第4話 澄川の娘

「動くな。遊びは終わりだ」


 王飛龍おうひりゅうはカンナにを向けて言った。


 勝利を確信した王飛龍に、カンナは目を見開き言葉を失う。


「俺がこれを持っている事に驚いているんだろ? 銃が消えたはずのこの世界で」


 カンナは応えず、ただ王飛龍を睨み付ける。


「教えてやるよ。この世界から銃は消え去ってなどいない。バグアクでは我羅道邪がらどうじゃ率いる組織が銃の密売を行ない、裏社会の人間に供給しているんだよ」


「……」


「銃を消す為に命を賭した奴もいたが、無駄な事だったというわけだな」


「無駄じゃない」


 力強い口調でカンナは否定する。だが、王飛龍は鼻で笑う。


「あ? 無駄だろうが。ここにこうして銃があるんだからな。見てただろ? 本物だ。ちゃんと人を殺せる。何故銃のない古臭い世界に従わなきゃならんのだ? 俺達人間は常に進化している。武術など不要! 銃を初めとした最新の兵器こそが世界の均衡を保つ抑止力となるんだよ!」


 カンナは知っている。

 父、澄川孝謙が“銃火器等完全廃絶条約”によって表舞台から銃火器がその姿を消したが、その存在は完全に消えてはおらず、裏で動いていた銃が武器商人である我羅道邪の手に渡り、カンナの両親を殺し、他の澄川一族をも殺した事を。


「言いたい事はそれだけですか? 私は銃を所持し、人を殺したあなたを絶対に許しません」


「いつまでも強気な女だな。腹立たしい。この状況、丸腰の貴様は手を挙げて跪くのが正しい選択だと思うが?」


 銃口は相変わらずカンナに向いている。

 両親を殺した銃。

 流石のカンナも全身に冷や汗が滲む。

 王飛龍とカンナの距離は5m程。

 銃弾を躱しつつ男の懐に入らねばならない。でなければ死ぬ。

 カンナは王飛龍の足もとを見る。ヒビ割れたコンクリート。


「分かりました。降参します」


 そう言うとカンナは跪き、コンクリートの地面に両手を突いた。


「やはり、丸腰では銃には敵わんだろ。当然な判断だな」


 潔く投降したカンナに安心し切った王飛龍は銃口を少しだけカンナからずらした。

 その瞬間をカンナは見逃さなかった。


「『篝氣功掌きこうしょう地龍泉ちりゅうせん』」


 カンナが呟くと、突如王飛龍の足もとのコンクリートが砕け、土と共に地面から吹き出した。それはまるで吹き出す間欠泉のように男の視界を遮った。


「うわっ!? な、何だこれは!?」


 王飛龍は動揺して顔を覆いながら後退する。

 そして手を退けた時にはカンナは王飛龍の懐にいた。


「『篝氣功掌・底天掌ていてんしょう』!!」


 カンナの鋭い掌打が王飛龍の腹に打ち込まれた。


「うっ……」


 王飛龍は銃を手から落とし、両膝を突くとそのまま前に倒れた。

 苦しそうに呻いているが、身体はピクリとも動かない。


「何を……した……」


「半日くらい動けなくしました」


「大した威力もない掌打だった……なのに……何故……」


「“氣”の力を使いました。私の氣を送り込み、あなたの四肢の動きを一時的に止めたんです。時間が経てば動けるようになります。後遺症もありません」


「氣の力……、そしてあの体捌き……この技、“篝氣功掌かがりきこうしょう”か」


 カンナは地べたに這い蹲る王飛龍を一瞥すると、返事もせずに踵を返して歩き出した。


「ま、待て! 貴様、澄川孝謙すみかわこうけんの娘だな!」


 王飛龍の問いを無視し続けてカンナは歩き続ける。


「ははは、まだ若いのに、これからの人生地獄だな。父親が残した負の遺産を背負い、澄川一族を根絶やしにしようとしている我羅道邪から命を狙われ続けるんだ。哀れな事だ」


 カンナは唇をかみ締める。


「我々『撈月ラオユエ』に手を出した事、後悔する事になるぞ」


 王飛龍の挑発や脅しにも振り返らずに、カンナはその歩みを進めていく。


 やがて王飛龍の声も聞こえなくなり、誰かが通報したのか、パトカーのサイレンの音が聞こえてきた。


 警察に事情を聞かれると面倒だ。

 そう考え、カンナはそそくさと路地裏へと入っていった。



♢


「お嬢さん」


 じめじめとした路地裏の途中で背後から声を掛けられてカンナは足を止めた。


「雑居ビルの8階から1階に下りるまでにおよそ30人ものマフィア共を体術のみで蹴散らして、銃を持つ相手さえも圧倒するとは、中々の腕を持っているな」


 振り返るとそこには白髪頭と白い髭の背の低い老人が立っていた。

 手に持つ酒瓶をグビグビと呑むと、遠慮なくゲップをした。よく見ると服もみすぼらしく小汚い。


「どうも」


 カンナは関わらない方がいいと判断し、短い返事をしただけで老人から逃げるように歩き始める。


「あー待て待て、儂は怪しいものではない。澄川の娘さん」


「え?」


 自分の名前を呼ばれ、カンナは思わず振り向いた。

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