青春は戻らないらしい。

 結婚式がきらいいだ。こんな恥ずかしいこと、うちの両親もやって来たのだろうか。僕は席に座って、彼女の到着を待つ。どんな顔をして待つのがいいのだろう。正解が分からない。分かるわけないだろう。ばかやろう。


 入学式が嫌いだ。何時間も安いパイプ椅子に座らされて、全く知らないオジサンの話しを永遠と聞かされる。宗教的なものを感じて、嫌悪感けんおかんすら覚えた。


 定期テストが嫌いだ。僕はそこそこ勉強ができたから、大して仲も良くない女子が1人、僕の元に寄ってきた。まったく迷惑な話しだ。


 夏休みが嫌いだ。この時期は本当にすることがない。仕方がないから家でゲームをしていると、例の女子が家まで遊びに誘いに来るようになった。しつこい。僕は彼女と花火大会に行った。海に行った。少し肌が焼けたようだった。


 文化祭が嫌いだ。この時期は周りの人間が浮かれていて、恋人もどきが増える時期だった。このときの僕は文化祭の運営の手伝いをしていた。肉まんみたいなデブと牡蠣かきみたいな顔のチビと仲良くなった。どうやら、僕と彼女の関係が気になるらしい。どうでもいいだろう。そんなこと。


 冬休みが嫌いだ。ずっとコタツの中にいたいのに、いつも誰かに連れ出される。今日は例の女子が初詣はつもうでに行こうとたずねて来た。仕方がないから着いていく。何をおいのりしたのかとたずねると「いいでしょ、そんなの」とそっぽを向かれた。何だそれ。


 始業式が嫌いだ。デブとチビと帰り道にカードゲームの店に行った。ガチャガチャを引いたが、いいカードは出ない。デブもチビも出なかった。だから、帰りにコンビニでアイスを買った。ソーダ味のアイスはサッパリとしていて、甘かった。


 体育祭が嫌いだ。デブは「騎馬戦きばせんで相手を倒しまくる」と意気込んでいたが、馬の方だった。チビは「クラス対抗リレーでカッコいいところを見せる」と自慢気じまんげに語っていたが、メンバーですらなかった。僕は校内放送と実況をした。この季節の外は暑いから嫌いだ。


 夏休みが嫌いだ。今年も室咲むろさきさんは僕の家を頻繁ひんぱんに訪ねてきた。今年はプールに行った。野球を観に行った。花火をした。花火の最中に室咲さんが「君は好きな人がいるの?」と尋ねてきた。「いないよ」と返す。「私はいるんだ」と言われる。「へえ」と返す。また少し、肌が焼けた。


 デブが嫌いだ。食欲の秋だとか言って、一緒に大盛りのハンバーグを食べに行った。チビと僕はすぐにギブアップすると、デブが全員分をたいらげてしまった。「お前ら、男として情けないぞ」とデブが得意げに二重顎を揺らしながら言う。下剤でも盛ればよかった。


 バレンタインが嫌いだ。クラスの男子は浮き足立つし、女子も楽しそうにチョコレートを交換する。それはデブも例外ではなく、今日は髪をセットしてきている。そこじゃねえだろデブ。チビはあくまでいつも通りをよそおっているが、何度も机の中を確認している。こういうヤツが1番ダサい。僕は引き出しの中を確認する。何もなかった。


 受験が嫌いだ。志望校をどこにするかと、2人に尋ねる。デブは県内公立、チビは就職らしい。僕はどうしよう。自分はどうなりたいのだろう。室咲さんにも聞いてみた。「私は都内を志望するかな。田舎じゃ見れない景色があるからね」と空に腕を伸ばしながら言う。彼女らしいと思った。


 夏休みが嫌いだ。今年は受験ということもあって、室咲さんはよく図書館に誘ってくれた。僕は彼女に勉強を教えた。僕はけっきょく、室咲さんと同じ大学を志望することにした。受験が成功すれば、告白をするつもりだ。


 初詣が嫌いだ。今年はお互い、受験が成功するようにと願った。僕の方は告白の成功も、一緒に願った。室咲さんは帰り道に甘酒を買って、僕はコンビニで唐揚げを買った。ひと口あげる代わりに、ひと口貰った。甘酒は嫌いだ。甘くて、甘かった。

 

 受験が嫌いだ。僕は第一志望の大学に合格した。喜びを噛み締めるように心の中でガッツポーズを決めると、すぐに彼女の受験番号を探した。なかった。彼女は「おめでとう!お祝いしなきゃね」と言った。なんて声をかければよかったのだろう。僕には分からない。分からないから、ダメなのだ。


 卒業式は嫌いだ。長時間安いパイプ椅子に座らされて、顔も見飽きたオジサンの話しを永遠と聞かされる。この時間に、いろんなことを思い出す。走って怒られた渡り廊下。室咲さんと帰ったあの坂道。天井に挟まったバレーボール。教室の隅にある10円玉。ぜんぶ、忘れちゃうのかな。いやだな。スッと、目を拭った。楽しかったな。3年間。「写真撮ろうぜ!」と、デブが目を涙でグシャグシャにしながら、スマホを向けた。僕はカメラに向かってピースサインをする。チビは泣きながら変顔をしている。それを見て笑った。すると、室咲さんが友人達と別れて、帰路きろに立とうとしていた。デブとチビが背中を押す。僕は走って追いかけた。「室咲さん!」僕が呼ぶと、彼女が振り返る。最初に声をかけて来たのは君の方だろう。


「またね」


「うん、またね」

 

 僕は意気地いくじなしだ。君が好きだ。簡単な日本語じゃないか。僕は「好き」となぜ言えない。デブも、チビも、この学校も、室咲さんも全部大好きだったじゃないか。


" 僕は僕が嫌いだ "


 結婚式はやっぱり大嫌いだ。高校時代の同級生が集まる席で僕は拍手はくしゅをしていた。室咲さんは、とても綺麗になっていた。ああそうか、もう室咲さんじゃないのだな。彼女は僕の知らない、顔の良い男性と結婚した。身につけている、あの腕時計はかなり良い物だ。羨ましい。羨ましい。羨ましい。


 僕は帰り道にお酒を買った。缶チューハイを何本も買った。それを飲んでは潰して、飲んでは潰した。でも、潰れていくのは自分だった。僕は僕が嫌いだ。嫌いだ。嫌いなんだよ。ばかやろう。涙なんて流すなよ。ばかやろう。戻りたい。あの頃に、戻りたい。でも、


戻れない。


〜 一度流れた時間は戻りません。あなたの横にいる人も、いつかはいなくなるでしょう。あなたは大切な人に好きと伝えていますか。 〜

 



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