第24話 刺客の名は
王都から少し離れたところに位置する豪奢な邸宅。
そこにクリスの義姉であるエリーゼとやらがいるらしい。
屋敷に招かれた俺たち三人は待つことなく客間に通された。
俺とクリス、そして彼女。王国騎士である彼女はアリシアというらしく、俺たちの見張り役のようなものだろうか。黄緑色のショートヘアは派手よりだが、なにせ存在感が薄すぎるため、いるのかいないのか度々分からなくなる。
ゼーネと幾らの護衛はお役御免で宿屋に戻されたらしい。
クリスによるとすごすごと肩を落として歩いていく姿は葬式帰りのようだったらしい。
――ざまみろ、人に八つ当たりなんかするからだ。
ゼーネを占ったなら、きっと行き遅れていることだろう。あれで結婚などできまい。或いは政略結婚で気の毒な男を量産するだけだ。
そんな失礼なことを考えていると、二人はいつの間にか和気藹々と話していた。
「アリシアさんの剣かっこいいですわ」
「ありがとう。これは友人に貰った大切なものなの」
敬語ですらない彼女は人付き合いが上手いようだ。俺の知らぬ間にクリスをメロメロにしてしまった。否、勝手に懐いただけだろう。
「友人……」
その単語には僅かな憮然さが含まれていた。悲しいかな、彼女は学園ですら友人がいない。そのため、友達の友達は気まずい理論が当たり前のように適用されるのだ。
「うん、もう死んじゃったけどね」
「…………」
否――人付き合いが上手いと思ったのは俺の勘違いだったようだ。その証拠に、クリスがどんな顔をすればいいのか分からないというヘンな顔をこちらに向けてくる。
――やれやれ、見てられんな。
占い師はまだ来ないのかとせっかちな思考をしたとき、あることに気付く。
占いとは未来を予言するものだが、スキルならばそれ以外も知り得るのではなかろうか。
――それって、マズイよな。
ことによるとオカマのことや学園でのことなど、あらゆる秘密を暴露されてしまうかもしれない。
オカマによる帝国の被害は予想がつかないが、不法侵入や器物破損はれっきとした犯罪だ。つまり、損害賠償や懲役刑をこの俺に科される可能性も大いにある。
「……ちょっと、体調が」
宿屋に戻ればゼーネが何をするのか分からない。だが、背に腹は代えられないと、俺は席を立った。否、立とうとしたとき、がし、とクリスに手を掴まれてしまった。
「嘘とは、感心できませんわね」
――な、なぜバレた?
心の内を暴かれたような錯覚に、俺は動揺する。
溢れ出る冷や汗はとどまることを知らいといった具合。
しかし、演技には自信があるため動揺は瞬間的なものだった。上質な嘘は思い込みが重要であり、嘘を嘘でなくしてしまえばどうということはない。オカマについて訊かれたならば、俺はオカマという存在を夢に葬り去ればいいのだ。そもそもあり得ない存在なのだから容易いこと。
「べつに、漏らしたら失礼だと思っただけだ」
クリスは緑の瞳で覗き込んでくる。
そして、ふっと、笑う。
「なら、我慢しなさい」
「……あ、ああ」
その時、ガチャ、と扉が開かれる。待ちに待った占い師の登場だ。
――まぁ、占いなんてそう滅多に当たるもんじゃないからな。
俺は占いの精度にかけて静かに座り直した。
◇
「ああ、私の愛しいクリスティーナ!」
エリーゼはそんな第一声を言い放ち、わたくしを抱擁した。
「お、義姉様! ちょっと、苦しいし恥ずかしいですわ‼」
「ちょっとならー。もっといいじゃないっ!」
彼女はいつもそうだ。妾の子であるエリーゼとわたくしは気まずい関係であるハズなのに、なぜこうも距離が近いのだろうか。そのせいで毎度距離感が掴めない。
「クリス、これって……」
ギルが珍妙なものを見るような目を向けてくる。
――やめて! そんな目でわたくしを見ないで‼
「う、うう、クリスティーナが男を連れてくるなんて、くるなんてぇー。えーん、えーん」
