第21話 オカマ、増える

 フィオナがギルの嘘によって未来への希望を幾らか見いだした夜。

 異様な怪物は未だ校舎内に残っていた。

 レインは数体の怪物を屠り、張り詰めていた息を吐き出す。


「はぁ……」


 ――ひた、ひた、ぴた。


 暗闇の奥から新たな足音が鳴り響いてくる。

 身を隠しながら見やると、筋肉で異質化した人型があった。


「あ、ああ……」


 そんな喘ぐような声を発しており、彼は息を殺した。


 ――この俺様がこんなザマとはっ!


 人型の怪物は別格の能力を有している。

 豪腕はレインを軽々と吹っ飛ばすほどのものであり、魔法で強化してやっと討伐できたのだが、そんなヤツがもう一体いるとは思考していなかった。残る魔力を鑑みれば逃走が無難だという状況。

 また、怪物の反射神経と俊敏さは人間を遥かに超えているものであり、身体の堅固さも圧倒的に思える。生身での戦闘は不可能と判断すべき。


 守る人も居ない状況で、人型を一体でも討伐できたのだから及第点以上の功績だろう。

 物陰に潜んでやり過ごし、校舎を脱出する。ギルの状況と残りの怪物の数が分からない状況で魔力を使い果たすのは致命的だった。


 しかし、フォワーズ家の誇りが、彼の矜持がそれを許さない。


 町に放たれたなら、一般人では到底太刀打ち出来ない正真正銘の怪物。

 そんな脅威を貴族として見過ごすことなどあり得ない、と鼻で笑う。それがレイン・ド・フォワーズという男だった。


 ――近くに来た瞬間、首を飛ばしてやるッ‼


 残る魔力を全て乗せ、文字通り全身全霊を以て一撃で仕留める。

 外せば命に係わるが、それしか方法が見つからなかった。


 ――ごう、よん、さん。


 廊下の曲がり角での待ち伏せ、コツコツと鳴る足音で距離を推測し、心の中でカウントを始める。


 ――にい、いち。


 時はきた。

 人影が姿を見せる――――


「はぁあああっ‼」


 ――――ぴた。


「な、なぁにぃいいいいっー‼」


 振るった一撃はまるで空中に固定されたように動きを止める。全てを乗せた最高の一撃であるハズの剣が、音も立てることなく停止。

 それは、レインにとって衝撃的な事象だった。


「オカマ真剣白刃取りよーん」


 重ねられた手のひらに鉄の剣が挟まっている。純白の手袋には血の色など皆無。

 そして、相手は正真正銘とは言い切れない人間だった。


「だ、誰だぁっ貴様ぁ! ああっこっち来るなぁあ化け物‼」


 腰を抜かして床に倒れたレインは喉が潰れるほど叫んだ。

 魔力尽きた彼はもはや一般人のようなもの。そして、相手は見た目から力量まで普通じゃない常識外の存在。


「失敬ねぇっ! あたしはオカマよ‼」


 ――は? オカマってなんだ⁉


「それは坊やがまだ幼いから分からないのよぉー。精々良い男になりなさいな」


 ――こ、心を読まれた⁉


 全力の一撃を素手で捕まえるほどの瞬発力と腕力。

 そして、読心術までも体得しているとは、化け物も甚だしいくらいだ。


 見た目は奇抜すぎて、一見して女、よく見れば男という色濃い要素が渾身一体になった結果、中間色が派手に塗装されているような印象の人。


「――――――」


 あんぐりと口を開けるレインは差し出された手を取った。

 人を見た目で判断するのは良くない。だが、これはどうにも慣れそうになかった。


「レインだ、オカマはこんな時間になにをしていた?」


 訝しむ彼にオカマは、何でもないわ、と手を振った。


「レインちゃん、後の怪物は任せなさい! オカマ張り切っちゃうわよーん」


 オカマは変なポーズを決めてから魔法を唱える。


「アルファベット・オカ魔法――――」


 レインは聞いたこともない魔法に身構え、ゴクリと固唾を呑み込んだ。


「――オカマTwinsツインズ――」


 途端、オカマの姿が陽炎の中にいるかのように二重にブレた。

 そして、そのブレだけがスライドする。


 それは喩えるならば、生霊が肉体から離れて具現化したものであろうか。

 オカマから、もう一体のオカマが分離して、カタチになっている。それがオカマTの効果だった。


「行きなさい、二人目のオカマよ」


「……あたしもグロは苦手よ」


 レインは何が起こっているのか分からないまま当惑せざるを得ない。


 戦闘において重要な要素は、剣、魔法、スキルの三つであり、これらの一つでも手練であれば戦闘は事足りる。或いは全てを充分に鍛えるのは不可能というべきか。


 先の件から、眼前のオカマは肉体を超強化する剣士型の戦闘スタイルだとレインは判断した。だからこそ、未知の魔法を発動させるなどというふざけた存在に眩暈せざるを得ない。

