第23話 頼まれ事
「嬢ちゃん、お貴族様でしょー。コレ、どうよ?」
一見して十五歳程度だと思われる少女は真顔で男たちを見ていた。
彼女の身なりは高貴なドレスであり、貴族であることは一目瞭然である。
チョコをイメージさせるブロンドの長い髪を後ろで束ねており、ワインレッドの瞳は無関心の色が強い。まるでどうでもいいといった印象に男たちはやりにくさを僅かに感じていた。
「最近流行がキてる美容薬、興味ない? いいや、今はなくったって一回使ってみればハマるさ! ささ、腕出してねー」
高貴な服に着られたような不出来さがある男は三人。注射器を持った若い男、その後ろで腕を掴む中年、路地の外で人を通さないようにする大男。
手際のよさは慣れによるものであると予想でき、彼女は軽く溜息を吐いた。医療技術の進歩の副産物は王都まで蝕もうとしているのだから。そして、こんな茶番に興じるのは極めて面白味がないから。
腕を掴んだ男は玉の肌に針を――。
「へぇ、ワタシの殺気に気付いたのかな? 良い感覚しているね」
と、彼女がそう呟いたのと同時、二人の男は音を発した。
一人は、
「――刺さらない⁉」
そんな意味の分からないことを。
もう一人は、
「なんだ、おまっ――ぐぇっ!」
言い終える前に呻吟し出した。
その声すら耳に入らず注射器を思い切り少女へ突き立てた男は当惑が増すばかり。疑問符が全身を巡るように、そして精神を蝕むように。
「なんだ、刺さらない。針がっ⁉」
折れた注射器の針からは液体が滴り落ちる。
その先の針はどこにあるのか、そう思い探そうと床を見た男は――
「うぁっ! め、めがっ! 目が痛てぇええ‼」
強烈な痛みと共に、視界が片目分しかなかったことに遅まきながら気付いた。
「おい、お前ら! 何している‼」
呻吟している二人の仲間に悪罵を放った男は、路地の入口から入ってくる若い男を睨んだ。騎士風の様相をしているため、薬の売買がバレたのだと得心して。
「うごくな! さもないとこの少女が死ぬぞ‼」
少女の首にナイフを突きつけながら言った男に、ギルは気遣わしげな顔をしながら言う。
「いや、死ぬのはお前の方じゃないか?」
――――それは、全くの本心だった。
すると、
――じ、じじ、じ、じじじ……。
壊れたラジオのような音が両の壁面を反射して薄暗い路地に響く。
「なんだ――スキルか⁉」
男が跡形もなく消えた。まるで初めから存在していなかったかのように、姿がどこにも見当たらない。
しかし、存在していた。不可視になっただけで彼は確かにそこにいたのだ。
その変化に興味がないというように、いつの間にか彼女は身悶えしている男の剣を手に取っていた。
優雅に、そして実戦的な動作で歩く。
もしかしたら普通に歩いているのかもしれない。
ギルがそう思ってしまうほどに違和感の欠片もない所作で、ふっと、一瞬消えた。
――――――バシャァッ。
彼女が数歩の距離を一瞬で縮地させたとき、背後には大量の血潮が壁面に叩きつけられた。まるで海の潮風のように湿り気を含んだ風が狭い路地をあっという間に充満する。
透明になるスキルを有していた麻薬の
――コイツ、気配で斬りやがった!
ギルはそう所感したと同時に剣の柄を掴む。
眼前の彼女から計り知れない殺気が渦巻いているように思えたから。
しかし、そんな心境もお構いなしに何事も無く通り過ぎていく彼女。
ギルは視線すら送れずに、死臭に侵された路地でいつまでも佇んでいた。薄闇の中、二人の呻き声と悲惨な光景によって最悪の気分だった。
◇
冷やかな牢獄は煉瓦の壁と鉄格子で仕切られており、中は洗面台とベッドしかない簡素なものだった。囚人は皆一様に生気がなく、静謐とした空間はわたくしをアンニュイな気分にさせる。たとえ貴族でも罪を犯せばここに収容されるのだから無関係な場所ではないだろう。
「な、なにしておりますの?」
その一室のベッドで横臥位になって踏ん反り返っている彼は、
「やぁ、遅かったじゃないか……」
そんなことを平然と言った。
わたくしはぶん殴ってやりたいと心底思った。
「――――」
「…………」
隣にいる騎士が鍵を取り出し、牢屋を開ける。
騎士といえど、わたくしと同年代の少女なのだが、その存在感は常人よりも薄い。意図的に気配を殺しているとすれば見事だろう。
鮮やかな黄緑色の前髪、その奥にある瞳は布によって隠されていた。さらし、或いは包帯を巻くように。その意図は不明だが、どのような心境でこの世界の何を見ているのか計り知れない気迫があるように思えた。わたくしの勝手な思い込みかもしれないが。
そして、腰に差した赤を基調としたサーベルは物々しく静置している。
「――やぁっ!」
「おっと、危ないなぁ」
わたくしが放った拳を腹で止めた彼はにべもない表情で欠伸した。
その姿を見ていると、ふつふつと怒りが込み上げてくる。
「宿屋で待っていてくださいと言いましたわよね⁉ わたくし、確かに言いましたわよねぇ!」
「いいじゃないか、闇商人を捕らえたんだから」
「あなたが疑われては本末転倒ですわ……」
彼の働きはこの国にとっては良いものであるため、お咎めはない。むしろ王女に感謝されたくらいだった。しかし、わたくしとの約束を反故にしたという事実が許せない。
「悪かったよ、俺も予想外だった……」
「ぷんっ、ギルなんてしらないわ! ゼーネに叱られるがいいですわ!」
ゼーネは一足先に宿に戻っているため、今後が楽しみだ。
ギルに悪罵を放って殴り掛かる様がありありと目に浮かぶ。
――いいですわ、もっとやれですわ!
「げぇ、ってかどうだったんだ? 王様と話したんだろ?」
「いえ、王女様と話したのですが……少々面倒なことになりましたわ」
面倒事をお願いされた、というよりは交換条件のようなものだ。歓迎する代わりに、わたくし個人の力を王国に貸せということ。こんなことは初めてなので、何から始めればいいのか皆目見当がつかない。
「面倒なこと?」
「ええ、ギルが捕まえた麻薬商人の大本を探さなくてはなりませんの……」
「……は? なんだって?」
「商人に麻薬を流す者、十中八九貴族ですわ」
そう、わたくしはリベルタ王国の王女にそんな危険な役目を課されたのだ。
わたくしの魔眼は嘘を見破る能力である。それを、どのような手を使って見破ったのかは知らないが、王女は確かに言ったのだ。
『その魔眼で麻薬の出処を特定してくださる?』
それは、王国貴族に喧嘩を売るようなものであるため、ゼーネの部下である帝国騎士を使うことはできないだろう。つまり、最低でもわたくし、ギル、ゼーネ、王国騎士の彼女、という四人で遂行しなくてはならない。無論、身分を偽り隠密に。
わたくしだけで可能なのだろうか、そんな不安が拭えない。戦闘になったら真っ先に死ぬ予感しかしないのだから。
そんなネガティブな思考をしていた折、静かなる騎士はやれやれといった仕草で言う。
「私が皇女様の安全を保障しますので、ご安心ください」
その言葉には絶対の自信があるように思えた。
彼女は王女の専属騎士なのだろうか。
――それは、非常に大変そうですわね。
そんな憐憫を胸に落としたとき、ギルは哀れなものを見るような目をしていた。
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