第2話 魔道具ギャラリー
(Another Scene)
――どうなっちゃうの、俺。誰も相手してくれないの?
帰りたい。もう、
これ以上は、耐えられない――
正体がバレた殿下は、顔を真っ赤にして頬をぷくっと膨らませていた。
……めちゃくちゃ可愛いじゃないか。
「それじゃ、リッジィ。例のものを持ってきてちょうだい」
「かしこまりました」
一分も経たないうちに、マスターが何かを抱えて戻ってくる。
「これ、着てちょうだい」
「えっ……これは、メイド服、でございましょうか」
「そうだ。メイドたるもの、まずはメイド服が必要なのだ」
「え、ええ……わ、わかりました」
女装は慣れてるほうだ。抵抗は――ない、はず。
なのに、よりによって今さらメイド服に動揺してる自分がいる。
「少々お待ちください」
隣室で着替える。
俺は毎日、
下がスースーするのは慣れっこだ。ドレスもスカートも別に問題ない。
……ただ、これは――メイド服。西洋宮廷の侍女の制服ってやつだ。
黒と白のコントラスト。膝上で揺れるスカート。
この白くて長い足袋みたいなのは……ストッキング?
丈も短いし、ちょっと遊ばれてる気がする。
「お待たせいたしました」
「か、か、かわいいいいっ! よく似合っているじゃないか!
ツインテールまで結んだのか。やはりおぬしをメイドにする判断は正しかった。いいぞ、いいぞ!」
「ご褒美は光栄ですが、男として……その、少し恥ずかしい、でございます」
「
「マスターさんまで……もう、こんな恥ずかしい格好、落ち着かないですよ」
「はははは! わしの秘密を知った罰だと思って耐えるがよい!」
「僭越ながら……殿下は、なぜ女子であることをお隠しに?」
殿下の笑いがふっと止まり、影が落ちる。
「……今さら隠せぬか。どうせわしのメイドになったのだ、教えてやってもよいだろう。
隠したのではない。隠さねば、この“和王”を続けられなかったのだ。う……ごめんね」
――これは、殿下の痛い記憶を引き出す話だ。今は踏み込むべきじゃない。
「わかりました。この話は一旦やめましょう、ね」
興味はある。だが泣かせてまで聞き出すことじゃない。
無理に踏み込めば、俺の立場も危うくなる。
「殿下はごゆっくり。わしらは失礼いたします」
マスターは殿下を
「マスターさん、ひとつ伺っても? 先ほどの件は……」
「詳しくは承知しておりませんが、殿下が女性であること、そしてそれを秘すべき理由については、ご即位の日にご自ら仰いました。
この秘密を知る者は、わしを除けば先代の専属メイドと、殿下の魔道具の師匠くらい。ほかの使用人は存じません。何卒ご内密に」
「承知しました。ありがとうございます」
――誰にだって秘密の一つや二つある。これは聞かないでおこう。
「それと……メイドって、具体的に何を?」
「基本は殿下の起居のお世話。掃除や料理の手伝いも。わからぬことは、いつでも」
「かしこまりました。これからよろしくお願いします」
ちょうど話が終わったところで、殿下が部屋から出てきた。
「さっきはごめん。機会があればまた話そう。これから外出なのだ。リッジィは留守番でよい」
「承知いたしました」
「おぬしは、ついて来い。いいものを見せてやる」
「かしこまりました」
城を出て坂を下り、繁華街の手前。赤レンガの二階建てが道沿いに現れる。
掲げられた看板には――
「魔道具ギャラリー」
繁華街の片隅に佇むその店の扉を開けると、目に飛び込んできたのは圧巻の光景だった。
小さなフロアに、精巧な魔道具がびっしり。槍や刃だけじゃない。
三角形の腕時計、自動で湯が沸く鍋――見たこともない代物が並ぶ。
