34 新たなる配役


「――やはり君の言葉がファティカの心を動かしたな。シナリオ通り……いや、それ以上の成果が得られた」



 ファティカ様と学院で別れ、馬車に乗り城下町へと下り……

 ジンさんと私はお屋敷に向け、人気ひとけのない夜の街を歩いていた。


「君に説得を依頼して本当によかった。俺一人では、彼女の心を開くことは到底できなかっただろう」

 

 隣で言うジンさんに、私は俯きながら返す。


「確かにファティカ様の心を動かすことはできましたが、まさか組織がここまで徹底して素性を隠しているだなんて……具体的な情報は、あまり得られなかったですね」

「俺としては想定内だ。むしろ、奴らが出入りしていた孤児院と拉致の手口がわかっただけで大収穫と言える。それを掴むことすらできず、俺はこの十年を過ごしてきたのだからな」


 十年……

 その年月がどれだけ長く苦しかったか、彼の過去を知った今、前よりも理解できる気がして……

 だからこそ、余計に胸が締め付けられる。


「……例の孤児院へは、いつ向かわれるのですか?」


 そこに……私も、ついて行っていいですか?

 そう聞きたくて、ジンさんに尋ねるが、


「……その話は、家に入ってからにしよう」


 彼は前方に視線を向け、そう答える。

 つられるように前を見ると……夜道の少し先、お屋敷のすぐ手前の街灯の下に、


「これからのことは――を含めて話すべきだからな」


 エミディオさんが、悪戯っぽい笑みを浮かべながら、立っていた。





 ――エミディオさんと共にお屋敷へ入り、ジンさんはすぐに情報を共有した。

 

 ファティカ様は四年前、ジーランド領にあるウルブレア孤児院で拉致されたこと。

 その少し前、不審な若い男が孤児院を訪れ、十三歳以上の孤児たちに接触していたこと。

 恐らくそこで子供たちが持つ魔法の能力を選定し、ファティカ様に目を付けたこと。


「――なるほど。握手することで相手の能力を見抜く力かぁ」

「恐らく、当人が自覚していない"本当の能力"まで正しく見極めることができるのだろう」

「ふーん。なら、そいつがあちこちを回って拉致対象を選定している可能性が高いね。ジーランド領だけでなく、全国の失踪事件について洗い直したらより手がかりが掴めるかも。んで? そいつの特徴は?」

「明るい茶髪、細身の筋肉質、人当たりの良い雰囲気の、若い男だ」

「はぁ? そんな人間、いくらでもいるよ。もっとこう、ほくろの位置とか、爪の形とか、喋り方の癖とかはわからないの?」

「十三歳の少女が日常的に特殊捜査官のような見方をするわけがないだろう。四年前のことを覚えていただけでもありがたいと思え」

「そりゃあわかってるけどさぁ。じゃ、とりあえずそのウルブレアって孤児院に行けばいいのね」

「そうだ。訪問時の記名帳が残っていれば、そいつが使っている偽名と筆跡を知ることができる」

「はぁ。予想はしていたけど、まだまだ道は長いなぁ。それで、いつ行く?」

「わ……私も!」


 ……そこで。

 私は、満を持して手を上げる。


「私も……一緒に行きます。同行させてください!」


 声が震えたが、はっきりと言い切った。

 突然声を上げた私に、エミディオさんはぽかんと口を開け、ジンさんは……


「……却下だ」


 冷静な口調で、そう答えた。


「ファティカの件で怒りが募っているのはわかるが、組織が出入りしている場所へ君を連れて行くわけにはいかない」

「怒りに任せて言っているのではありません。私がお役に立てると確信しているからこそ、同行を申し出ているのです」


 感情的にならないよう低い声で言う私を、ジンさんは驚いたように見つめる。

 その青藍の瞳に、私は自信を持って、こう告げる。



「私は、物が持つ記憶を見ることができます。孤児院にある様々な物に触れ、四年前の記憶を探れば、その『選定者』の姿を詳細に知ることができるはずです」



 ……そう。

 これまで、どうすればジンさんの役に立てるのだろうかとずっと悩んでいたが……ようやく力になれるシナリオを見つけた。

 

 現場に残された物に触れ、犯行当時の記憶を見る。

 