 自身の一撃を素手で止めておいて、魔法まで究めているのか。そう考えるだけで得心などできそうもなかった。


「「…………」」


 無言で見合うオカマ二名と、唖然とするレイン。

 そこに、蠢く影が一つ、二つ――――無数。


 先程レインが大きな声を出したことで誘われてきたのだろう。そんな蛍光灯に群がる羽虫のような怪物を、


「「いやーん、惨酷ぅー!」」


 ――――グシャッ! ベシャッ! パァンッ‼


 そんな泣き言を口にしつつ、一怪物につき一拳で殴り潰していく二人のオカマ。


「なぁっ、強いっ⁉」


 豪腕による一撃で筋肉の外装は吹っ飛ばされ、肉片と血が廊下を漆黒に染めた。

 その実力差は圧倒的であり、次々と怪物は煤へと帰す。


 人型の怪物すら一撃で軽々と葬っていく二人は、元は一人であったのだ。

 どうしようもない暴力に、レインは再度あんぐりと口を開けた。

 彼、彼女? なら心配するだけ損だと思わせる迫力がその顔にはあった。


「い、いくらなんでも強すぎんだろぉおおお‼」


 負けた気がして、涙目になりながらレインは窓から下へと降りていく。

 三階で窓を破壊し廊下へ、そこから階段で保健室を目指す。


 その後、フラウ教師に事情を話せば哄笑され、おまけにクリスにも笑われて、レインは自信というものをひどく傷つけられることになるのだった。



       ◇



「どうした! 貴様の実力はそんなものか‼」


 学園が休学になり、暇な筈だったギルはゼーネにボコされていた。

 それは紛れもない一方的な八つ当たりである。


「こんなに強かったのか……」


 彼の隣でボコされているレインも同じ思いだろう。


 夜の一件より数刻前、クリスが暴行を受けた。それは学園での出来事であるため、教師の不徳によるものだと判断されたが、彼女にはそんなことすら思考にない。なぜそうなったのか、なぜレインしかとめなかったのか。


