第3話 自動人形は騎士になる第一歩

 帝立セントラル学園はデュアリティ帝国が誇る随一の高等教育機関である。もっといえば、魔法科、騎士科、商業科、行政科の四科で構成されている四年制の学校である。入学時の生徒は主に十五歳にあたる貴族家の御子息御令嬢が主流。


 才能ある者なら平民ですら門戸を開くという寛容な受容形態だが、貴族と平民の身分差はそう簡単に埋まるものではない。人より大幅に優れた才を持ち入学した平民を頭ごなしに見下す家柄のみの無能、なんて構図はままあることだ。


 その校門の前には豪華な馬車がとまっている。大方、金持ちの送迎車だろう。

 だから俺は目立たないように端の方から下校した。


 底辺貴族はやはり日陰に生きるのがベスト。波風立てるメリットなど皆無であるが故に。

 行政科は掛け値なしの上級貴族しかいないため、俺ごときが関わるべきではない。魔法科や騎士科も貴族は多いが、商業科も成金の新興貴族がいたりするので気が休まる場所ではない。


 因みに俺は騎士科なため、帰宅後は剣の練習をする必要がある。


 そんな予定調和と平穏な日常は誰何の声で破砕する。


「ギルフレット・ライズ・アレキサンドライト」


 振り向く必要もない。この声は既知であるから。


「どこへ行かれますの? 皇城は馬車でないと入れませんわ」


 ――くそっ、なんてことだ。コイツ、待ち伏せしてやがったのか。


 名前すら知らない彼女はこの前魔物から助けてあげた女子生徒だ。

 線の細かい金髪はボブに整えられ、きめ細かい肌は透き通るように瑞々しい。そして、翡翠の瞳はまるで心まで見透かすように真っ直ぐこちらを捉えている。

 全体的に華奢な彼女は高貴な家柄だと考察しているが、自己紹介などは一度たりともしていないため知り得ないことだった。こんなことなら手紙をよく見ておくことだったと、軽く後悔。


 無力にも馬車に乗せられ、沈黙が流れる。良い馬車は音も静かなのだ。

 俺にとって沈黙は安らぎなのだが、彼女にとってはそうでもないらしい。


「ギルフレットは剣術の腕が立つと聞きましたわ」


「ギルで良い。剣術で入ったようなものだからな……」


「ギル、わたくし……も愛称で呼んでいただけませんか」


 愛称といっても、そもそも名前を知らないのだからどうしようもない。


 余談だが、オカマは俺のことをギルちゃんと呼ぶ。

 もし他の誰かにそう呼ばれたら不愉快極まりないだろう。鳥肌が一生治らないだろうと思うほどには。


「名前は?」


 彼女は翡翠の瞳をぱちくりと瞬かせる。これは意外そうな顔だろうか。手紙を寄越したということは俺の家は知っているということだが、こちらは全く知らないのだ。


「名を尋ねるときは、まず自分から名乗るのが礼儀ですわよ」


 ――そうなのか、名を訪ねるときは自分からなのか。


 腕と足を組んだ彼女は嫣然と格言のように言った。


「だが、君は俺の名前を知っているじゃないか」


「……クリスティーナ」


「ならばクリスでどうだ?」


「ええ……」


 そこはかとなく憮然さを感じられるが、失言はしていないはずだ。

 俺だって皇帝に会うなんて想像するだけで吐き気がする。それは不快だとか嫌いだとかいう反体制気質などでは決してない。なにが無礼なのか分からないため、秒で不敬罪として斬り捨てられる自信があるのだ。


 例えば、平民が帝都で嘔吐なんかすれば衛兵に殺される。帝都だとか王都だとかややこしかったが、つまり身分の差は命の価値そのものなのだ。


 ――ほぼ平民みたいな俺が皇帝の前に? ふざけるな、ナンセンスにも程がある。


 俺は未来を憂いて海よりも深く山よりも重い溜め息を吐いた。


「どうされましたの?」


 クリスは俺の顔を覗き込むように窺ってくる。


「俺は上手く敬語を使えないんだ……。不敬罪なんかにならなければいいが」


「敬語で喋ってみてくださる?」


「ゴキゲン麗シュウゴゼェマウ」


「――――――」


「オ日柄モ、ヨク存ジ上ゲマウ」


「……もう、いいですわ」


 ――ほら、少し片言だろ?


「あなたが話す必要はないので、安心してわたくしのそばにいてください」


 それが妥当そうだと、俺は終始自動人形オートマタに徹することにした。



       ◇



 皇城の煌びやかさは学園の比ではない。視界に映るあらゆるものが高貴かつ豪華で美しい。清潔さはさることながら、存在している人という人も格調高い衣服を身に纏っている。


 そんな中、学生服の二人は巨人でも不便しなさそうな物々しい扉の前へと通された。


 この先に皇帝が居ると思うと足が竦むが、俺は今絶賛擬態中なのだ。人形が感情を抱くことなどないのだから、感情は不要、不要、不要……。


 扉を通ったら、大広間の先には皇帝がいた。隣には皇后、大広間の左右を並ぶ人々はなんだろう。ど偉い貴族だろうが、俺にはさっぱり分からない。


 金と赤を基調とした色彩はまさに玉座であり、シャンデリアは落とせば兵器になるという鋭さと重量を内包して天上に位置している。

 それに勝るとも劣らない上質なレッドカーペットの上を無遠慮に歩き、適切な距離で跪く。そうしろとクリスが言ったから、俺はそれに従うのみだ。


「陛下、かのものが此処に」


「うむ、顔を上げよ」


 秘書みたいなヤツが言い、皇帝が呼応してなんか言った。


「ギル、顔を上げて……」


 小さく抑えられたクリスの声を聞き、俺はぱっと顔を上げる。

 彼女の命令は絶対だ。なぜなら俺は自動人形なのだから。


 ――――数分無心になって顔を上げていたら。


「ギル、前に出て跪いて。剣を受け取ったら一礼してね……」


 再び彼女の命令を受けて、俺は前に出た。

 跪いたら皇帝が剣をくれて、クリスに連れられてそのまま退室した。


「――――――」


「……ギル、ギル!」


「ナンデゴマザショウカイナデウ」


「呪文はいいから、ねぇ聞いていますの?」


「……ああ、死ぬかと思ったぞ」


 気付けば廊下にいた。真っ白い石質の列柱があるということは、まだ帝城の中なのだろう。


「じゃあな、俺は帰る」


 どこが出口か分からないが、まぁ大丈夫だろうと俺が歩いていくと、


「ギル、聞いてますの⁉」


 クリスが苛立ちながら言った。


「あなたは皇族専属騎士ロイヤルナイトなのですから帰らないでください」


「――――は?」


 彼女の翡翠の瞳はうるうるとしていた。

 それは怒りによるものなのか、俺は計りかねる。


 ――これは、マズイ事態になった。


 俺はとんでもないミスを犯してしまったのかもしれない。

 そう気付いた時には、何もかもが遅かった。

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