第11話
さて、今日は大事な日だ。
私はバルコニーでその小さな体を仁王立ちさせながら、ふんと鼻をならした。
「今日、私はこの家を出るのよ」
机の上には母上に向けて書いた手紙と親父に書いた小さなメモがあった。
え?紙の大きさが違くないかって?
書く量があれで足りたんだもん。いいでしょ?
「よし、準備よ!」
つけていた蝋燭を消して、こっそりと一人で庭に出る。
庭の奥へと進んでいけば少し塀が壊れ、私でも抜けられそうな抜け穴が露になっていた。
「よし、いい感じね」
こっそり集めていたへそくりを穴に放り投げ、あちら側にボトッと落ちる音がしたのを確認すると私もその塀の上に身を乗り出す。
「母上、親父、元気で」
私は黄昏ながらしばらく公爵邸を見つめた後、できるだけ音を立てないように塀の外へと出た。
「これから生きてくのにこれで足りるかな~予定さえ早まらなければ……」
クーっと唇を噛みながら私はこの小さな体では少し重い巾着袋を振った
そう今日は急遽私がこの家から逃げると決めた日だ。
明日は王子との面談。
前日まで逃げるか、逃げないかを考えていたのだが、一人の小娘が王家に叶うわけがないのでさっさと顔を覚えられる前ににげることにした。
幸いこの世界には写真がない。
顔さえ特定できなければまだ逃げられるはずだ。
昨日決めたせいで、一夜漬けの作戦だったけど案外すんなり公爵邸から逃げられた……それでいいのか公爵家?
まぁそのおかげで難なく逃げられたのだから今だけは親父のずさんさに感謝しよう。
――そのころ、公爵邸では。
「へっくしゅ!」
「あら、あなた。風邪?」
「そうかもな……生姜湯ってあったっけ?」
「無理がたたってるんですよ、ガラスに会うために仕事切り詰めるから」
「いいんだよ、それが幸せなんだ」
「そういうところがガラスに嫌がられているのでは?」
「え?」
――ガラス視点に戻る
「それにしても、うちの領地ってどこからどこまでなんだろう?」
懐には親父のタンスからくすねたうちの領地の地図がある。ピラリと開いて見れば大雑把で子供が書いたような乱雑な地図が乗っていた。
「親父……」
本当にこれでいいのか公爵家。
私は少しこの公爵領の心配をしながら、その地図をどうにか解読しようと試みる。
小麦畑がここにあって、で関所がここにあるから......。
うん!!さっぱり分からん!!
「とりあえず歩いてりゃどうにかなるだろ。あ、川だ」
「無謀が過ぎますよ、お嬢様。その川が三途の川になる前にお戻りください」
「ヒョッ!?」
真上の木から声が聞こえてきて、バッと振り返る頃には私の目いっぱいに黒いマントが迫ってきていた。
「ギャー!?」
「せっかくの礼儀作法の授業、全く身についてませんね」
間一髪でそいつを横に飛んで避ければ、高い木から飛び降りたにも関わらず、その物体はサッと立ち上がり、嫌味を吐きながらこちらを振り向いた。
烏色の黒髪、騎士とは思えないローブ。ヴィアである。
「あ、あんた。まさかこんな真夜中にも私の監視してるの?(現在夜の3時)」
「当たり前ですよ、お嬢様の安全を守るために私がいるんですから」
「あんたいつ寝てるの?」
「……秘密です」
「妬ましい……」
「何がですか」
「なんで寝ないでそんな美貌を維持できんの?」
「絶対今気にすることではない気がするんですけど」
「隙あり!」
ヴィアが一瞬気を抜いた瞬間に魔法石を地面に叩きつける。
さて今更だがこの世界には魔法が存在している。
その魔法を封じ込めたのがこの宝石。
目が飛び出るほど高いらしいが、さすが公爵家。積み荷の中に入ってたのをもらった。
なんか王家の紋章ついてたけど大丈夫っしょ。
叩きつけた瞬間に草がぼわりと伸びて私とヴィアの間に大きな壁を作る。
