第22話 リベルタ王国

 遥かなる蒼穹の下、一台の馬車は騎馬隊を引き連れて草原に開いた道途を走っていく。ゼーネが団長として率いる帝国騎士団の最精鋭が一人の少女につく護衛の任務で駆り出されているという事態。そこにどれ程の権力が隠れているのか、考えても詮無い事か。


 皇族の権威は俺には理解しえないことであり、その様は度胆を抜くほどの圧巻である。


「――へぇ、そりゃ凄いスキルだな」


 そんな現状も馬車の中では薄れ、破天荒な彼女と他愛もない話をしていた。


「もし、自分の未来がなかったら困りますわね」


 クリスの思いつきで遠国のリベルタ王国へと赴いているのだ。彼女の義姉に占いをしてもらいに行くという、そんな理由で。


「そうか? 案外あっさりといくんじゃないか?」


「……ギルには夢や希望はないんですか?」


 ――君が摘んだからな。


 クリスにはあるのだろうか。だから生き急いでいるのか。

 晴れやかな大地は悠久の時代を経て今のカタチへと至ったのだ。それを考えると俺たちの一生など気が遠くなるほどの玉響の刹那だろう。


「で、君は何を知りたいんだ?」


「決まっていますわ! わたくしの命を狙う者ですわ!」


 確かに敵が判明しなければ打つ手もないだろう。

 学園での事件について偉そうな人に訊かれた時、俺は面倒なのでレインと同じような内容を話したのだ。資料室で寝ていたら廊下に怪物が居て、レインと合流して共に討伐、そして屋上には何もいなかった、と。


「あれはー、いいじゃないか。もう終わったことなんだから」


「事件のことですか? よくありませんわよ。怪物が何なのか、彼を呪ったのは誰なのか……。それ以前にも刺客や魔物に襲われることは度々ありましてよ」


「――それは命がいくらあっても足りないな」


 怪物を発生させたのは屋上にいた青い瞳をした彼女だろう。それを正直に話さなかったのは、言うと俺に不利益が生じるからだ。

 校舎に残った怪物を片っ端から殴り飛ばしてしまったのは他でもないオカマ。そして、その時に発生した校舎の破壊痕は俺が到底払える金額ではないだろうから。


 あの夜、とんだ詐欺師ね、と言って俺の身体を奪ったオカマは人目に着かないからと好き勝手してくれたようだ。確かに俺も夜気に毒されて恥ずかしいことをペラペラと言った気もする。適当だったのでよく覚えてはいないが、ドン引きされていたかもしれない。


「…………」


 彼女のことはさておき、被害者であるクリスは兎に角納得したいという様子。自分が同級生に殺されそうになった理由を知らなければ何も考えられないという熱量だ。


「正直、彼女と会うのは気が引けますわ……」


 ――じゃあ、今すぐ帰れ。


「エリーゼ義姉様は皇帝とそのメイドから生まれましたので、皇位継承権がありませんの」


 妾の子は忌み嫌われるというヤツだろうか。一応皇族の血を引いているから他国へ嫁がせてパイプをつくったという政治的な人権無視。そんな不遇を一身に受けたエリーゼさんと皇女としてのクリスとは相性が頗る悪そうだ。


「だから、関わり方がイマイチ分かりませんのに……」


 ――安心しろ、俺を無理やり騎士にしたんだ。これ以上の嫌がらせはないぞ。


 親の問題は子にも影響しやすいという事象は至極当たり前のコト。彼女は貴族なため、人目もそれなりに気にするのだろうか。ことによると周囲の悪意に同調してしまうこともあるかもしれない。


 そんな下衆の勘繰りをしていた折、俺は風景に変化があることに気付いた。

 草原の先に見えるのは城塞都市の塁壁。

 城塞都市としての役割は外敵から王都を守るという役割がある。そのため、王都から比較的遠い場所に位置しているのだ。


 ちなみに目的地は王都なため、まだまだ先は長そうだと俺は溜息を吐いた。


 転移魔法を各所で利用し、俺たちは三日の旅路の果て漸くリベルタ王国へ辿り着いたのだった。



       ◇



 リベルタ王国の国力は周辺諸国の中でも群を抜いており、五年ほど前には隣国を滅ぼして吸収したという事実があるほどに精力的だ。現時点で戦争したならば、一日も持たずに滅ぼされるだろう、帝国が。

