第7話 入島、剣士・茜リリア登場
およそ30時間の船旅の末、酷い船酔いに襲われた澄川カンナは顔を真っ青にして、フラフラとしながらブルーメタリックのスーツケースを曳き、小型のクルーザーからの渡り板を渡り
カンナが乗って来た小型のクルーザーは武術省が所有するもので、カンナの貸切だった。
クルーザーの操舵者ももちろん武術省の男だった。
東京で降り始めた雨は止んでいたが、梅雨の時期の亜熱帯域の湿度は尋常ではない。
青ざめたカンナの顔は、玉のような汗がポロポロと流れて地面に点々と模様を作っている。
東京の果の果て。母島から更におよそ4時間の絶海の孤島とも呼べるこの
この村は人口4千人程度の小さな村で、学園は島内で一番高い山の山頂にある……と、島まで来る道中に、武術省の操舵者の男がカンナに教えてくれた。残念ながらそれ以外の情報は、船酔いに襲われ寝込んでいた為聞く事が出来なかった。
漁港には漁船が並び、漁師の男達が忙しなく動き回っており、漁港の奥には古き良き日本の古民家の街並みが広がっている。
「
不意に女の声が聞こえた。
カンナは視線を『澄川』の名を口にした声の主へと向ける。
するとそこには、水色の美しいロングヘアをポニーテールに纏めた、背の高い綺麗な女が立っていた。
カンナはその女を見て思わず目を見開く。
それはその美貌に目を奪われたからではない。その佇まいに只者ではない雰囲気を感じたからだ。
「はい……」
「学園の遣いで貴女をお迎えにあがりました。
異様なまでの落ち着き具合。相当な手練のようだ。
茜リリアという女を目の当たりにした瞬間に、カンナはこの島に来た事を喜んだ。この女と戦える。迎えの女がこのレベルの武人なら、きっと他の生徒達も期待出来る。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
カンナは嬉しくなり、すぐにでも手合わせを申し込みたかったが、ここは武人らしく礼儀を弁えたリリアへ頭を下げた。
「お話は総帥から聞いています。武を学ぶ為にいらっしゃったのですよね?」
リリアは微笑みながら言う。
両手を股の前で組み、微風に靡く薄水色のワンピースがお淑やかさを醸し出しているが、黒い革ジャンと、背中と腰に装備された2本の刀がそのお淑やかさを飲み込もうとしている。
「はい、そうです。あの、見たところ、歳もそう変わらなそうなので、そのお客様に対する話し方はやめてもらえるとありがたいです。そういうの、慣れてなくて……」
「あら、ごめんなさい。でも、一応まだお客様ですし、それに、初対面の方に無礼な言葉遣いをするのは抵抗がありまして」
「そうですか……では、そのうちで」
「はい。さ、学園へご案内いたします。澄川さん」
「あ、あの、学園へ行く前に、少し休みたいのですが……船酔いが酷くて……まだ少し揺れている感じが……」
「え? それは大変! 少し動けます? 村の入口に自警団の監視小屋があるのでそこで休みましょう」
「助かります」
具合が悪いと告げると、リリアは急に親身なお姉さんのようにカンナを気遣い、カンナが持っているスーツケースを代わりに引っ張ってくれた。
♢
5分程歩くと、村の入口と思しき大きな鉄製の門と、その左側に小さな小屋が見えてきた。相変わらずカンナの顔色は悪い。
「ここが監視小屋。この島は外部からの来訪者を厳格に管理しているので、島に2箇所ある港にはこのように監視小屋が設置されています。かなり年季が入っていますが」
「へぇ、過去に招かれざる客が来た事が?」
すると、リリアは俯いた。
「私がここに来てからは一度だけ……。その頃はまだ島の警備が厳しくなくて、監視小屋もなかった頃でした。その話はまた改めて」
カンナの質問が地雷だったのか、リリアは突然悲しげな声色になったので、カンナはそれ以上の質問をやめた。
「あ、この
小屋の横に咲いていた水色の紫陽花を見てカンナは嬉しそうに言う。
カンナの脳裏には、母親と一緒に見た水色の紫陽花畑が蘇っていた。
今は亡き優しい母。澄川アンナ。母は水色の紫陽花が好きだった。その影響か、母の髪を結うリボンはいつも水色。それが母の色であり、カンナの好きな色になったのだ。
「
「オルタンシア?」
「
「オルタンシア……素敵な響き」
ニコニコしながら、カンナは水色の
カンナはいつの間にか船酔いも治っており、いつもの調子が戻っている事に気付いた。
「おう、リリアちゃん、その子が新入生?」
突然小屋の窓から衛兵のような男がカンナを見守るリリアに話し掛けた。
「はい。でも、まだ学園の事を何も話していないので、本人が入ると言うかどうか……それより、少しこちらで休ませて頂けますか? この子、船酔いで───」
「あ、船酔いはもう大丈夫です。この
「あー、カンナさん……学園に着いたらお話しようと思っていたんですけど……」
リリアが申し訳なさそうに言い淀むと、小屋の窓からもう一人、若い男が顔を出した。
「せっかくだからここで話して行けばいいよ。ここから学園までは馬で2時間もかかるんだ」
「馬?」
カンナが首を傾げると、リリアは唇を指先で触れ、少し思案すると首を縦に振った。
「では、
「あ、はい、あの、馬って?」
「それもちゃんとご説明しますから」
リリアはカンナのブルーメタリックのスーツケースを曳きながら、キョトンとするカンナの腕を掴むと、足早に小屋の中へと入っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます