第8話

ヴィアが私の護衛騎士になってから1か月が経った。

まぁさすがの私もヴィアの美貌には慣れてきて、綺麗だとも思わず最近ではそこら辺の執事たちと大層なく思えてきた。


そう私は、である。


「お嬢様。前が見えないのですが。はずしていいですか?」


「馬鹿おっしゃい‼あんたの顔お茶会なんかで晒してみなさい。あんたを奪おうと男女問わずうちに手紙の嵐が来るに決まってる!それ処理するのは私なんだから」


今ヴィアの顔には私が昨日自分の古い黒のドレスを使って作ったレースの顔隠しがある。ただ素人が作ったものなので、踊り子が付けているようなきれいなものではなく、フードの下の顔に布を貼っ付けたみたいになっている。

口と目の部分がへこんで影になっているので、夜に出会おうもんならメイドたちの怪談話になれそうな仕上がりだ。


「じゃあなんで連れてきたんですか」


「母上がいるからにきまってるじゃない。頼りにならなそうな親父の代わりに母上を守るのよ!」



今私は公爵家令嬢の義務でもある、王家のお茶会に来ている。

国の重鎮を始め、国中の貴族たちが集められる大きなお茶会。

しかしその裏では各領地の腹の探り合いが起きているような場所だ。

母上の美しさを見て変な気を起こす奴が出てきても不思議じゃない。だからこいつを連れてきたのだが――。


「苦しいんですけど」


不服そうに、顔に貼り切れずピラピラと揺れていた余った布の部分を手で弄びながらヴィアはため息をついた。


「じゃあ空気穴開けてあげるから、剣貸して」


私はヴィアの腰に差してある真剣を指さす。

するとヴィアは布越しでもわかるほどにゲッと言わんばかりの顔をした。

布越しだからか、ちょっと面白い。


「殺す気ですか?」


「騎士は剣と友達なんでしょ?」


「友達って口に入れるもんだったんですか??」


「もう、わがままね。じゃあ、そこらへんでケーキでも貰ってくるふりしてフォークもらってきてあげるから待ってなさい」


「あ、お嬢様。私が離れるわけには」


「ここは王家のお茶会よ。ここで騒ぎを起こせばすぐに衛兵が飛んでくるなんて馬鹿でもわかるわ。それにあんたが気にかけるべきは母上よ。母上のいる方向に全神経を集中させなさい」



私はそう言ってヴィアの元から離れる。会場は広々とした王家の庭園だ。そのため会場にいる人間が手軽に食べ物をつまめるように、食べきれないほどまでに会場のいたるところにテーブルが用意されている。


