第9話 皇族というもの

 城での生活は全く慣れる兆しが見えない。団長とか言われていたゼーネという女性はクリスの専属騎士らしい。あれほどの騎士がいれば俺がいなくても事足りるだろう。


 そして、この国で一番実績のある騎士らしく、そんな彼女が同僚になるなんて釣り合わないにも程がある。


〝そんな自分を卑下しなくてもいーじゃない。素直に喜べば?〟


 ――起きやがったか。ほら、俺が騎士としてこの城にいたら自由に外へ出られなくなるぞ?


〝心配してくれたのぉー? けど、オカマは自由なのよ? この城から出るなんて朝飯前なんだからぁ〟


 そうだった、コイツ意外と強いんだった。

 魔法においては認めたくない程に強い。素人の客観的視点だが、宮廷魔術師レベルはあると思っている。二十六あるオカ魔法はどれも強力で、気が滅入るほどの暴力だ。敵じゃなくて心底良かったと思えるほどに。


 確か愛の大きさと比例して魔力が得られるというスキル《愛の源泉ラブ・マジック》によって魔法を連発できるという。

 本当に意味の分からないスキルだ。しかし、魔力が極めてない俺にとっては羨ましいものなのだが。


 ――昨日もどこか行ったな?


〝いーじゃない少しくらい。カリカリしないのぉー〟


 そんな話を声なくしていた折。


「ギル、夕餉ですわ」


 開かれた扉からクリスが顔を見せた。今日は昼頃からずっと勉学に励んでいたらしいが、皇女とは本当に大変なのだなと所感する。それが彼女にとっては当たり前の生活なのかもしれないが、何時間も部屋に閉じこもっているなんて苦行でしかない。きっと俺なら精神に支障をきたして発狂しながら脱走するだろう。


「腹減ったぞ、全く」


「……ギルは仕事ですわ」


「な、なんだ……と?」


「夕餉は皇帝もいらっしゃるから、ギルはわたくしの後ろでゼーネと一緒にいてください。その後に食事をしてくださる?」


 思えば騎士になって初めての仕事だが、そんなのが職務なのかと少々侮った。ただ突っ立っているだけでいいなんて、なかなか暇な職業なのかもしれない。


〝ちがうわよぉ、騎士は戦うのが本業なのよ。つまり、おまけみたいなものよ〟


 確かに昼は稽古をしたのだ。本当に過酷な戦闘だったなと想起させる。


〝いいわねぇー。私も戦ってみたいわぁー〟


 オカマはあらゆる武術を極めているらしい。といっても、俺はオカマに教わっているため、徒手空拳はそれなりの熟練だと思っている。


 クリスの後をゼーネと共に付き従っていく。廊下は気が滅入るほど長く、その果てに豪奢な扉が現れる。中には皇帝、そして数人の皇后とその子たちが長い円卓に座っている。その一番奥にある皇帝の隣にクリスは座った。


〝あれは序列で席が決まるんでしょうねぇ〟


 ――序列?


〝入口から最も離れた席が上座、皇帝が座っている席ね。そこから見て左側が二番目、クリスちゃんが座っている席。右側が三番目で、第二皇后ってところかしら?〟


 ――なぜ第二なんだ?


