第13話

さて、私がケリーたちに拉致されて一時間後、メイドたちは相当気合が入っていたのか、コルセットがきつすぎて、私の大事な臓の物たちが今にも出てきそうである。


体がうまく曲がらず、まるで木偶の坊のように体の勢いだけで前に進む。


馬車に乗り込もうと庭に出れば、ヴィアが馬車の前で待っていた。


「……馬子にも衣装ですね」


「ヴィア、そんなに命が惜しくないのかしら」


「冗談ですよ、この世界で誰もがような美しさです。私、思わず見とれてしまいました」


「なんでひれ伏すのところだけ強調したのかしら?何か他の意味でも?」


「まさか」


とりあえず、体が早く座らせろと悲鳴を上げ始めたので、ヴィアを無視して無駄に豪華なドレスを馬車に押し込んで乗り込む。

こちとら逃げる道を自分で閉めてる気分で機嫌が最悪だって言うのに、なんでこいつはいつも的確に私の神経を逆なでしてくるのだろうか。


「お嬢様」


ヴィアが扉を閉めようとした際に話しかけてくる。


「何よ、こっちはいろんなところ絞りあげられて不機嫌なの。次何か言ったら道徳とか無視してぶつわよ」


「それは怖い。いえ、ただ伝えたかったのは――お綺麗だということです」


「よーし、右頬を差し出して、左頬も……って、はい?」


絶対悪口が来ると思っていたために私は拍子抜けしてしまった。

こいつ、悪口以外にもしゃべれたのか。


「あんた悪口以外も喋れたのね」


「お嬢様、心の声駄々洩れですよ」


ハッとして口を塞ぐ。

そしてしばらくヴィアと見つめあいながら、二人の間に沈黙が流れた。


「あんた、急に何?」


「いえ、ただ緊張されているようだったので」


ヴィアはそう言いながらフッと私に笑いかけた。

その顔に不覚にもこの体はドキンと心臓を震わせる。


「大丈夫です、行ったって命は取られませんよ」


その言葉に私はビクッとしてしまう。

いつも無表情なこいつが笑ったというのもあるが――それよりも今私が一番不安がっていることを的確に当ててきたことが私にとってはまるで暗殺者に背後を取られたような感覚を覚えた。


「何よそれ」


動揺を気取られないように、ゆっくりと精一杯の返事をする。


「人間生きていることが一番重要ですから」


さっきの微笑はどこへやら。ヴィアの表情はいつもの仏頂面に戻った。


「なんかいつも調子乗ってるあんたの励ましって気持ち悪いわね」


「お嬢様はわがままですね、貶すなと言ったから褒めたのに。まぁお嬢様の美しさなんて私の美しさには敵いませんが」


いつものヴィアの悪態に緊張とコルセットで固まっていた体が徐々にほぐれていく。

あ、コルセットは変わらないからほぐれていくのは気のせいか。

でも――。


「本当にあんたいい性格してるわ」


フッと笑いながらヴィアの冗談に返す。


「お褒めに預かり光栄です」


わざとらしく頭を下げたヴィアは今度こそ、扉を閉めようとした。


「ヴィア」


「なんですか?トイレですか?」


「違うわボケ!?ただ……気遣ってくれてありがと」


「‼」


でも確かにさっきのヴィアの言葉で多少気は紛れた。


逃げ道がないって言うけれど、きっとそれは見えている道に進もうとしていたからだ。

茨でも、海の底でも、探せばきっと他にも私があの家から出て、生き延びる方法はあるはず。

グッと腕を構えて、気合を入れなおした。

その姿をヴィアが目を見開いてみていたとも知らずに。


「本当にそういうところ、変わりませんねぇ」


ヴィアがぼそりと何かをつぶやいた。


「え、何か言った?」


「いえ、なんでも。では、良い馬車旅を」


ヴィアが扉をパタリと閉めて、私だけが馬車の中に残される。


「そういえば私馬車乗るの初めてかも。楽しみ~」


ルンルンと鼻歌を歌っていれば、ふとヴィアのさっきの言葉が頭をよぎった。


――お綺麗だということです。


今更だがその言葉にちょっとだけ照れていた自分がいたことが恥ずかしくなる。


「相手は私よりもはるかにガキよ?なんで動揺なんて――」」


普段私に悪口しか吐かないヴィアが急に褒めてきたのだ。そりゃあ動揺だってする。

自分にそう言い訳をしながら、さっき上がった熱を手で仰いで下げる。

そしてまたふと私の脳裏によぎったのは、前世で菜鈴の家に行ったときに読ませてもらった漫画だった。


「普段は冷たい態度なのに、急に優しくなる……すなわちヴィアはツンデレ?」


「お嬢様?」


私が独り言をつぶやいたタイミングでケリーが私の荷物を持って馬車の中に入ってくる。


「あ、あ!なんでもないのよ?ほら早く出発しよう!ケリーもお母様のお手製お菓子食べるでしょ?お母様が持たせてくれたの」


「あの、お嬢様……ツンデレというのは?」


「なんでもないのよー!私最近外国語に興味があって!それの練習、練習!」


「は、はぁ?」


そんなこんなで、私たちは王城へと馬車を走らせ始めたのだった

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