29 炎獄の記憶


 これは、叶うはずのない片想い。



 そう理解していても、やっぱりジンさんの側にいたくて。

 少しでも利用価値のある人間になろうと、私は、これまで以上に魔法の鍛練に精を出した。


 取り組んだのは、ジンさんの講義の傍聴に加え、彼に勧められた書籍の熟読、そして何より、実践演習だ。

 

 私の能力は、対象物を元の状態に『修復』すること。

 そう正しく理解し、実際に魔法を使うことで、自らの力をより深く知ることに繋がった。

 

 確認できている限りでは、十三年前のものまで『修復』できること。

 欠損部分が五割以上になるものは『修復』できないこと。

 逆に、バラバラになったかけらや部品パーツが揃っていれば、綺麗に直せること。

 他にも、能力の様々な制限や条件が見えてきた。


 しかし、それらの力がジンさんの『復讐』に直接的に役立つとは思えなかった。

 それ以上の進展がないまま、ファティカ様に接触する『入学祝賀会』の日は刻一刻と迫り――



 残すところ、あと五日というその日。

 私は、ジンさんのお屋敷で、頭を抱えていた。



「うぅ……やっぱり『修復』以上の力が見出せない……何か別の使い方ができればいいんだけど……」


 一階のリビングにて。

 今日は休日なので、ジンさんにお借りしたいろいろな物――古い書籍や欠けた食器、ほつれた布巾やすり減った靴など、直して良いと言われたものを一つずつ『修復』しているのだが……


「これじゃあ、根本的には『治癒』の力と変わらないんだよね……」


 と、『修復』し、綺麗になったお皿を眺め、息を吐く。


 

 きっと私は、『入学祝賀会』の日を最後に、ジンさんに解雇される。

 それを言い渡される時、「私にはこんな便利な魔法がありますよ!」と自分を売り込んで、契約を延長してもらいたいと考えていた。


 でも、「これだ!」という能力の使い道は未だ見出せていない。

 もう、時間がないのに。


(やっぱり……と、ちゃんと向き合えていないのかな)


 さらなる魔法の力を開花させるべく、私は一番辛い過去の記憶――母の死にまつわる記憶とも、今一度向き合った。

 しかし、「母さんを癒したい」「痛みを取り除いてあげたい」という願望しか思い当たる感情がなく……

 結局は、それが起因して『修復』の魔法を授かったとしか思えなかった。


(……本当に、そうなのかな?)


 そう疑問に思うのは、私の中で、まだあの頃のことがちゃんと整理できていないからだ。

 詳細に思い出そうとすると未だに身体が震え、冷や汗が出て、動悸が止まらなくなる。

 

 向き合い方がまだ足りないのだろうか?

 あの頃の気持ちを正しく理解し、トラウマを受け入れることができれば……私の魔法に、また新たな変化が見出せるのだろうか?


「…………はぁ」


 考えているだけでは始まらない。

 今はとにかく手を動かし、実践する中で自分と向き合っていこう。

 

 そう自分に言い聞かせ、私は一冊の本を手に取る。

 ジンさんにお借りした、修復対象の古い本だ。

 赤い革の表紙に、金色の文字で書かれたタイトル。何かの物語のようだが、はっきりとは読めない。何故なら、表面に黒いすすがかかり、所々焼け焦げているから。

 

 その焼け跡に、私は暫し目を留める。

 そして……ジンさんの背中にあった火傷の痕を思い出す。


(この本……ジンさんの火傷と、何か関係があるのかな?)


 幸い、本の中身は無事だった。

 私はパラパラとページを捲り、発行年月日を確認する。と、ちょうど十年前に出版された本だった。


(十年前……ジンさんの火傷も、『十年前の傷痕』だって言ってた。時期が重なっている)


 やっぱり、十年前に何かあったんだ。

 私は、胸の奥がぎゅっと締め付けられるように切なくなる。



 彼の痛みに触れたい。

『復讐』に生きる彼の心の傷を、少しでも癒してあげたい。


 好きだから。

 ジンさんのことが好きで……大好きで、堪らないから。


(知りたい……十年前、彼に何があったの?)


 そう思いながら、本の表紙をそっと撫でた――その時。



「…………っ?!」



 私の脳裏に、覚えのない記憶の情景が、溢れるように浮かんできた――





 ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎





 ――そこは、貴族のお屋敷にあるような、広くて立派な大広間。

 床には赤い絨毯が敷かれ、天井からはまばゆいシャンデリアが下がり、大きな格子窓にキラキラと反射している。

 

 そんな広間に、華やかに着飾った人々が集まって、食事や談笑やダンスを楽しんでいる。

 

 ……が、その楽しげな光景は、一瞬で一変する。



 ――ボゥッ!

 


 広間の中央で、突如として火柱が上がったのだ。


 火はあっという間に広がり、逃げ惑う人々を飲み込んでゆく。

 扉も窓も閉め切られているのか、この広間から出ることができず、皆泣き叫びながら絶命していく。


 

 そんな中、ジンさんによく似た黒髪の男性が、こちらに駆け寄り、言う。



「ジン。お前一人だけならここへ退避できる。火が収まるまで、この中にいなさい」



 そして男性は、切なげな表情でこちらを見つめ、



「お前だけが希望だ。このアイロルディ家を……父さんや母さんが生きた軌跡を、どうか繋いでくれ。……愛しているよ、ジン」



 その言葉を最後に。

 私の脳裏に映る情景は、漆黒の闇に包まれた――


 



 ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎


 


 

「――い……今のは、一体……?」



 思考が現実に戻り、私は早鐘を打つ胸を押さえる。

 


 今のは、何だったのか。

 幻覚? 白昼夢? それとも……

 

 この、焼け焦げた本を通して見た、誰かの記憶……?


 だとすれば、それは…………


 


「――メル……? 大丈夫か?」



 その声に、私はハッとする。

 見れば、リビングの入口に立ち、心配そうにこちらを見るジンさんがいた。

 

 私は、未だ高鳴る鼓動を感じながら、一つの仮説を脳裏に浮かべる。

 そして、



「ジンさん……お願いがあります」

「お願い……?」

「はい……確かめたいことがあるんです」


 

 覚悟を決め、そう言った。



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