私はきょろきょろと辺りを見渡してみた。

周りには私と同じぐらいの背丈の子供たちがたくさんいる。

子供たちが集まる場所は大体決められていて、そこのテーブルは私たちに合わせてテーブルが低く作られているのだが――。


「みんな話しながらつまめるようにテーブル近くに陣取ってる……」


おやつをつまみながら話せるように取り皿は用意されているし、トングだってある。

でもそれを持ち歩いて、人と話し、また取るために戻ってを繰り返していれば手間以外の何物でもない。

その結果考えつくことは同じ人間なのだから一緒である。


『取りに行くのがめんどくさいなら近くに行っちゃえばいいじゃなーい!(某王妃の言葉)』


そんなわけでフォークと一切れのケーキを取れる隙間すらそのテーブルには見当たらない。

私は一旦ため息をついて足を逆方向へと向けた。


「うーん、他のところ行ってみるか」


しかし面白いぐらいに見つからない。

ケーキとフォークを探してテーブルを流れ流れて流れ続け。

やっと会場の隅っこで人が少ないテーブルを見つけた。


「やっと見つけた……」


私はそのふらふらになった足を遊ばせながら、千鳥足でテーブルへと向かう。

幸いにも目の前にあるケーキは一つ。


「よし、フォークゲットだぜ!」


私がケーキに手を伸ばした瞬間だった。


「あ」


鈴を転がしたような可愛い声が私の横から聞こえて、私の手に白い手が重なる。

私は驚いて手を引っ込めたが、そんな私に驚いたのか、私の隣の人物も手を引っ込める。

ゆっくりと声が聞こえたほうを振り返れば、そこには誰もいなかった。

私がきょろきょろとしていれば下から先ほどと同じような声が聞こえた。


「ご、ごめんなさい……」


控えめなその声に私が顔を下に向ければそこには私よりも背の低い子供が立っていた。

絹のように滑らかで桃色の長い髪、手に収まってしまいそうなほど小さな顔、そしてこぼれてしまいそうでクリクリしたサファイアのような目を潤ませて、まさに美少女とはこの子のような人のことを言うのだろうと言う感じの子だった。

私はふとこの子の髪を見た瞬間にある懐かしい光景が頭に浮かぶ。


「桜みたい」


「桜?」


思ったことが口に出ていたようで私はハッと口を塞ぐが、目の前の少女は上目遣いでこちらを不思議そうに見ている。

これはしっかり聞いてしまったようだ。

私はあきらめて孤児院に居た頃のように、その子の視線に合わせてしゃがんだ。


「うん、桜。私の昔住んでいた場所の花で、春が来たよって教えてくれる花なの。その場所ではその花が咲くと、みんなその花を愛でに遠くからでもやってきて、綺麗だ、綺麗だと褒めるような花なんだ。君は見たことない?」


私がそう聞けばふるふると首を振る少女。

私はそっかと言ってテーブルの上のケーキを一切れ取り皿に取ると、フォークを二本取って、その皿とフォーク一本を少女に渡す。


「え、でもお姉さんが……」


少女は戸惑ったようにその皿を受け取ることを渋った。

貴族の子にしては自己主張が薄い子だ。地方の子爵令嬢か、商人の成り上がりの子爵だろうか?


「私はいいの。私はこのフォークが欲しかっただけだから。それにケーキ食べたかったんでしょ」


「そ、そんなこと……」


彼女が言い返そうとした瞬間


グー


と可愛い音がした。

少女がお腹を押さえて顔を赤らめるので、私はクスリと笑ってしまう。


「その桜の花にね、私が昔住んでたところではお花見って言って食べ物を食べながらその花を見る習慣もあったの。なんでか分かる?」


少女はしばらく考えるようなふりをして首をひねっていたが、ついに首をさっきと同じように振った。


「わからない」


「まぁこの話、あんまり有名じゃないしね。じゃあ、お姉さんが教えてあげる。桜が咲くとね、そこには神様が宿ったって言われてたんだよ」


「神様?」


「そう、山の神様が下りてきてもう畑仕事ができますよーって教えてるって言われてたの。だからお花見をして神様に捧げものを渡してたってわけ。だからこのケーキはお姉さんからのお供え物」


私はつんと彼女の鼻を人差し指でつつけば、彼女はポッと嬉しそうに頬を紅くした。


「……ありがとう」


「どういたしまして!桜の神様!」


私がそう言えば、彼女はポカーンとした顔をして、私は思わずその顔に笑ってしまった。

つられて彼女もおかしくなったのか、クスクスと笑いだす。

しばらく、周りに誰もいないテーブルの前で私と彼女はアハハと笑いあった。


「お姉さん!名前教えて!」


「名前?私の名前はガラス=バートリー。バートリー公爵家の長女よ。あなたは?」


「私は――」


「リリー様‼リリー様!どこへ行かれたのですか?」


ふと誰かを探すような声が聞こえた。


「あ、私もう行かなくちゃ。じゃあガラス様、ケーキありがとうございます」


「あら残念。また会えたらいいわね」


「えぇ!ぜひ!」


笑って手を振り、彼女は別れを言いながらテーブルの生垣の迷路の中に入っていってしまった。

あそこから来たのならいいのだが、迷わないだろうか。

私は少し心配しながも、そのテーブルを後にして、あの場所に置いて来ていたヴィアの元へと向かった。


――この出会いが私の運命を大きく変えるものだとは知らずに。

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