第7話
「えーっと……何してるの?」
私はとりあえず冷静になって、彼に話を聞こうと試みる。
すると彼は驚いたように目を丸くした。
「情を私に持っていただこうと頑張っている次第です」
「うーん、そっか……」
ダメだこいつ話が通じない。
今絶賛押し倒されて、その凶器にもなりうる顔面で迫られている現在進行形のこの状況だが、残念ながら私にショタを好きになるような変態的性癖はない。
体の大きさは一緒だが、私の頭の中はピチピチ現役のJKだ。
ショタに迫られようが、押し倒されようが、おませな子だなぐらいにしか感じない。
「私親父に用があるから、できればどいてくれるとうれしいんだけど」
「これで情は湧きませんか」
「残念ながら湧きませんねー親父には他のいいところ紹介するように言っとくから」
「……そうですか」
するりと彼の手が私の頬から離れ、ベッドの脇に立つ。
私は急に空へと投げ出されて驚きのあまり少し震えている体を起こした。
彼がベッドの脇に立っているので私はひざにひじをつきながらベッドに座って彼に話しかける。
「あんた、変な子ね。こんなことするなんて私じゃなかったら不敬罪で訴えられてるところよ」
これは私の単純な疑問だ。うちの騎士団の試験を首席で卒業するくらいだから、頭が悪いはずないのにどうしてこんなことをしたのか全く理解できなかった。
「えぇ普通はそうですね」
さも当たり前のようにそう言う彼に私はさらに首を傾げた。
「わかってるならなんでこんなことしたの?」
私がそう言えば、彼はさっきまで側に立っていたのを移動して、私の前に立った。
「あ、また不敬罪」
「そんなことされませんよ」
彼は腰に手をあてて、ベッドに座った私の前で額に手をあてて目を閉じた。
なんかの決めポーズみたいな格好だな……。
「――私、美しいので」
「……はい?」
目が点になる。
あれ、私耳が悪くなったのかな?
今自分のこと美しいって言わなかった?
自分の耳が信じられなくて、その音声と共に見たはずの彼の表情を思い出す。
……うん、今と同じ仏頂面の顔だ。
あ、そっか。あれはきっと私の聞き間違いだったんだ。
こんな仏頂面がそんなこと言うわけないじゃない。
やだ~私ったらおっちょこちょい!
頭の中だけでテヘペロ顔をしていたつもりだったのだが、顔にも出ていたらしく目の前の彼が引いた顔をしていた。
「なによ、その顔。可愛い私のテヘペロ顔見れたんだから眼福でしょ?崇めなさい」
「……」
しばらく沈黙した後、彼は何かをいいかけて、やめた。
「ちょっとなにか言いたいなら言いなさいよ」
すると彼は少し考えるようなしぐさをして、ふるふると頭を振った。
「いいえ、何でも」
「そう言われると気になって仕方なくなる性格なのよね、私って。怒らないから話しなさい」
「絶対に怒りませんか?」
「えぇ神に誓って」
この世界で神に誓うというのは最上級の約束の仕方だ。
すると彼は観念したのか口を割る。
「本当にお嬢様は純粋な方ですね。自分のない美しさを信じて疑わないその純粋さ、見習いたいです」
すげぇ、お手本のような皮肉だ。
私の頭に走った青筋はきっと気のせいだ。うんそうだ。
「よーし、歯食いしばりなさい」
「神に誓って怒らないって言いましたよね?」
「神様、きっと美しくもない私の誓いなんて聞いちゃないわよ。さぁ傷跡が目立たないように腹辺りに拳入れてあげるから大人しくしなさい」
「すごいですお嬢様、眉間に入った青筋が数え切れません」
アハハハハと無表情で笑っている彼に、私が笑顔でヴィアのわき腹に拳を入れようとした時だった。ヴィアがぼそりと呟く。
「あの天使のような公爵夫人の娘とは思えないほど凶暴ですね」