〝クリスちゃんの母が第一皇后だとして、不在ならクリスちゃんが二番目になるのよ。皇后たちの次に子になることもあるんだけどぉー。ここではそうでもないみたいね〟


 つまり、彼女の母は不在ということなのだろうか。或いは既にこの世にいないのだろうか。俺には全く関係ないことだが、それは杞憂であってほしいと切に思ってしまう。

 席には皇族だけが座っているようで、若い女性が三人ほど。そして、皇帝の子が六人ほど集まる。


 そして、食事が始まった。

 皆が美しい作法でフォークを進めていく。音が一切立たないのは見事というほかない。


「クリスティーナ、新しい騎士はどうだ?」


 皇帝が俺を一瞥した。俺はクリスの真後ろの壁にゼーネと共に張り付いている。


「学園内でも安心ですわ、感謝いたします皇帝陛下」


 妙に丁寧な口調で返答する彼女。お父様だとか言いそうなのだが、両親の前では案外猫をかぶっているようだ。


〝芳しくないわね〟


 オカマがそう呟く。心なしか憐憫の情を抱いているような印象を俺は受けた。


「お父上、我の騎士は優秀です。ぜひ、次期皇帝はこのメフィスに」


 口を開いたのはクリスの左隣、つまり序列的に四番目の男であり、年齢は俺よりも数個若いくらいか。クリスと比べると差がありそうな気もするが、十代後半といった見た目。

 そも、子どもたちはクリスより年齢的に若そうだ。


「お前はまたその話か、次期皇帝はアーサーだと何度言ったら分かるのだ」


「アーサーはこの帝国を見捨てたのです。何年も帰ってこないのがいい証拠ではないですか」


「だがな、メフィスよ。アーサーがいなくてもお前ではないぞ」


 皇帝がクリスを一瞥した。彼女はなお無言で食事を進めている。上品な作法で高級な料理を口に運ぶ姿はやはり美しく一幅の絵画のように映える。


「クリスティーナ、お前には皇帝は相応しくない。そうだろ?」


 メフィスとかいう男は彼女を睨むが、それすら気にも留めないクリスは心底関心がないといった様子で吐いた。


「それを決めるのは、わたくしではありませんわ」


 冷淡な印象を感じさせる言葉は俺の知らない彼女だった。わがままで自分勝手なヤツだと思っていたが、これほど知性を感じさせるのはまるで別人だ。見た目以上に大人びており、麗人のように穏やかな印象がある。


 そんな特筆すべき会話もないまま皇族の食事は終わった。

 皇帝から順番に退室していき、俺たちはクリス後ろを付き従う。


 そのまま彼女の部屋まで歩いていく。

 すると、俺は部屋に連れ込まれ、ゼーネが絶望を顕わにしているのが一瞬見えた。


「あーもう! ストレスが溜まりますわ‼」


「大変だな、君も。朝から勉学に励み、夕餉は義弟に嫌味を言われるなんてな」


「あんなの弟なんかじゃありませんわ! わたくしの兄弟姉妹はアーサーただ一人ですわ!」


 彼女はベッドの上で枕を殴っている。力がないのでぽふぽふと枕が弾んでいるだけなのだが。


「アーサーっていう兄がいるのか?」


 よせばいいのに、不意にそんなことを訊いてしまう。


「そうですわ。天使として名を馳せるこの国の次期皇帝ですわ」


 天使とはこの世界で最も強い十二人に与えられる称号のようなものだ。例えば、強力な魔物がでたら天使が退治する。もし国同士が不和になったとき、片方に天使がいれば戦争自体起こらないらしい。そして、経済的に裕福な国によって雇われることがよくあるという。

 それほどの強さの証明であり、そんな傭兵のような役割を果たしているというのがこの世界の常識だ。


〝戦ってみたいわねぇー〟


 それは御免だが、


「――会ってみたいものだな」


 どんな人なのか気にはなる。世界規模の強者は想像がつかない。もしかしたら人ですらなくなっているのだろうか。人間をやめた強さというのだから、その可能性は大いにありそうだ。


「ギルもそう思いますの⁉ なら、いつか会いに行きませんこと?」


「いいな、旅行がてら」


「魔王領に」


「いや、それは無理」


「なぜですの? ギルなら魔物を一太刀で斬り伏せられますわ」


「いや、魔王領は無理だろ」


〝魔王ってどんな方なのかしらー。会ってみたいわねぇー〟


 ――断固として拒否させてもらおう。自ら死地に赴くなんてどういう神経しているんだよ、お前ら。いかれてんのか?


 俺は腹が空いたので自室に戻ることにした。クリスが何か言いかけていた気がしたが、大事な用でもなさそうなのでそのまま扉を閉めた。その時オカマがなんか騒いでいたが、無視でいいだろう。いつも騒がしいのだから。

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