第19話 共闘
「お前は一緒に行かなくていいのか?」
「レインだ、いい加減名前で呼べ」
「義弟の説教をするために校舎に残ったんだったな?」
「だが、気になるだろ? 階を増すごとに強くなる怪物、その主である――屋上にいるだろうヤツの顔を」
確かに三階の怪物より四階の怪物の方が大きくて強そうだった。それを簡単とはいかないが、見事討伐した彼も中々の腕だろう。
〝この子賢いわぁ、かしこさん〟
レインは型にはめればどんな敵にだって勝利を収める、という貴族の剣そのものといった印象が強い。だから俺みたいに型にはまりたくないヤツには弱く、魔物なんかには強いのだろう。頼りにはなるかは分からないが、心配するほどのヤツではないと俺は理解した。
そして、階を増すごとに強くなる化け物。五階、屋上へと行けばどれほど強くなるのだろうか。
――ならば、彼には言っておくべきか。
「……三分。俺はそれ以上本気を出せない」
「――は⁉」
「魔力強化と魔力障壁を同時に維持できる時間が最大三分。俺は魔力が人よりないもんでね」
優秀な騎士は魔法を使う。自分自身を強化するための魔法――それは帝国騎士団では必須の技能だったりする。そして、意図せず発動する天才なども存在する。
この学園の騎士科ならば、卒業時の約二割の上澄みだけが習得するほどのもの。
俺も一年の半ばに使えるようになったが、元々の魔力が少なすぎて同時発動は三分が限界だった。
「俺様は、こんな奴に負けただと……⁉」
唖然と口をあんぐり空けているレイン。
そんな彼はどれほどの時間を維持できるのか。俺はマウントを取られることを恐れて聞かないことにした。
〝オカマは魔力無限よ!〟
――マジで黙れ。あと、普通に妬むぞコラ。
魔力が溢れ出てくるスキルがあれば文字通り最強じゃないか、なんて思考は至極当然であり、オカマが強い理由でもあった。
この校舎は五階まであり、六階が屋上である。一階から五階までは東の階段で行き来できるが、屋上へは廊下の途中にある階段からしか上がれない。
そのため、俺たちは五階の廊下を渡る必要があったのだが、
「アレは無理だろ」
「……そんな体たらくで姫殿下をお守りできるのか⁉」
そんなことを言いながらレインも廊下の奥を見る。
巨体が縦では収まらないため、匍匐動物のように床を這っている怪物を。
「…………」
〝また凄いのが居るわね〟
――どう考えても無理だろ。
剣を振るっても切断できないため、突進されたらお終いだ。
しかし、アレを突破しなければ屋上へは辿り着けない。
つまり、単純に邪魔なのだ。校門の前にとまる馬車よりも遥かに。
――――あ。
「ああー、思いついてしまった」
「……なんだ?」
――名付けるなら、豚の人参作戦、ってところか。
〝ギルちゃん、それは……ダサい〟
「……やるぞ、ニンジンはオマエな」
「――――は?」
「死ぬよりはマシだろ?」
◇
「なぜ、俺がこんな……」
レインは不承不承ながらも怪物の前に立った。
怖気づくわけでもなく、ただ気乗りしない様子。
そして、
「――ファイアーボール――!」
剣先に炎の塊を生成し、放った。
それは廊下を照らしながら飛んでいき、怪物の表面を焦がしただけで何事も無く消滅した。
さもありなん、騎士科である彼が使えるだけでも凄いことなのだから。
すると、匍匐動物的な怪物は赤く点る目を彼に向け、蠢く。
「グルシャァアアアアアア!」
咆哮と共に怪物は這って廊下を疾走する。まるで水泳の如く腕を機敏に動かして獲物へと向かう。
それは鼠を追う獅子のように圧倒的で、抗いようのない質量の暴力だった。足を止めた瞬間、たちまち鋭く突出した骨によって串刺しにされて終いだと。そう理解しながらも目的地へと彼は急ぐ。
――なぜ俺様がこんなことを!