その言葉が私の耳に入って0.000001秒、私の拳は彼のわき腹に入るか、入らないかの寸で止まった。
「あんた、今なんて言った?」
「え、ですからあの聖母のようなお母様を持っていらっしゃるのに、どうしてお嬢様はここまで獣のように横暴なのだろうと申し上げたまでです」
なんかさっきよりひどくなってる気がするけど、まぁどうでもいい。
それよりも――。
「私の母上、天使よね?」
私はヴィアの肩をがっしり掴んで彼に詰め寄る。
突拍子のない私の行動に驚いたのかヴィアは目をまん丸とさせている。
「?はい、まるでこの世の美しさをすべて集めたかのようなお方です」
「私の母上、聖母みたいに優しすぎて不安になるほどよね?」
「まぁ関わってそこまで経っていないですが、この国で一番慈悲深い方と言っても過言ではないでしょうね」
「うんうん、わかってるじゃない」
「お嬢様とは大違いです」
「えぇ、本当にそのとおりよ」
「私お嬢様のこと貶したはずなんですが」
「あら、母上をたたえる言葉なら私はなんでも許すわよ」
「それでいいんですか、公爵令嬢って」
「いいのよ、私が公爵令嬢なんだから。私が公爵令嬢の正解よ」
ヴィアは呆れかえっている表情を見せていたが、私の頭の中ではこいつを雇った場合の未来とこいつを雇わなかった場合の未来を天秤にかけていた。
(こいつがいれば母上への話が無限にできる。前世で言えばオタ友。それに一家が仮にも破滅したとき、私じゃなくて母上を守る人材が欲しい。え、親父?あんなの頼りにならねぇよ。ただ髭と権力と娘への愛だけ立派なあの親父だ。守ろうとはしてくれそうだが、すぐ死ぬだろう。今は会ったばかりだけど、母上の魅力を知っていけばもっと母上のことを好きになるはず。つまり母上親衛隊にできる……実力も申し分ないし……あれってことはこいつを公爵家から出すのは大きな損失?将来のこいつを巡っての闘争は嫌だけど、こいつによって得られる母上の安寧が大きすぎる。ってかうまく丸め込めば、私の脱走の手助けしてくれそうじゃない?)
私は頭の中で天秤が傾いた方向を見つめて、ふっと笑った。
「……お嬢様?」
ヴィアがこいつやべぇって顔しながら私に声をかけてくる。
私はふっふっふと構わず笑い続けた。
途中で「あ、こいつ何言っても駄目だ」とでも言いたげな顔をしてスンとしだすヴィア。
「あんた採用!」
私はビシッとヴィアに指を指して決め顔をキメた。
「はぁ……」
こうして私の護衛騎士はヴィアに決まったのだった。
――小話――
「あ、忘れてた」
「なんですか?」
「あんたさっき、私があんたを不敬罪に問わないと思った理由が自分が美しいからって聞こえた気がするけど私の聞き間違いよね?」
「いいえ、あってますよ?」
「合ってほしくなかったわ」
ヴィアは遠い目をしながら少しだけ笑った。
「だって私の美しさを見た人間は、呆けた顔して私の言うことなんでも聞いてくれますから」
「……」
私は思わず口をつぐんだ。
「どうしました?そんな可愛くもない顔して」
相変わらず所々に混ぜられる私への悪口は絶好調である。
だが私にはそんなことどうでもよくなるような疑問が頭の中に浮かんでいた。
「あんたまさかその方法使ってうちの騎士になったわけじゃないわよね?」
「……まさか。そんなことしませんよ」
「ねぇ、今の一瞬の間は何?怒らないから言ってみなさい!」
「本当にちゃんと実力で入りましたよ。そもそもほとんど男な騎士団で私の魅力が通じるわけなじゃないですか」
「……」
私はその言葉を聞いてもなおヴィアに疑惑の目を向けた。
「してませんって……」
小話終わり。
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