店の奥の階段を上って二階へ。
「師匠姉ちゃん、邪魔するのだ」
「よー、殿下じゃないか。お久しぶり」
「師匠も久しぶりだな。今日は新しい魔道具を作りに来たのだ」
「そっちの可愛いおメイドちゃんは?……まさか新しい専属?」
作業台に向かっていた猫人族の女性が、優雅に微笑む。
エレガント、という言葉が似合う人だ。
「僕は
「自己紹介が遅れてごめんね。あたしはオリックス・フィード。
この“魔道具ギャラリー”の店主で、殿下の魔道具の先生でもあるよ。
メイドちゃん――じゃなくてメイドくん、よろしく。『僕むすめ』なんて珍しいね、ふふ」
「僕、実は――」
「ははは! 彼はわしのメイドであると同時に、見てのとおり“男の人質”でもあるのだ」
「ええっ!? こんなに可愛いのに……てっきり女の子かと。ごめんね」
「いえ、こちらこそ、こんな姿で失礼しました。ところで今日は殿下の授業でしょうか?」
「今日はおぬしにも、魔道具を“作って”“使って”もらう。
専属メイドたるもの、最低限の製造と運用はできたほうが良いのだ」
「いいね。じゃあメイドくんにも製作と使用を体験してもらおう。
……で、殿下。前回の宿題、忘れてないよね?」
「ご、ごめんなさい。忘れてはいないのだ、師匠姉さま。肝心な部分が詰まっただけなのだ。怒らないで?」
「素直でよろしい。今日は大目に見るけど、次回までにはね」
「わかったのだ」
「じゃ、メイドくん。こちらにどうぞ」
アトリエの窓際、作業机の前に座る。
……殿下に、こんな真面目な一面があるとは。
この師匠、いったいどれほどの腕なんだろう。
「メイドくん、魔道具の仕組みは?」
「霊体――アリナが宿る“魔石”や
「ほぼ正解。けど“武器”に限らない。
生活を便利にする小物もたくさんある。下のフロアにも並んでたでしょ?」
「意外でした。俺の故郷では“魔刃まのやいば”が主流で、
家でも馴染み深いんですが……僕の魔法レベルが低くて、うまく発動できなくて」
「それは“そうとは限らない”。世間は“発動=術者の魔力”と考えがちだけど、
調整が上手くできれば、使用者の魔力を介さずに動くものも作れる」
「そうなのだ。魔法使いじゃなくても使える魔道具が当たり前になれば、
この国の“魔法使い差別”だって、いつかなくなるのだ」
「……その発想、好きです。ぜひ作らせてください」
師匠が紫色の鉱石を机上に置く。
「さて、これは何に見える?」
「“紫晶石”でしょうか」
「そう見えるよね。でも実は“
アリナが桁違いに宿る、強力な兵装の要石だよ」
「そんな貴重な石を、僕の練習に?」
「普通の魔石だとアリナが少なく、調整中に流出して精度が安定しない。
“紫傷石”なら余裕を持って精度取りができる。――じゃ、まずお手本」
師匠は石に両掌を添え、目を閉じる。
二分ほどで石は一瞬、光を弾いた。
「できた。あとは外観を好みに整えればいい」
「早すぎる……どうやって?」
「アリナを活かすには“対話”が大事。
製造時に深く通じ合えれば、効果は長持ちする。
だから同じ素材でも、作り手で性能が変わるのさ」
――常識が覆る。けど、目の前の現実が証明している。
「ゆえに、魔道具製作は“アリナと会話できる者”の仕事。
匠が少ないから、結局“魔法そのもの”が重んじられ、差別が生まれた。……この現状を変えたい」
「わしも師匠姉ちゃんを応援するのだ。だから修行しているが……まだ下手なのだ」
「そんなことないよ。――さ、両手を石に。アリナに“作りたいもの”を伝えて」
触れた瞬間、視界がふっと反転し、異空間に落ちた。
『おや、嬢ちゃん。何の用だ?』
石が……喋った。俺に話しかけている?