そんな心情で唐突に廊下を曲がり、ドタバタと階段を駆け降りて四階へ。
その後を巨体は壁に身体をぶつけながら追う。
「ギャシャアッァ!」
と、悲鳴に似た音を発しながら、内側から数十本にもなる腕をミチミチと伸ばしてくる。その様を至極冷静に一瞥し、レインは叫んだ。
「今だっ、やれ! ギルフレットォオ‼」
「――――――――斬ッツ!」
五階の教室で隠れていたギルが上階から黄金の剣を振るった。
大仰に振るわれた途端、魔力斬撃が発生。それは、人くらいなら容易に呑み込むほどの威力で廊下を破壊しながら落ちていく。
「キュァギイッ!」
レインの頭上から落とされた斬撃は怪物を両断し、その真上から無数の瓦礫が崩れ落ちる。結果、怪物の巨体は煤になって消滅した。
三秒でも遅かったなら彼は追いつかれていただろう。
一メートルでも誤差が生じていたなら斬撃によってレインの命も無かっただろう。
そんな冷めやらぬ興奮を抱きつつ、レインは見上げた。
廊下の一部が崩れ落ちているため、二人は目が合う。
「俺様のことは構わず、貴様は屋上へ登れ!」
まだ怪物は残っている。別の個体だが、まだ四階に存在していたのだ。
そして、階段への道は瓦礫で埋まってしまったため、退路がない。
廊下の奥を見据えて、彼は剣を構えた。
ミチミチ、ブチブチ、と筋肉が引き千切られ、共食いの要領で蠢くソレら。
その様に若干の気後れをしつつ、レインはチラと上を見た。
「気にしねーよ、バーカ! 悔しかったら精々生き抜くことだな!」
そんな台詞を吐いてギルは屋上へと向かった。
この怪物を生み出した元凶を、この剣で屠るために。
◇
ロイヤスは言われるがまま保健室へと駆けていた。
怪物がまだいるかもしれない。そんな不安は保健室からの明かりを見て消滅。
そして、助かったと、室内へ逃げるように扉を開けた。
むわり――とした薬品の匂いとタバコの臭いが渾身一体となり、空気が悪いことを理解。
次に、自身の激しい気息を整えようとしたとき――
「く、クリスティーナ皇女……」
ベッドに座った少女と目が合った。
その時、ゾクリ――と内側から何かが沸き起こる。
悪寒のようで火傷するほど熱い何かが胸を破壊していく。倫理だとか道徳だとか、あらゆる良識が塵芥へと変わり、抜け落ちていくような狂気。有り余る力で彼女を壊し尽くしたい。
そんな得体の知れない感情が自分の精神を乗っ取っていくような気持ち悪さに思考を乱され、身体の自由がきかない。まるでカノジョを殺した時のように――
「ああ、あ――あああぁっ!」
――殺さなくちゃ、殺さなくちゃ、殺さなくちゃ、コロさなくちゃ、コロさなくちゃ、コロさなくちゃ、コロス、コロス、コロス、コロス、コロス、コロス、コロス、コロス、コロスッ……!
思い出してしまえば、抗いようがなくなってしまう。だって、既に彼女を殺してしまったのだから!
思考は完全に衝動という渦に吞み込まれ、無意識に両の手を細い首へと伸ばしていた。
「う、ぐぅうっ……」
音を殺し、感情を殺し、ただその行為による――死を完遂させるために。
そのとき――――
「やめておけ、その方が利口だ」
突如として発せられた声にぎょっとして、彼は限界まで見開いた目で視線を送った。
「いやはや、タイミングが悪かったね」
「オマエ――は?」
「ワタシかい? 生徒なら知っているだろう。魔法科の教師をやっているフラウ・フリューゲだ。今、煙草をね、外で吸っていたんだ」
ガタガタと音を立てる窓と、そこから吹きすさぶ雨音はノイズの様に煩い。
彼女の声は日常の会話と遜色ない音色で淡々と紡がれていく。その内容はアタマに入らず、現状の把握に彼は努めた。
「まぁ、キミが何をするつもりなのか、わからないよ? 彼女におはようのキスをするのか、はたまたケモノみたいにおっぱじめるのか」
フラウは紫煙を吐き、でもね、と言葉を続けた。
「――教師としての責務というのかな」
彼は、理解できない。どうするべきなのか、わからずに。
衝動に呑まれて――その首を。
「――
突如、彼は動きを完全に止める。否、停止させられたという表現が適切だろう。
「だから、やめておいた方が良いと言ったではないか。魔法はね、偉大なんだよ」