 これは、私にしかできないことだ。



「って、メルちゃんの魔法って、そんなことまでできるの?」


 エミディオさんが驚愕を露わにするが、私はジンさんのことを見つめたまま続ける。


「私が同行すれば、このわずかな手がかりから一気に犯行当時の状況を知ることができます。最短で最大の成果が見込めるまたとない機会……ジンさんだって、そう思うでしょう?」

「しかし俺は……君を深入りさせたくは……」

「私は……ッ」


 ぐ……っと、自分の胸の前で拳を握り、

 

「……あなたの側で、あなたの役に立ちたいんです。過去と向き合い、本当の魔法ちからを開花させたのだって、そのためです」

「メル……」

「秘書でも協力者でも何でもいい。どうか、私を利用してください。あなたの『復讐』のシナリオに……私を、最後まで使ってください」


 嗚呼、ついに言ってしまった。

 こんなの、もうほとんど"愛の告白"だ。

 でも、それでいい。だって、全部本当の気持ちだから。


 言葉を失うジンさんの横で……エミディオさんが、にこっと笑い、


「僕は賛成だな」


 と、ジンさんに向けて言う。


「メルちゃんの言う通り、彼女がいれば最短で最大の成果が見込めるよ。一度拉致事件を起こした現場だし、もう組織の連中は出入りしていないはずだ。そこまで危険じゃない」

「しかし……」

「メルちゃんが大事なのはわかるけどさ、メルちゃんも同じようにジンを大事に思っているんだよ。その気持ちを、少しは尊重してあげたら?」

「エミディオさん……」


 思いがけない助け舟に驚いていると、彼は一つウィンクをして、


「それに、僕やジンだけで孤児院を訪ねるより、メルちゃんみたいな愛想の良い女性がいた方が不信感を持たれにくいしね。メルちゃんしっかりしてるし、同行してもらうべきだと思うけど」


 と、さらにフォローをしてくれる。

 

 エミディオさんが同行を後押ししてくれたのは、きっと私に同情したからではない。私の能力を活用すべきだと、論理的に判断したからだろう。

 仮にも国の特殊捜査官だ。組織を追う身として、彼も最短で最大の成果を上げたいはずだ。

 

 理由はどうあれ、この援護はありがたい限りだった。

 ジンさんは俯き、じっと考え込むように黙り込むと……


「……メル」

「は、はい」

「……契約延長だ。ウルブレア孤児院へ同行し、組織の人間に纏わる記憶を集めて欲しい。契約書は後ほど用意する」


 息を吐きながら、観念したように言った。

 私は嬉しさのあまりエミディオさんと視線を交わし、笑みを浮かべる。

 それからジンさんの方を向き、ぐっと身を乗り出す。


「ありがとうございます、ジンさん。私、頑張ります!」

「はぁ……これはまた、シナリオの修正が必要だな……」

「え?」

「いや、くれぐれも目立たないようにしてくれ、と言ったんだ。孤児院の人間が組織と繋がっている可能性もゼロではないからな」

「確かにそうですね……わかりました。不審に思われないよう、自然体で対応します」

「ん。そうと決まれば、準備を進めよう。孤児院への訪問は次の休日――つまり、二日後だ。明日の深夜に出発し、ジーランド領へ前乗りする」


 そこまで言うと……

 ジンさんは、私のことをじーっと見つめる。


「え……な、何か?」

「ふむ……まずは、君の新しいドレスを用意するところからだな」

「へっ?」


 彼の想定している『準備』が具体的には何を指すのかわからず、間抜けな声を上げるが――



 ――その二日後。

 私は、彼の意図を、身をもって知ることとなる。





 * * * *





「――ごめんください」



 年季の入った木製の扉を開け、ジンさんが柔らかな声で言う。

 

 ジーランド領にある、ウルブレア孤児院。

 木造二階建ての、飾り気のない建物だ。

 

 ジンさんの声を聞き、小さな受付カウンターの向こうから眼鏡をかけた中年女性が出てくる。

 そして、にこやかな笑みで私たちを迎える。


「あら、おはようございます」

「おはようございます。突然のご訪問、お許しください」

「いえいえ。初めていらっしゃる方ですね?」

「はい。実は、養子を迎えることを考えていまして――」


 ……と、ジンさんは、隣に立つ私の腰に手を回し、



「――と一緒に、孤児院を回っているのです。こちらにいるお子さんたちに、会わせていただけますか?」



 そう、完璧な笑顔で言うので……


 私は、内心の混乱と恥じらいを全力で抑えながら、上品な妻の微笑を、無理矢理演じた。



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