 しかし、都合良くか悪くか距離的な障害があるため、戦争を起こすメリットが非常に薄い。


「――だから、ギルはここで待っていてください。あなたが不敬をしたら、わたくしだってどうにかなってしまいますわ」


「……どうなるんだよ。てか、そんなに強いのか、リベルタ王国は」


「わたくしも噂でしか知りませんわ。ですが、隣国を滅ぼした時は天使一人が城を消滅させたと聞きます」


 ギルは口をへの字に曲げている。

 これは、どんな怪物だよ、と言いたげな顔だ。


「明日には戻りますから、宿屋で待っていてくださいね」


 数日掛けた旅路の疲労があるため、彼も相当疲れている筈だ。だから憂いはない、とわたくしは思っている。


「宿から出たら危険ですわ! 恐ろしい貴族がいると知りなさい!」


「分かったよ、姫様」


「……理解したならいいですわ。あと、その言い方やめてください、なんか鳥肌が立ちますわ」


 ギルは護衛というより学友という印象が強いため、妙に献身されても気持ち悪いのだ。不快ではないが、胸がそわそわする感覚と多少の羞恥によって赤面してしまう。


「ゼーネ、行きますわよ!」


「く、く、くりぃすてぃーなしゃま!」


 彼女はもじもじと科を作りながらそう言った。

 彼女は護衛なのだから、逆にヘンな感じだ。


「あなたは普段通りでお願いしますわ……」


「……御意‼」


 品行方正かつ質実剛健な彼女のボケだったのか、はたまた本気でポンだったのか。わたくしは溜息を口で結び、引き気味に戸惑った。



       ◇



 どうやら俺は初めての外国ではしゃいでいたらしい。

 物珍しい街並みや商品に尽きない関心を寄せて歩き回っていたら、道が分からなくなってしまった。


 枝分かれしていく大通り、勾配のある街全体は初見には少々厳しかったよう。気付けば王城の真下までなされるがまま人波に流されてしまった。これ以上先は一般人では到底進めない権力と策略が渦を巻く魔境。

 大勢の人がいるワケではないが、行き交う人の意志というのだろうか。その不可視たる意識の流れに俺は拐かされたのだった。


 仕方ないため、そこから反対方向へ歩いていく。人波を遡行すれば宿屋へ戻れるだろうと。


 貴族しか見られない街は非常に絢爛豪華であるが、俺も目立たないほどには同化できていた。なんせ帝国産の高価な服装を身に纏っているのだから。

 往来する馬車は豪壮であるが、クリスと俺が学園に乗っていくヤツの方が正味豪華だった。


 ――皇女って、そりゃ凄いか。


 イメージができないということは理解できていなかったというコト。無知故に無感動でいられたのだろう。今も全てを理解できたと言い切ることはできないが、現実なんてそんなものだろうか。


 ――世の中知らない事の方が多そうだな。


 そんな所感を得られたのも他国で逍遥できたからだろう。国外に行く機会は戦争くらいだと思っていたので本当にテンションが上がる。


 王国の街は帝国と造りが違い、時計塔が無数にあったりする。そして、一軒家のような建物は見受けられず、マンションのような階数を縦にも積んだ邸宅が道沿いに並んでいる。


 曲がりくねった道ならば、それに倣って建物もカーブを描いている。つまり、建築技術が非常に高いのだろう。また、大型の時計塔などを建てられるほど持て余していると窺える。


「――――――」


 王城からかなり離れた地点。四階と五階の建物に挟まれた狭く薄暗い路地に、一人の少女が引き込まれていった。


 その姿が見えなくなった数秒後、ぞくりと胸の奥が高鳴った。

 獅子が獲物を捕食するような、呼吸だけでなく動悸すら乱させる殺気が幽かに臭ったから。

 まるで隠秘された意識は、殺人を是とする狂気的な動機。

 極寒の冷気の如く冷やかな殺気は一瞬にして消失する。まるで何事もなかったかのように。そして、周囲の人々は気付きもしないで日常を歩いていく。


 ――どんな化け物がいるんだ?

 その薄闇の奥に――――。


 思えば無視するのが正解だ。そも、ゼーネが不在だからといって外に出たのが間違えだったのかもしれない。


 そんな後悔に似た感情を抱きつつ、俺は無遠慮な興味によって路地裏へと誘われていった。

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