20 "黒耀の王子"
――翌日。
ウエルリリス魔法学院の開講日。
白亜の校舎に、若者たちの活気ある声が満ちる。
新入生も在校生も、新たに始まった学院生活に浮き足立っている様子だ。
その様子を遠くに聞きながら、私は……
教材などを保管する倉庫に隠れていた。
ジンさんのお言葉に甘え、今日から私も彼の講義を聞かせてもらうことにした。
しかし、その前にファティカ様とばったり鉢合わせるようなことがあってはならない。
一限のこの時間、ファティカ様は別の階で授業を受けるため、遭遇する可能性は限りなく低いが……念には念を入れ、ギリギリまで隠れることにしたのだ。
始業の鐘が鳴り、生徒たちが廊下からいなくなる。
そのことを確認し、私はジンさんが講義をする教室に近付いた。
この学院では、生徒自身が受ける講義を選択し、規定の単位数を満たすように時間割を組むらしい。
一、二年生は魔法の基礎知識を広く網羅できる講義を、三、四年生は個々の才能や研究したい分野に合わせ、より専門的な講義を受けられるようになっているのだとか。
自身の能力を正しく理解するためのジンさんの講義は、魔法学の基盤となるため、一年生向けに設定されていた。
廊下の小窓からちらりと教室の中を覗くと、五十ほどある座席がほぼ埋まっている。受講を希望する生徒の多い、人気の講義のようだ。
教室のドアの側で聞き耳を立て、メモとペンを用意し、ジンさんが話し始めるのを待っていると……
「やばーっ、教室間違えたー!」
「こっちこっち! まだ間に合うよ!」
廊下の向こうから、二人の女子生徒が駆けて来た。
ファティカ様ではないことを確認し、私は澄ました顔でそれを見届ける。
と、二人の内の一人が、ジンさんのいる教室に目を向け、
「あっ、『
「一年生だけ講義受けられるなんてズルイよねぇ。うらやましー」
「思い切って留年すればよかったね」
「もー、そんなこと言ったら親が泣くよー?」
などと言い合いながら、賑やかに去って行った。
それを聞き、私は……
「……黒耀の、王子……?」
首を傾げる。
会話の雰囲気から察するに、ジンさんに付けられたあだ名のようだ。
再び、小窓から教室の中を覗く。
そして、黒板の前に立つジンさんを見つめる。
黒いスーツに、瞳と同じ色のネクタイ。
ここまではいつもと同じ服装だが、今はその上に白衣を纏い、黒縁の眼鏡をかけていた。
初めて目にする、教師としての彼の姿。
それは、悔しいくらいに様になっていて……
『黒く
(こんなにかっこいい先生が、家では枕をぎゅっと抱いて爆睡していたり、エプロン姿で不器用に野菜を切ったりしているだなんて、誰も想像できないんだろうな……)
……と、私は昨夜見たジンさんのエプロン姿を思い出す。
昨日の帰りに城下町のお店で選んだ、青と白の縦縞模様のエプロン。
ジンさんはそれをたいそう気に入り、帰宅するなりすぐに身に付けて野菜を切り始めた。そして、すぐに指を切った。
(ほんと、器用なんだか不器用なんだか……今日は指を切らないといいけど)
そう苦笑いしたところで、準備が整ったのか、ジンさんの話し始める声が聞こえた。
「新入生のみなさん、初めまして。
広い教室の後ろの席まで通るような、爽やかな声。
教師陣の前では初々しく『僕』と言っていたが、生徒の前では大人っぽく『私』と呼称しているらしい。
相手に合わせ、与える印象を変えるためだろう。
(もしかして、ジンさんが『俺』って言っているのを聞ける人間て、実はそんなにいないのかな……?)
家での隙だらけな生態といい、『俺』という呼称といい……ひょっとすると私は、ジンさんの"素"を知る数少ない存在なのかもしれない。
そう考えると、なんというか……ちょっと嬉しいかも。
……って、いけない。
そんなことを考えていないで、今は講義に集中しなきゃ。
「早速ですが、今配ったプリントを見てください。みなさんに、いくつかの質問を用意しました。これからの講義の基盤となる問いかけです。
『一、あなたは自身の魔法の能力をどのようなものであると認識していますか?』。
『二、それはどのような場面で効力を発揮しますか?』。
『三、あなたの魔法は、あなたが望む形で発揮されていますか?』。
まずはこの質問について考え、答えを書き出してみてください」
当然、私の手元にはないが、そんなアンケートのようなプリントが生徒たちには配られているらしい。
ジンさんの指示通り、私もメモ帳に書き出してみる。
(まず、一つ目の質問は……私は自分の魔法を、『人の傷や痛みを癒す力』だと認識している。二つ目は、傷を負い、今すぐ処置が必要な人がいる場面では特に効力を発揮すると思う。そして、三つ目は……)
「……私が望む、魔法の形……」
その質問の意味について、今一度考える。
魔法は、精霊から与えられるもの。
だから、自分が望む・望まないに関わらず、「そういうものだ」と受け入れるしかない。
昨日までの私は、そう思っていた。
しかし、ジンさんの研究によれば、魔法は自分自身の経験を元に
自分が深層心理で恐れているものを排除するような力を、精霊が与えているのだという。
私は、母さんを癒したいと……病気の苦しみから解放したいと思っていた。
だから、他人の傷を癒すこの力は、私の望む形で発揮されているはず。それなのに……
(私が望む、魔法の形……かぁ……)
今まで考えたこともなかったこの命題に、私の思考は、しばらくとらわれることとなった。
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