義姉は泣き出してしまった。もう二十歳を過ぎているというのに、わたくしへの嫌がらせだったならどんなに良かったことか。これがナチュラルなのだから本当に怖い。ことによると、噂で聞くナチュラルハイというヤツではなかろうか。
「エリーゼ義姉様! 落ち着いてください。ほら、深呼吸して――ひぃっ!」
「くんか、くんか、はぁー皇女様の匂いー!」
悲嘆したかと思えば、臍のあたりに顔を埋めて歓喜している。
昔からこんな様子、否――以前より増して重症化しているようだ。
「はは、あははっ! ゼーネといい、クリスはヘンなヤツに好かれる才能があるな」
「ギルぅー助けてくださいましー」
たまらず笑い出した彼に助けを求めてみるが、無駄だったよう。抱腹絶倒で彼もそれどころではないのだから。
その姿を見て、わたくしは先程の嘘を後でしつこいほど問い詰めてやろうと心に決めた。
「ふ、ふふっ……」
「あ、アリシア様まで!」
「私もクリスって呼びたーい!」
勘弁してほしい、今度は駄々をこねだした。
「義姉様、そこらへんにしてください……」
「分かったよークリスたん、それで何用かな?」
――クリスたん⁉
「あはははっ! こりゃあ傑作だな!」
「おだまりなさい‼」
ヘンな呼び方をされたが、仕方あるまい。面倒なため、本題を切り出すことにした。
「……ええと、わたくしと彼の今後を占ってください」
「やっぱり男⁉」
「義姉様、彼は男ですが騎士として傍に置いているだけですわ。だから、どいてくださいませ」
その言葉を聞いて、長い黒髪を払い服装を正して厳かな態度で挨拶するエリーゼ。
「お初にお目にかかります。私はエリーゼ・アントワーヌ、以後お見知りおきを」
「あ、ああ……」
急激な感情変化にギルは若干引いている。
それもそうだ、彼女は病的なまでのシスコンなのだから。
わたくしは共感性羞恥で泣きたくなった。
――もう、どうにでもなれですわ!
自暴自棄になったとき、彼女は準備すると言い部屋を出ていった。
「やれやれですわ……」
嵐のように過ぎ去っていったが、また戻ってくるのだ。その憂鬱さにわたくしは天上を仰ぎ見た。
「なぁ、俺外出ていていいか? 彼女、目つきが怪しかったぞ」
エリーゼは男嫌いであるため、虫の死骸を見るような目で見られたのだろうか。
「ギルはまた迷子の子猫さんになりたいんですの?」
うっ、と声を漏らしたギルはどうやら図星だったようだ。
こんなところまで来たのだ、今更帰るわけにはいかない。
まずは二つ占ってもらう必要がある。一つはわたくしの命を狙う人物について、もう一つは麻薬を流している貴族について。
「おまたせー! で、具体的には何を占えばいいのかな?」
「は、早っ!」
戻ってきた彼女はそんな質問を投げ、目新しい道具を机に置いた。
水晶や六角形の筒、矩形のカード、ハンマー、数珠、地図、煤の入った箱、水の入ったピッチャーなどといった必要性の不明なものが手慣れた動作で綺麗に並んでいく。
まずは、腕試しをさせてもらおう。そんな心境でわたくしは言ってみる。
「ギルの秘密」
「はぁっ! ひ、秘密なんて、ね、ねぇから!」
義姉は煤を一掴みし、動揺するギルの頭にかけた。
そして、騒ぎ出したギルを度外視し、自身の頭を軽く捻る。
「魔力斬撃を飛ばすスキルを保有している、これが一番知られたくないこと、かな?」
「ああ、俺のスキルが……」
スキルとは魔法の如き現象を起こす異能のことだ。数十万人に一人という割合で生まれながらにして持っていたり、唐突に発現したりする。
しかしてそれは神の如き力であるため、帝国ではスキル持ちは保護対象に指定されている。赤子のうちにスキル持ちだと判明されたなら親から引き離され、貴族の養子にされたりするのだ。スキル持ちである貴族はステータスとして見なされるため、貴族以外ではスキルを隠すものは多いと予想できる。