 そんな冷淡さと無慈悲な世に激怒したゼーネ。その熱は日を跨いでも冷めることは無かった。

 結果、しわ寄せを受けたのは学生である二人。


 何の気まぐれか、クリスが事件の介入者であるレインを招待し、断わるという選択肢がないため理不尽な怒りを物理的にぶつけられていた。

 オカマの実力を間近に見た彼は名誉挽回のため意気揚々と訓練に励もうとしたが、実戦という名目で憂さ晴らしに付き合わされているという具合。


「貴様らが姫殿下をお守りしないからだっ! こうなったのは全て貴様らの怠惰故だ‼」


 レインにとっては謂れの無い事でしかないため、理不尽極まりないのだが。


「ゼーネ――騎士団団長の名は伊達じゃないかっ!」


「なんでお前は楽しそうなんだよ、レイン」


 ギルはクリスを守らずに学園で寝ていたため、謂れのないことではないのだが、そもそも勝手に騎士にされたのだ。こっちの方が理不尽で不憫だろう。


「痛ってぇっ!」


「舐めるなぁッ!」


「甘いな、学生ならこの程度か……?」


 二人の木剣はどちらも弾かれてしまう。

 力負けするのは魔力強化の練度の高さ故。


「レイン、右だ」


「合わせてやるっ!」


 そんな声を掛け合いつつ、二人で挟むように剣を振るうが、


「――――ぐえっ!」


 レインは土手っ腹を蹴り飛ばされ、ギルはゼーネと肉迫する。


「なかなか重い剣だがっ!」


「――うぉっ⁉」


 魔力によって強化された腕力は彼を軽々と中空に吹っ飛ばす。

 地上から四メートルほどの高さで天を仰ぐことになったギルは不意に花よりも美しい少女を見た。


 猫の如くしなやかな動作で、くるんと一回転して態勢を立て直す。


 ――あいつ、なに見てんだよ。


 二階の廊下からこちらを窺うクリスを再度確認した彼は、ゼーネに指で合図した。

 ――上を見ろ、と。


「ひっ、姫しゃまっ!」


 ――――ガンッ‼


 途端、レインの木剣が上気した彼女の横っ面をぶっ叩いた。


「レイン……貴様、よくもやってくれたな」


「よそ見とは余裕じゃないか……」


 ゼーネの鋭い眼差しによって、レインは気迫を失いかけたが、虚勢を張ってなんとか睨み返す。一触即発の張り詰めた空間に、ギルは面白くなりそうだと声援を送る。


「そうだそうだ、もっとやれ!」


「黙れっ! 魔力貧乏‼」


「………よし、俺は後ろからやる、団長は正面を任せた」


「貴様ぁ! 裏切りとは生粋の平民じゃあないかー⁉ えぇ?」


「おかっぱが調子乗るんじゃねー! 俺の方が成績優秀だぁ‼」


「――っ、気にしていることをっ!」


 剣術の成績はギルの方が上だが、座学などを鑑みればレインの方が大差で勝っている。

 しかし、たったの一つでも気にせずにはいられないのが彼――レイン・ド・フォワーズであった。


 突然手を組んだと思われた二人は勝手に喧嘩し出し、その様を見て呆れたゼーネは溜息を吐いた。そして、二階でこちらを窺っている一人の少女へ最敬礼。

 その様を見た団員たちも同様に忠誠を示した。しわ寄せが来る前に団長の溜飲が下がったようで良かった、と思いつつ。


 クリスは恥ずかしそうに顔を覆って、そそくさとその場を去った。


 暴行事件があったとのことだったが、お元気そうで何よりだ。

 そんな思いで浄化された心を再度鬼にする彼女。


「あんな麗しい姫様を! 許さんぞぉ! ロイヤス‼」


 その上、犯人は身内であるという事実に憤慨は拍車がかかるばかり。


 魔力を木剣に集中させ構えるゼーネ。

 なかなか良い戦いをしている彼らとの決着をつけるために。



       ◇



 帝立セントラル学園の二年、ロイヤス・フォワーズが起こした事件には多数の謎が残る。

 まず、彼は精神錯乱の呪いを受けていたことが宮廷魔術師による調査により判明した。つまり、加害者の行動を誘発させた第三者が潜んでいるということだ。その事実により、彼の刑罰は減じられることになったのだが、学園追放は免れなかった。

 また、加害者であるロイヤスは精神疾患により尋問できる状態ではないため、現在は牢獄で治療が進んでいる。


 次に、加害者の同級生であるレイン・ド・フォワーズによる証言が突飛であったことだ。

 彼の証言に矛盾は見られないが、正当だと判断するのは些か軽率だと思わされる内容である。多数の怪物が校舎内に存在したというおよそ信じ難い内容であることは言うまでもない。現在も調査を進めており、レイン生徒の証言は現実味が帯びる一方。その意図や理由は推測の域を出ないまま。


 最後に、彼の証言に出てくるオカマという人物については調査中とのこと。極限状態である彼が勝手に作り出した妄想であるという線も視野に入れて。


「流石ですわ! 謎のオカマさんがやってくれましたわ! ですが、不可解ですわね……」


 怪物の死体は煤になって跡形もなく消えたと。そんなことがあるのだろうか。仮にあったとして、原因は何だろうか。


 思考を巡らせ、わたくしは調書を見ながら、ある違和感に気付く。


 ――――なぜ怪物は消えたのか。


「考えられるのは……スキルですわね」


 仮に、もしその様なスキルがあるならば可能である。校舎内でスキルを発動させ、怪物が発生。能力の解除条件が損傷具合であるなら、死んだイコール消滅になる。


 しかし、怪物を発生させた理由は謎のまま。


 ロイヤスに呪いをかけてわたくしを殺そうとしたが失敗、これはいい。では、怪物は保健室にいるわたくしの息の根を止めるための兵隊か。


「違いますわ、保健室は一階にあるのですから……」


 合理的に考えて一階で怪物を発生させるべきだ。


 ――うーん、やはり分かりませんわね。


 今ある情報では推測の域をでないため思考を放棄する。考えて分かればどんなに簡単なことか。

 宮廷魔術師による調書から目を逸らし、わたくしは廊下の窓から訓練場を見下ろした。


 ――凄く張り切っていますわね。


 木剣を用いて二体一で戦っている。

 その様は死に物狂いという熱気を感じられた。


 ――あ、ギルが吹っ飛ばされましたわ。


 とんでもない力で飛ばされたのだろう。一瞬だが彼は二階にいるわたくしと同じ高さに位置した。

 目が合い少し気まずい。盗み見ていたワケではないのだが、タイミングが悪かったというべきか。


 木剣で叩かれたゼーネはこちらへ最敬礼した。


 ――わたくしの所為じゃないですわよね……。


 それに倣い騎士団員がこちらへと最敬礼してくる。

 勝手に見ていたわたくしは含羞してその場を去った。


 学園はしばらく休校なため、暇なのだ。


「スキル、ですか……」


 スキルは無限というべき力である。

 魔法は効果や威力が魔力に比例するため、枠に収まっているといえる。

 だが、精神力で発動するスキルは限度がないため、常識外の奇跡を起こせるのだ。


 わたくしは最近命を狙われがちであるため、占いでもしてもらおうと考えた。死んでからでは全てが遅いのだから。

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