そんな科白を言い、赤縁眼鏡をくいと上げた。
「夜明けまでそうしているといい……」
それは、クリスもぞっとするほど淡泊な一言。
ロイヤスが最後に感じたのは、他でもない煙草の匂いだった。
◇
停止した彼は人形のように生気を感じさせない。
ばたりと倒れた彼はもはや痛がることもしない。さらにいえば息もしていないし、心臓すら停止しているのではなかろうか。
その様を不気味に感じつつ、わたくしは圧迫者から離れる。
そして、助けてくれた彼女に感謝した。
「フラウ先生、助けていただき感謝いたします」
それは心からの深謝だった。
皇女だから当然、なんて薄っぺらい感情ではなく、ただ礼を尽くしたいからそうした、という清々しいまでの感謝。
「……ごめんね、早く助けてあげたかったけど、移動するのに時間が掛かってしまったよ。なんせ、雨宿りができるところは限られているからね」
彼女はそんな訳の分からないことを言って煙を吐いた。
「あー、うん、良かったよ……本当に」
彼女は顔を赤らめている。
なにかを想像している様子だ。
「? どうかされましたの?」
「いやー、健全で健康でなによりだってね。君もそう思うだろう?」
彼は健全ではないし、わたくしは健康でもないため、何も良くないのだが。
「あと、傷は全て直したから、可愛い顔に戻ったよ」
わたくしはフラウという教師のことを毅然な方だと思い少しばかり敬遠していたのだが、見当違いだったと今訂正した。
そして、人を見かけで判断することの愚かさを学んだ。
「――たしか、マリさんの恩師だと聞きましたわ」
「おや、おや? マリ・ローズンを知っているのかな?」
「わたくしの恩人ですわ!」
マリは悪逆非道のユニコーンや戦慄必至のマンティコアから守ってくれたお姉さんだ。
「そうか、そうか、彼女は結局宮廷魔術師になったのか」
「いいえ、マリさんは冒険者ですわ」
「ははっ、彼女らしいね」
意味の無いことで教師と話すのは初めてのことであり、用がないときに話しかけることなどなかったから、少しばかり緊張する。
しかし、彼女の磊落さに少しばかり胸を撫で下ろした。
「――魔法は好きかな?」
「マリさんも言っていましたわ」
「そしてなんと?」
「好きと言いましたが、苦手ですので魔術しか使えませんの……」
魔術科目は全学必修だが、実技は成績外の内容なため、わたくしはあまり勉強してこなかった。だから魔法は使えないのだが、マリの魔法を見て些か興味を持った。あれほどの魔法があれば暗殺者なんてイチコロだと。
「宮廷魔術師はなぜ宮廷魔法師じゃないか知っているかい? それはね、魔術の方が魔法よりも上等だからだ」
「上等、ですか……?」
「そう、単純に強いんだよ、その方が。でも手間がかかるからね、宮廷魔術師はそれもこなせる者でなくては務まらない」
――つまり、魔術を使用できるだけでも凄いということですの? いや、そんなことではなく、もっと……実践的な。
フラウの言いたいことを思考してみると、どうにも額面通りではなさそうに思える。それは、生徒に考えさせる教師そのものだった。
「――究めれば武器になるということですか?」
「その通り。どれどれ、ご褒美に調べてあげよう」
フラウはわたくしの頭にポンと手をあてる。
すると、魔力が内から湧き出てくるような感覚を得た。
「ふむ、ふむ、高貴な魔力だ。どの学科でも魔法の教科はあるよね、担任は?」
密告するようで気が退けたが、嫌われたくないため正直に答える。
「ヘレン・エピコ先生ですわ」
「ほう、彼女は優秀だが、偏執が過ぎるのは玉に瑕かな。何かあれば私に声を掛けるといい、特に魔法に関しては保証するよ。元宮廷魔術師としての矜持がまだ残っているからね」
宮廷魔術師は帝国が誇る最高の魔術師集団。たまに城で見かけるが、彼女も昔はそうだったのか、と舌を巻いた。
ことによると、彼女は教師の中で一番強いのではなかろうか。
そんな思考を挟みつつ、わたくしは帰宅することも忘れて談話を楽しんだ。
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