「恥ずかしいのはー、つい最近まで貴族だと思い込んでいたこと」
ピッチャーの水をギルの頭に注ぎ、新たな占いをしたエリーゼ。
そこで、わたくしは待ったをかけた。
「お、義姉様! ちょっと待ってください」
ギルがスキルを持っている、この真偽を確かめなければならない。
こんな大事が判明したならば、彼はどうなってしまうのだろうか。
「ギル、本当なんですの?」
事実だった場合、わたくしは決して悪いようにはしない。むしろ帝国貴族から守護しよう。
そんな覚悟を自分なりに精一杯のせて訊いた。
「……ああ、そうだ。で、今更どうすればいいんだよ」
彼は至極鬱陶しいという表情を作り、そう言う。
「あー! もういいだろ? 本題に入れ」
今この場には帝国の者はいない。つまり、わたくしが目を瞑ればいい、ただそれだけのこと。
――わたくしが誰にも言わなければ、彼は幸せなんですの?
新たな疑問が浮かぶ。
「――私はスキルを三つ持っている」
唐突に、アリシアはそんなことを言った。
「でも、悪くない日々を送っているよ……」
スキルは数十万分の一の確率で保有するとされているため、単純計算でその三乗。
そんな天文学的な奇跡をもつ彼女はギルを励ましてくれたのだろうか、その優しさにわたくしは余裕を取り戻す。
「そ、そうですよ。私も他国なんかに売られたのに、クリスたんが来てくれて幸せー! ははは……あと、なんかごめん」
それは不憫だが、わたくしもスキルを持っているのだ。この場にいる四人全員スキル持ちであるため、無暗矢鱈に噂を流すこともないだろう。
「アリシア様のスキルはもしかして、スキルを暴く能力ですか?」
「いいえ、クリスのことなら前から知っていたの」
わたくしの魔眼は帝国の皇族でも知り得ない情報。それを知っていることは情報戦にも長けているということ。
「……このことは無かったことにしますわ」
義姉に会いに来た目的はそのようなことを訊きにきたのではないのだから。
そして、ギルの秘密から占いの精度は非常に高そうだ。
「わたくしの命を狙っている人物を、占ってください」
言った途端、彼女は動きを止める。瞠目した青い瞳は些か無気味に感じられた。
そして、わたくしの手を片手で触れながら、もう片方の水晶をハンマーでかち割る。
――パリンッ!
けたたましい玻璃の音が尾を引き、彼女はそれに負けない声量で言う。怒りをぶつけるように、そして焦燥に急かされるように。
「ルーン・シュヴァルツ! そいつがクリスたんの命を狙ってるぅううううー‼」
「だ、誰ですの!」
ギルも知らないと首を振ったとき、
「その名前は確か……黒影⁉」
アリシアがそう答えた。
「「「誰⁉」」」
「――ですわ!」
今度は誰も知らなかった。
「……とんでもない人物に命を狙われているよ、クリス」
彼女は再度厳かに口を開き、躊躇うことなくその存在を示す。
「彼は――天使だよ」
◇
――天使ってなんだっけ。
そんな思考でいたとき、
「ちょっと横にずれて、ああっ行き過ぎ」
エリーゼから立ち位置を気にされた。
占いのためだとはいえ、煤や水を頭にかけられたので俺は気乗りしないのだが、必要ならば致し方ないことだと自らに言い聞かせて納得させる。拒否しても何も始まらないのだから。
うーん、と唸って首を傾げる彼女は納得いかないという様子。
「目を瞑って動かないでね」
指示に従って目を閉じた時、
――――バシィッーン。
思い切り頬を殴られた。
「痛ってぇ! おまっ‼」
よろめいて尻もちをついた俺に、彼女は人差し指を唇に立てた。
――静かにしろと⁉
憤慨に任せて殴り返そうかと思ったが、瀬戸際で踏みとどまる。油断していた俺が悪いということにしてやろう。彼女の神経は常識から乖離しているため、森の魔物などと同義。それらに責任を押し付けるのは無益で不毛なことだから。
