第10話

ヴィアが侵入者と戦っていたとはつゆ知らず、次の日の朝。


「はい?」


私は聞こえてきた単語が信じられなくて無駄に硬いベーコンを切っていたナイフを落としてしまう。


「親父、なんて?」


「だから親父じゃなくて父上か、パパって呼んでって言ってるでしょ可愛いガラス」


「あーはいはい分かった分かった。で親父、さっきなんて言った?」


「全然わかってない」


母上は私の前で必死に笑いをこらえてる。

綺麗に切ったベーコンを口に突っ込んでごまかしているつもりみたいだが、母上ガチファンである私の前ではお見通しだ。


そんな姿も愛おしい‼


「母上!今日もお美しいです!」


「え、唐突に?お父様と話してるんじゃなかったっけ??」」


「あらガラスったら、こんなおばさん褒めても何も出ないわよ~あ、ベーコン切ってあげるわね」


「さっそく出てるし」


「え!いいんですか⁉推しに切ってもらったベーコンを食べるなんて……今日は絶対いい日になります!」


「わからない単語もあるけどガラスは母上が大好きね~」


「はい!大好きです!」


「ガラスガラス、お父様は?」


「あー好きですよ、好きですです」


「なんか声に抑揚がないんだけど」


母上がもう耐えきれないと言わんばかりに肩をプルプルさせている。

いい加減に親父をいじめるのはやめて本題に入ろう。


「で、親父様。私が誰の婚約者になるって言いました?」


「ちょっとマシになったけど、親父は変わらないんだね……まぁいっか。そう、ガラスをぜひ婚約者にと王家から伝達が――」


「なんで?」


「ガラス、お父様のセリフを遮らないで。お父様泣いちゃう」


「お嬢様、顔が大変なことになっておりますよ」


ヴィアがテレパシーで伝えてくる。

今ヴィアってテレパシー使えたの?って思った人いるよね。

そうなんだよ、ちょっと前のお茶会で私が迷子になった時から、私とテレパシーできるように魔法石で作った通信機渡してきたんだよ。


「あの、ガラス。お父様の話を……」


「待って、回想の邪魔だから」


「回想の邪魔?」


まぁ回想を引き戻すと、あの日、ヴィアは小さなネックレス型の通信機を渡してきて――


「つけてください、お嬢様」


って言われたんだけどめんどくさくて嫌だって駄々こねたんだよ。


「お嬢様がどこにいるか分かるようにしないと護衛できませんので」


口ではそう言っていたが顔は正直である。


「勝手にどっか行った上に、戻ってくるのに2時間かかるとはどういう了見ですか??」


青筋が入ったニコニコ笑顔の上にそう書いてあった。

あの時のヴィアは中々の迫力だったなぁ。


「お嬢様、明後日の方向なんて見つめてないで旦那様の言葉を聞いてあげてください。涙目になってますよ」


ハッとして父上の方を見てみれば――本当だ。目がウルウルしてる。


「お父様の言葉、聞いてくれたらうれしいなぁ……」


もう最後は消え入りそうな声で言ってきたので、私はコクコクと慌てて頷いた。

すると親父は


「本当かい?」


とちょっとだけ嬉しそうに返事をした。

本当に親馬鹿だなこの人。


親父はゴホンと咳ばらいをすると、話を再開した。

親父の話をまとめると、今王家では第二王子の婚約者を探しており、年齢的にも、家柄的にも、丁度よかった私をぜひ第ニ王子の婚約者に――ということだった。


「王家の命令だから逆らうことはできないんだ。だから今度、顔合わせも兼ねてお城に行くから礼儀作法のレッスンを増やすって話を――」


「なんてこった!?」


「お願いだガラス。お父様のセリフ毎回遮らないで」


もし王子の婚約者にでもなってしまえば、とうとうこの国から逃げ出すのが難しくなる。なんたって将来の王族候補だ、逃げ出したとなれば大騒ぎになって捕まえられること間違いなしだろう。


「どうしよう、まだ準備できてないのに」


「あぁそれは心配しないでいいよ。王家だってガラスぐらいの歳の子に完ぺきな礼儀作法は求めてないから――」


「違う!」


「違うの?」


準備というのは逃げ出す準備である。

ちょっとずつちょっとずつ。

ドレスについていた宝石とか、部屋の置物をくすねておいていつか現金に変えるつもりで集めていたのに。

まだ全然溜まってないし、脱出経路もよくわかってない。


親父が横でアワアワしてる中、私は爪を噛んだ。

今のうちに逃げないと圧倒的に逃げずらくなる。

でも今逃げるのはなかなかリスキー。


「どうしたもんかなー」


私は首をひねりながら、さっき母上が切ってくれたベーコンを口に突っ込んだ。


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