『は、初めまして。ぼ、僕は、あ、明立ぶせい、男です』
『自己紹介はいい。君のアリナを見ればわかる』
『じゃあ、なんで俺を“嬢ちゃん”って――』
『ここでツッコミ? 気に入った。会話は君の脳が作る舞台装置みたいなもの。
……それに、君、女装にもう馴染んでる。心の芯まで、少しずつ“女の子”寄りだ』
『ああもう、その話はやめろ! 石相手に本気で照れるとか、俺のバカ!』
『ブチ切れ可愛い。で、頼みごとは?』
初回だ。大物は避けたい。実用一点突破で――
『じゃあ、“自動で料理ができる調理器具”、お願いできる?』
『そんな簡単なものを俺に? 手間は省けるけど、タダじゃない。
代わりにひとつ答えろ。君の中の“復讐”、それは本気か? 迷ってる匂いがする』
復讐――簡単な問いじゃない。
今の生活だって安定してない。この先が
『……正直、まだわからない。確かめきれてないんだ』
『素直でよろしい、嬢ちゃん。出口は君が見つける。今回は力を貸そう』
『また“嬢ちゃん”って言った! もう……』
――息を吐く。世界が元に戻る。
「どうだった? 顔、真っ赤だぞ」
「はあ……なんとか、交渉成立、です」
「何を頼んだ?」
「自動料理器具を」
「なんだ、初級魔法レベルか。だが初回としては褒めてやろう」
「成功だね。素晴らしい。メイドくん、製造の才があるよ」
「お褒めに預かり光栄です。……石との会話、あんなに難しいとは」
「機嫌取りが肝心。紫傷石は力が強いぶん、機嫌も難しい。
新入りが適応できるかどうかの試金石にもなる」
「新入りを選別する石……ってことですか」
「えへへ、そこは許して」
なるほど、だから量産には向かないのか。
故郷・北川では専属職人が量産していたが、素材も力も穏やかで、術者のアリナ依存だった――そういう違いだ。
「次は形を整える番。既存の道具に付着させるのも手だよ。
今日は疲れたでしょ。仕上げはこっちでやる。しっかり見てて」
「お手数をおかけします」
師匠は石を小槌で丸く整え、魔法で一気に仕上げる。速い。
お玉の柄に穴を開け、石をはめ込む――完成。
「さすが紫傷石。使い勝手がいい。……じゃ、殿下の大好物“焼き飯”作ろっか」
「やった!」
殿下も小物作りに挑戦。ぎこちない手つきながら、出来は悪くない。
日が暮れ、片付けた作業台が食卓に変わる。
「やっぱこの自動調理、便利だね。材料の下ごしらえは必要だけど」
「美味なのだ。我がシェフに匹敵するのだ」
「メイドくんもどうぞ。君の分もあるよ」
「いただきます」
食べ終えるころには、外はすっかり夜。道の灯りはきらめいたまま。
殿下の機嫌もすっかり直っている。
「美味しかったのだ。おぬし、よくやったぞ」
「ありがとうございます。ここ、夜景が綺麗ですね」
「そうだろう。誰にでも使える魔道具が普及したら、世界の隅々まで、こんな景色が灯るのだろうか」
「……きっと、いつか」
「なぁ、おぬしは――わしのメイドでいて、いいのか?
今さらだが、本音を聞かせろ。何を言っても、罰は与えない」
人質としてここに残るか、抜け出して復讐に走るか。
今日がいくら楽しくても、答えはまだ出ない。もう少し、様子を見たい。
「……えっと。望んだ形ではありませんが、ここへ来た以上、殿下のもとで全力を尽くします」
「そうか。――わかったのだ」
* * *
(another scene)
「陛下。狭盛境で魔石の密輸が発覚。背後に黒幕ありとの報。
また、あの“人質”が上陸したとのこと。いかがいたしますか」
「我が愛しき妹よ、今は何をしている。ちょうど鉄路が開通したのだな。
余は狭盛へ参る。妹に会いに。――至急、支度だ!」
「はっ!」
(another scene)
「いいか、絶対に失敗は許されねぇ。しくじったら、ただじゃ済まない」
「わかったよ、兄貴……!」
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