刹那的チョコレートパフェの世界
美崎あらた
階層1 コーンフレークの砂漠
目が覚めると、僕はチョコレートパフェの世界に閉じ込められていた。あるいは自分から入って行ったのかもしれないが、いかんせん記憶がない。
僕が横たわっていたのは、パフェの最下層であるコーンフレークの砂漠だった。ごつごつとした岩石砂漠といったところだろうか。自分で食べているときはサクサクとして子気味良いのだが、こうしてパフェの世界に入って、巨大なコーンフレークを地面とすると、なんとも無骨なものだ。
「さて、どうしたものか」
つぶやいて、空を見上げる。しかしそこに空はなく、二段目の階層、生クリームの海が広がっているだけだ。それは、あるいはヨーグルトかもしれないが、ここからでは判別できない。今にものしかかってきそうな、威圧的な空だった。
「さて……」
と、僕は立ち上がった。自分でも驚いたことに、頭はひどく冷静だった。不条理な事態に巻き込まれているにもかかわらず、特にこれといって焦りがあるわけでもない。
とりあえず上を目指すことにしよう。ここがチョコレートパフェの最下層であるとすれば、元の世界へ帰るための出口は上にしかないのだから。
「やぁやぁ、君。お悩みのようだね」
しばらく歩くと、重なり合ったコーンフレークの陰から、エリマキトカゲが現れた。
「おやおや、そんなに驚かなくてもいいだろう?」
僕は驚きを顔に表してしまっていたらしい。チョコレートパフェに生息するエリマキトカゲなんて、聞いたことがなかったからだ。
「安心しなよ。俺はメタファーとしてのエリマキトカゲさ。実際のパフェにエリマキトカゲが入っているわけじゃない」
「それなら安心だ。ところで、それならば君は何を暗喩しているのだろう?」
僕は素朴な疑問を口にした。
「それを言っちゃあ、メタファーにならないだろう? 自分で考えないと」
エリマキトカゲは不機嫌な様子で襟を立てた。
「ふうむ、難しいな」
「そう難しく考えることはない。起こることすべてに合理的な意味があると考えてしまうのが、君たち人間の悪いところだ。そんなことでは理解不能な事態に陥った時、身動きが取れなくなる。今の君のように」
エリマキトカゲは饒舌に語る。少し機嫌が直ったように見える。
「だとすると、君がエリマキトカゲである必然性はあるのかな? 君自身ではなく、君との会話の中に何らかの隠喩があるのであって、君はあるいはイグアナとかカメレオンだったかもしれない」
「なるほどなるほど。そうきたか。順応力の高い奴は嫌いじゃないぜ」
エリマキトカゲは前足を挙げ、顎をかいた。
「しかしイグアナとかカメレオンだとかそういう連中は、俺のように二本の足で立つことはできまい」
彼は誇らしげな様子で、がに股の二足歩行を始めた。僕も仕方なく後ろを歩く。
「では、二足歩行というのが重要なのかな」
「あるいはそうかもしれん。しかし二足歩行というのは、『手を得る』というところばかりに目が行ってしまうが、それは同時に前足を失うということなのだ」
「なるほど。何かを得るには何かを失わねばならないという教訓が、君がイグアナでもカメレオンでもなくエリマキトカゲであることのメタファーなのかな」
「かもな。お前が答えだと思うものを信じればいい。すべての疑問に解答が用意されているとは限らないのだからな」
僕は前をゆらゆらと歩くエリマキトカゲの後姿を見ながら、再度考えた。何かを得るためには何かを失わなければならない?
いや、本当のところは、そうでないと思っている。そうでないことを知っているはずなのだ。失われるものは、ある日突然失われる。それこそ不条理に。それによって得るものはあるかもしれないけれど、それは後付けの理由だ。人間だから、合理化しているのだろう。
人間は、そういう風にできている。
「さあ、俺が案内できるのはここまでだ」
エリマキトカゲが振り返った。そう言われて初めて、どうやら彼が僕を案内してくれていたらしいことに気が付く。目の前には次の層、真っ白な層が広がっていた。
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