第11話 皇女の寄り道

「なんだなんだ?」


「決闘だってよ!」


「誰と誰が?」


 見物人がぞろぞろと集まり、学園の中庭が騒がしさを極めていく。

 本当に煩わしくてこの上なく面倒なため、俺はこの茶番を一瞬で済ませることに決めた。


「ギル、がんば――」


「――――なにっ!」


 俺は瞬間的に距離を詰め、相手の顔面を殴り、鉄の剣を取り上げた。騎士だからって剣で戦うと思っていたのだろうか。その油断で彼は昏倒しているのだ、ざまみろまぬけ。

 そんな心境で俺は即帰路につく。といっても、校門にとまる馬車に乗るだけなのだが。


「ギルー!」


 クリスは歓喜し満面の笑みを湛えて駆け寄ってくる。そんなにレインとかいうヤツのことが嫌いだったのか。ならば俺くらいは同情してやるべきだろうか。

 彼女はキラキラと翡翠の瞳を輝かせている。貴族の御令嬢がこんな野蛮なことに興味があるなんて思ってもみなかったため、なんか笑える。


 宝珠のように煌々と光彩を放っている彼女はいつもより格段にいいじゃないか。

 根暗そうな学園での彼女、妙に仰々しく冷淡でいる城での様子。それらと比べるとまるで別人かと見間違うほどに。


「ギルはなんでそんなに強いんですの?」


「さーな、学園だからじゃないか? ゼーネの方が俺より三倍は強い」


 事実、彼女が本気だったらこんな風に瞬殺されていただろう。


「ゼーネって意外と強いんですわね!」


「意外か? この国で最強の騎士だって話だけどな」


「騎士としてはそうでしょうけど、帝国最強は天使であるお兄様ですわ。その次が宮廷魔術師で、その次くらいだと思いますわ」


 ――なるほど、この国には天使がいたな。


「だから魔王領へ――」


「それは絶対嫌だ」


「なんでですの⁉」


「命がいくつあってもたりない」


 彼女は死に急いでいるのだ。そういうのは独りでやってもらいたいものだな。

 そんな感情で馬車に乗り込み、彼女に手を差し伸べた。



       ◇



 ユニコーンを知っているだろうか。白馬の額に一本の角が生えたような見た目をした魔物であり、昨日サイファの森で目撃情報があっという。

 気性が荒く人間を襲うこともあるのだが、その角には汚水の浄化、解毒作用、万病に効く効能などがあるという。


「ギル、これはチャンスですわ」


 周知の事実として、私はこの国で一番美しい美女なのだ。つまり、処女である乙女を好むという特性を持つユニコーンを誘惑するなんてことは赤子の手をひねるようなもの。これで万病に効く角を手中に収めることができる。毒殺未遂は去年五度ほどあったので、解毒作用が喉から手が出るほど欲しいのだ。そうでなくては気安く食事も楽しめないのだから。


