るだろう。
これでここにきた目的の半分は果たせた。
「……日が沈むまでには建材を用意する。あとで取りに来い」
「うん、ありがとう!」
「……気をつけろ、人間は腹の中で何を考えてるかわからんからな」
耳の痛い忠告に、わかってるよ、大丈夫と返事をする。アレッタだってわかってる。人が心の中でどう思ってるかなんて、誰にもわからない。……普通の人間だった前世で、痛いほど思い知った。
じゃあ、またあとで、とテレンツィオの元へと戻る。
「ごめん、お待たせ」
「いえ」
「夕方に木材を取るにくることになったから、次の場所に行こうか!」
「……次?」
「うん、家を建てるときには『祝福』が必要なんだって」
増築なら略式でも大丈夫かもしれない。
前に聞いたときには「そのときまでに調べておく」っていってたからそれほど時間はかからないだろう。
「次に行くのは大樹の近く。エルフ族の管轄区域だよ」
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