殴った時に血が出たのだろうか、彼女の片手からは血液の雫が滴る。それを、ぺっと指先から飛ばし、机に広げられた地図に赤い点が滲んだ。
「明日、そこに行く良いでしょう。さすれば全て上手くいくでしょう」
今日一番占い師らしいことを言った彼女は偉そうに腕を組む。
――占いって、こんなに暴力的なのかよ。
その所作を見て、俺の疑問は募るばかり。
ひりひりする頬をさすりながら地図を見やると、血が滲む場所は誰かの邸宅のようだった。
「この場所にいるだけでいいのよ。風水って言うのだけれど、運気が上がる場所みたいな?」
「ここに行かなかったらどうなりますの?」
机にトントン指を叩きながら訊くクリス。
占いでそこまで詳細に知れるのかは謎だが、信憑性はありそうだ。そもそもエリーゼという人物は無茶苦茶きな臭いのだが、俺のスキルを当てるという荒業を披露したため信頼に値すると見ている。
「うーん、分かんないにゃー。でも、これだと最悪死ぬから気を付けてね! クリスたんが死んじゃったらお姉さん悲しいよーぅ‼」
死という最悪を提示されたクリスは唖然。一気に信用が消え失せたようだ。
――そりゃそうなるだろ。
人が意味もなく死ぬことなど滅多にない。それも、特定の場所以外という不明瞭さで提示されても理解が及ばないのは無理もないこと。死因となり得る場所を一つ特定するのではなく、死なない場所を一つ見つけるという不整合さには些か不信感が残る。
「ここはどのような場所なんですの?」
「知らないわ!」
潔いほどに無知をひけらかしたエリーゼ。占える範囲は一応あるようだ。
それと対照的にアリシアは言う。
「……確か公爵家の邸宅だったかな。明日はパーティーがあるから、王女に頼んで招待状を都合してもらうよ」
「アリシアさん、そんなことできるのですか?」
「これでも私は……。まぁ、そうだね。あと、こんな面倒なことさせてごめんね」
面倒なこと、とは麻薬の出処を探るという内容である。なぜクリスがしなければいけないのかは分からないが、外交的なものなのだろうかと俺は予想している。
「アリシアさんが謝ることではございませんわ」
「いや、王女にはキツく叱っておくよ」
その言葉には友情や信頼の趣があった。
彼女の年齢は俺と同い年くらいであるため、境遇も似たようなものなのだろうか。そう考えればなんだか気が合いそうな気がしてきた。
◇
「パーティーってなんのだろうな」
馬車で宿屋に向かっている最中、ギルがそんなことを言ってきた。
貴族のパーティーに意味を求める必要などない。公爵家のパーティーなど定期的に行われるのだから適当な理由を付けておけばいいのだ。
意味付けするならば、婚姻の発表や出産の報告などだろうか。根本的な意味は貴族間のコミュニティ強化や拡大であるため、いちいち理由なんてつける方が億劫だろう。
「そうですわね、コミュニティの……それですわ!」
麻薬を流しているのは貴族。それも規模から考えて複数の家が協力していることだろう。
つまり、パーティーに訪れた貴族の中から一人でも黒を見つければいい。さすればコミュニティを辿り芋づる式に麻薬を流している人物が判明できる。
麻薬商人から貴族へ。ではなく、直接貴族の中から見つけだすというショートカット。
わたくしの魔眼なら決して不可能ではない。
個人で王国に恩を売れるチャンス。きっと成功を見越した依頼ではないハズだから。
――そうですわ、王女はそのために……。
わたくしの魔眼については知り尽くしているようだ。
「ギル、この国の王女にぎゃふんと言わせますわよ!」
「はぁあ⁉」
ギルはそんな声を出して当惑していた。
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