第10話 帝国のスキャンダル

 三日前の真夜中、ジャーナリストである僕のもとにとある情報が入った。


 なんと、この国に悪魔が紛れているという驚くべき特大スキャンダルだった。信憑性はないに等しいが、それが万一真実だとしたら国を揺るがすほどの大騒ぎになることは容易に想像できる。

 そんな情報の出所は一人の盗人であった。彼が貴族の邸宅に這入り込んで見聞きした内容を僕の前で恐慌しながら語ったのだ。僕、レニー・ロージュに伝えた後、彼は消息を絶った。その理由は定かでないため邪推することしかできなかったが、恐らくもうこの世にはいまい。


 そして、今私は誰かにつけられている。


 こんな真夜中の街中で若い女性を付け回すなんて陰湿で最低な野郎だ。ことによると彼を消した方法で僕も消されるのではないか。口封じのため刺客が送られてきたのではないのか。

 そんな心境で足を速めていくと、折り悪く行き止まりに差し掛かった。


 黒い影が一、二、三。僕の最後はこんな暗い路地で終わるのか、そう考えるだけで悔しくてたまらない。今なら確信できる、この情報は本物だと。世間に伝播したならば僕の役目は終わりなのだ。だから、それまで生き残らなければいけないのに。


「僕を殺しても、この情報は数人が知っているぞ!」


「…………」


 全くのハッタリを言ってみたが、彼らに動揺は微塵も感じられない。そして、付け入る隙がないため、袋の鼠であるこの状況は依然として活路など皆無に思われた。だが、やはり諦めることなど僕にはできそうになかった。


 ――こんなところで死んでたまるか!


 しかし、どうしても敵の暴力には適いそうもない。こんな薄暗い路地で帝国の真実を握ったまま僕は無念に死ぬのか。ジャーナリストとして様々な情報を収集してきたというのに、その全てを抱えたまま漆黒の彼らに切り刻まれて終わるのか。


 ――それはあんまりにも惜しい。


 情報は生き物のようなものだ。時代が違えば価値は皆無に、場所が違えどもしかり。古今東西の一点に針を突き刺すように、今このタイミングが一番――人々の心に響くのだ。

 きっと、それが為されなければ大勢の人が不幸になって、その後に漸く気付く。あの時既に崩壊の鐘は鳴っていたのだと、大きな力によって世界が揺らいでいたのだと。


 悪魔によってこの帝国が支配されたならば、もう手遅れだ。きっと圧制が始まり、魔界より魑魅魍魎とした地獄と化すだろう。巨大な人間牧場であることを知らずに民は生き続けなければいけないという悲劇。到底受け入れることはできないが、反発しようものなら弾圧されるだろう。情報源を断ち、閉鎖的な国にされたならいよいよ終わりだ。


 今この時点で、そんな詰みの盤面をひっくり返せる情報を持つただ一人。それがこの僕なのだ。


 二十年生きてきてこれほどのスキャンダルは前代未聞だ。


 男は盗みに這入った邸宅での会話を聞いた。その内容を要約するならば二つ。

 この国の皇女を暗殺するという、前代未聞のとんでもない情報。また、貴族の中に悪魔が紛れているという国の存続に関わる奸計。

 事実かはさておき、それを話した彼は姿をくらませた。そして、半信半疑でいた僕に刺客が訪れた。


 状況から考えるに、勘付いた者を消しに来たということだろう。


 万事休すか――。


 僕は奥歯を噛み締める。だって、こんなのあんまりだ。あと一日だけでも生きられたなら今までの人生が肯定できるというのに。そうなれば喜んで死んでやろう。


 だから、悔しい。意地でも生きたい。まだ、こんなところで死んでいられない。


「だれかっ! 彼か助けてくださぁああああい!」


 恥や人目を気にする必要などない。だから、誰でもいい。どうか、どうか僕を助けて。


「――――っ!」


 影が揺らめいてこちらに迫る。それは瞬きも許されぬ速度で訪れた。


 ――あ、しぬ。


「――――――オカマ参上‼」


 空から裂帛の豪気が降り注ぎ、僕と刺客の間に誰かが割って入った。


「だ、だれっ!」


「オカマよーん、かわいこちゃんっ!」


 ――だ、だれ⁉


 あと僕は低身長だが大人の女性なのだ。もうすぐ二十一なのだ。


「あとは任せなさーい!」


 そう言ってオカマは黒衣の彼らに向かっていく。

 二人の刺客は短剣を抜き、一人は衝撃に身を震わせている。


「あ、ああ……あああああ‼ オカマだっ! オカマだぁあああ‼」


 黒衣の一人は彼? 彼女? を知っているらしく、明らかに動揺――恐慌している。浮足立つ足で戦々恐々と後退る様は弱々しい小動物を連想させた。


 そして、張り詰めた線がプツンと切れるように、脱兎の如く逃げる。


 それを逃がさないと、


「アルファベット・オカ魔法――――」


「嫌だっ、いやぁだあああああああ‼」


「――オカマKnockbackノックバック――」


「ぺぎゃっ!」


「うわっ!」


「ぎゃっつ!」


 漆黒の暗殺者は空の彼方へとぶっ飛んでいく。

 まるで物理を超越した力だ。強大で圧倒的だが慈しみの愛があるように思えて、不思議と僕は怖いだとか恐れなんて負感情は微塵も感じなかった。


「夜は魅惑的で危険よ。オカマが安全な場所に連れて行ってあげる」


 僕の命は突然の来訪者によって救われたのだ。

 そして、ここからが本当の闘いだ。情報の裏を取らなければ誰も信じないため、真偽を確かなものにする何かを見つけ出さなければいけない。それがあるかどうかも分からない現状なのだが。


 ――なら、やることは決まっている。


 僕は決然とオカマの手を取った。

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