「……何を言っているんだ?」


「だから、サイファの森へ行きますわよ!」


 学園が終わってそのまま馬車で向かっているため、行くというよりは行っているという表現の方が正しい。つまり、彼が何と言おうと結果は変わらないのだ。


「どこだよ、それ。ユニコーンって気性が荒く獰猛なモンスターである、あの?」


「それ以外になにがありますの?」


 そう、ユニコーンなのだから当たり前だろう、そんなことは。


「いいか、アレは純潔を司る霊獣だ。君なんか突き刺されて終いだぞ」


 なるほど、ギルはソレを危惧していたのか。純潔ではない乙女だったら怒り散らかして襲ってくるという恐るべき性質があるというのだから、心配するのも無理はない。


 しかし、私はなにを隠そう。


「ただの魔物ですわ。そして、わたくしは接吻すらしたことがありませんの……」


 乙女に言わせるな、従者ギルフレットよ。

 私は羞恥に赤面しながら告白した。

 だから、これはチャンスなのだ。同業者がいてもこの美貌で私が勝るのは必然なのだから。


「心が……」


 ギルは唖然として何も言わなくなった。多分納得したということで良いのだろう。


 いつしかガラガラと馬車は舗道を外れていき、王都から離れていることを感じさせた。

 その都度ウキウキと心躍る私と、馬車酔いだろうか、生を諦めたような表情をしている彼。


 その姿が可笑しくて、私は寄り道も悪くないものだなと、心底そう思い声を出して笑った。



       ◇



 冒険者ギルドで稀有なクエストが上がったのはつい昨日のことだ。森から戻った冒険者がユニコーンを目撃したという情報から、緊急でギルドが依頼を出したといった具合。


 そして、なぜそのような依頼が緊急なのか。また、報酬も膨大な金額に吊り上げられているのか。それは、ユニコーンの角が高値で売れるという事情からである。

 高価で貴重、入手困難で滅多に手に入らない、かつ消耗品であるという角。そして、基本的に医療で使われるため、数があればあるほど良いという代物らしい。


 難易度の高さに比例してか、高い報酬に俺は乗り気だったのだが。


「ハイル、どう思う?」


 パーティーメンバーであるマリが訊いた。

 てっきり受けるものだと思っていた俺は俯瞰する。一片の曇りもない美味しい依頼ではないのかと。


「うーん、マリが決めるべきだと思う。僕たちが決めるのも野暮だから」


 ――なにがどういうことだ? なぜ彼女に選択権を委ねるんだ?


 普段はリーダーである俺か、パーティーの知者であるハイルが決めているのだが。無論、彼女が拒否すればどんな依頼でも受けることはない。しかしながら、この依頼は足の速いモンスターを狩るという安いクエストではなかろうか。


「……先に断っておくけど、私は未経験だから」


 マリだけでなく、俺たちもユニコーンを見たことすらないのだから戦闘経験がないのは至極当然のことだ。しかし、難易度は銀級でも務まるというものなので余裕だと思える。


「レオニス、どうする? 危険性は少ないと思うけど」


「え、あ、ああ。いいんじゃないか? マンティコアよりも弱いんだろ?」


 急に水を向けられ、俺は俯瞰から戻る。

 素早く獰猛といっても、マンティコアの足元にも及ばないため懸念など皆無だろう。やはり受けるべきだ。他の銀級よりも先に討伐できれば莫大な報酬を得られるのだから。


「よし、この依頼を達成したら海にでも旅行しに行くか!」


「やったー! なら私も大賛成‼」


「決まりだね、作戦は――」


 そんなこんなで俺たちパーティーは森へ繰り出した。



       ◇



「ギルー! なんかいますわー」


「それは幻覚だ。さぁ、戻ろう」


 森の奥深くに黄色く照っているなにかが不意に動いた。

 きっと、あれは魔物の双眸なのだろうか。


「マジで、イカれてる……」


 ギルは町から森へ入った頃からこんな様子だ。確かにユニコーンは男には容赦しないという性質があるため、ギルは危険かもしれない。だが、仕留めてくれる人が居なければどうしようもないのだ。ギルが居なければ、私という最上級の色香で誘き寄せられたソレに誰がとどめを刺すというのか。甚だ疑問である。


 夕日による橙色の光は徐々に失われていき、辺りが薄暗くなっていく。


 私は前々から自然の中を自由に歩いてみたいと思っていたのだ。その夢が下校の寄り道で叶うなんて思ってもいなかった。私一人では絶対にそんなことをしないだろうから。


「あっちらから川のせせらぎが聞こえますわ!」


「ああ、危ないぞクリス。夜の森は危険だ。今すぐ城へ戻るべきだ」


 ギルは帰宅ボットになってしまったので、無視して奥へと進むことにした。

 今日は会食がないため、非常に好都合なのだ。つまり、こんな絶好のチャンスを逃す訳にはいかない。


 後ろから幽かな金属音が聞こえた気がして私は振り返った。

 その時にはギルの姿が見えなくなっていた。

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