背が高くて、ちょっと固いその葉は簡単には登れず、かき分けるのも一苦労しそうだった。
私はその光景をしばらく圧倒されて黙っていたが、しばらくして状況を飲み込めてくると、徐々に顔がにやけてくる。
勝ち誇った顔で反り返って高笑いした。
「ざまぁねえな、ストーカー野郎!私は自由に生きる!あばよ!」
私がガーハッハッハッと笑っていた時だった。
「お嬢様、早くいかないと追い付かれますよ」
「あぁそれもそうね――ん?」
ロボットのようになった首をギギギと動かせば、そこには私の持っていた地図をいつのまにやら奪って、いつもの仏頂面でじーっと見ているヴィアがいた。
「これで領地の外に出るのはやっぱり無謀以外の何物でもないですね、そんなに死にたいのならこの書類にサインしてから逝ってください」
「て、てめぇ!?なんでここにいる!?」
「安っぽい物語の敵役みたいなセリフ吐いてないで帰りますよ」
そう言って有無を言わさず私を担ぎ上げるヴィア。
「離せぇぇぇ‼」
ポカポカとヴィアの背中を叩くがまったく意味をなさないようで、空しく私の手が痛くなるだけだった。
「ちょっと離してよ!逃がしてくれたらこの巾着袋あげるから!」
「なんですか、このばっちい巾着袋」
「なんだとこら?」
私がメンチ切ってる隙をつかれてその巾着はいとも簡単にヴィアの手の中に納まっていった。
「あ、ちょっと!?」
「あぁ、あぁ、こんなに溜め込んで。公爵家のご令嬢として恥ずかしくないんですか?」
「あんたこそ、レディの巾着袋を許可もなく覗くとは騎士として恥ずかしくないの?」
「はぁ、どこに家の金品を持って、夜中に家を抜け出すレディがいるんですか?」
「ここにいるじゃない」
「嫌味だったんですけど」
「知ってるわ、ねぇそれより私を離してくれない?それはあげるから」
「……嫌ですね」
「なんで?十分あなたの給料を超えていると思うけど」
くすねてきたとは言え公爵家のものだ。歴史的にも価値のあるものも入れてあったから、こいつの給料の何十倍もするはずの代物であるはずなのだが。
「私、お嬢様が好きなので」
「え?」
一瞬頭が真っ白になる。
うん?今こいつなんて言った?
すき?スキ?すき焼き??
……は!
正気に戻った私は顔に熱が集まるのを感じた。
私は顔を真っ赤にして、顔を覆う。
え、今なんて言った?なんて言った!?私のこと好きって!?
私のこと好きだから逃がしたくないとか……それってまんま少女漫画みた――。
「お嬢様の側にいるとお金がいっぱいもらえて、衣食住も保証されるんです」
その言葉を聞いた瞬間、熱くなっていた頬から熱が引いていくのが分かった。
それをしゃべるヴィアのはまるで夢を語る青年のように瞳が輝いている。
恨みを込めてヴィアを睨めば、ヴィアは口を隠して唇からプププッと笑いを漏らした。
「なんですか?お嬢様。もしかして私がお嬢様を好きだと勘違いしました?」
手で隠しながら嘲笑うように小馬鹿にしてくるヴィアに腹が立ったので私はとりあえず拳を振り上げる。
「よーし、ヴィア。そのきれいな顔一発殴らせなさい」
「私から逃げられすらしなかったお嬢様が拳を当てられるとでも?」
「避けられるもんなら全部避けてみなさいぃぃぃ!」
こうして家に連れ戻されるまで私はヴィアにかすりもしない拳を振り上げ続けたのだった。
関話
「そういえばあんたが渡してきた書類って何?」
「遺産相続についての書類ですよ?」
「へーどんな?」
「お嬢様が死亡した場合、私に遺産を譲るっていう内容の契約書です」
「……」
「どうしました?」
「なんか公爵邸にいる方が死ぬ気がしてきたわ」
今日も公爵邸は平和です(今は)
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