第77話 その愛、本当に本物ですか?
「さあウェルシェ、僕達が本物の愛を見せてあげよう」
エーリックの手がウェルシェの肩に置かれた。
「な、何をなさいますの?」
「だから、雪薔薇の女王に真実の愛を示すんだよ」
「どうやって?」
「えーと、やっぱり、キス……かな?」
――ボンッ!
そに瞬間、ウェルシェの顔が煙を上げそうなほど真っ赤になった。
(無理無理無理無理無理そんなのムリィィィ!!)
ウェルシェ心の中で大絶叫!
そんなウェルシェの様子にエーリックが頬をぽりぽり掻いて照れ笑いを浮かべた。
「ちょっと恥ずかしいよね」
「エ、エーリック様は平気ですの?」
「これは氷漬けになった全ての人を救う為の必要なんだ」
フンスッと鼻息荒く力説するエーリック。
「みなさんの為?」
「そうだよ。これは王侯貴族である僕達の義務なんだ。決して
ありありである。
(これは救助活動、これは救助活動、ムフッ、ウェルシェとキス♪)
みんなを救うという大義名分にキスを阻むものは何も無い。エーリックはもはや世界の事などどうでもよくなっていた。
ただウェルシェとキスができる、その事だけがエーリックの頭の中の九割九分を締めている。
それも何の後ろめたさも無いときたもんだ。
(こんなに嬉しい事は無い!)
顔が緩みそうになるのを必死で抑え込み、エーリックは腰に腕を回してウェルシェを引き寄せた。
「僕も初めてだけど、みんなの為に頑張るよ」
「あ、あの、エーリック様、ちょっとお待ちになって」
「ウェルシェも初めてで恥ずかしいだろうけど我慢して」
実はウェルシェ、エーリックとキスした事がある。だが、あれはエーリックが気を失っていたし、周囲に誰もいなかった。
(こんな大勢の前でなんて!)
一般的な貴族令嬢のモラルを持っているウェルシェとしては衆人環視の中でキスなど羞恥プレイの極みである。
「ほ、本当に無理ですわ」
「僕とじゃ……嫌?」
しゅんと落ち込むエーリック。見えない耳と尻尾が垂れ下がっているみたいだ。その落ち込む姿にウェルシェの胸がつきんっと痛む。
「決して嫌ではありませんわ」
「ホント?!」
エーリックの顔がパッと綻ぶ。
「はい、エーリック様となら」
「それじゃあ、ン〜」
しっかりウェルシェの腰をホールドしたエーリックが顔を近づけ口を窄め突き出した。
「ううっ……はい……」
ウェルシェは観念して目を閉じた。
(本当に大丈夫かしら?)
しかし、ウェルシェの胸は不安でいっぱいだった。
(だって、私とエーリック様は……この恋は本物なの?)
確かに今は両想いである。だが、これが真実の愛だと断言できる自信はなかった。
ウェルシェには恋がわからぬ。ウェルシェは、腹黒令嬢である。ホラを吹き、他者の心を操って暮して来た。けれども恋愛に対しては、人一倍に鈍感であった。
そんなウェルシェだから自分の気持ちにだって自信がない。
(もし、これで失敗したら)
ウェルシェの抱いている気持ちは恋でも愛でもないと証明されてしまうのではないか?
そうなればエーリックはどう思うだろう?
エーリックから失望されてしまうのでは?
エーリックから嘘つきと
その恐怖からエーリックの唇が近づく気配を感じて、ウェルシェの体は震え出した。
「大丈夫だよウェルシェ、体から力を抜いて」
その震えを単に恥ずかしさからだと勘違いしたエーリックはウェルシェにそっと囁いた。的外れでもウェルシェにいつも優しいエーリックをウェルシェは大好きだ。
「エーリック様……」
目を閉じても瞼の裏にエーリックの天使のような微笑みが焼きついている。エーリックとの思い出がいっぱい焼きついているのだ。
(これで試練に失敗したら……私……エーリックから見放される?)
その全てを失ってしまうのが何よりも恐ろしい。
エーリックの唇がいよいよウェルシェの唇に重なろうとした。
「やっぱりダメェェェ!!」
その時、ウェルシェは耐えきれなくなってエーリックを突き飛ばした。
うわっと声を上げエーリックは尻餅をつき、ウェルシェが手にしていた雪薔薇の指輪がその横へ落ちてコロコロと転がる。
「ごめんなさいエーリック様、やっぱり私にはできません」
「そんなぁ」
拒絶されショックを受けたエーリックを見てウェルシェはふるふる首を振った。その拍子に翠緑の瞳から涙が溢れ出す。
「ごめん、ウェルシェがそんなに嫌がるなんて思わなくって」
「違うんです。違うんですエーリック様……これは……」
涙が次から次に湧いてボロボロと翠緑の瞳から零れ落ちる。
「決して…嫌じゃ……ごめん…なさ……私の……真実の愛……違って……」
このままではいけないと弁明しようとするが、ウェルシェはヒックヒックとしゃくり上げ言葉が上手く出てこない。
「そうだウェルシェの言う事が正しい」
そこへ黒髪の貴公子が近づき、エーリックの横に落ちた雪薔薇の指輪を拾った。
「
「トレヴィル?」
「キスだって?……そんなの真実の愛じゃない」
トレヴィルは指輪をぐっと握り締めた。
「それをウェルシェが教えてくれた」
「はい?」
しゃくり上げていたウェルシェも意味が分からず目をパチクリさせた。いったい自分が何をやったと言うのか?
「エーリック、ウェルシェがキスを拒んだのは、それでは真実の愛を示せないと伝えたかったからだ」
「そ、そうだったのか!」
衝撃の真実!
「い、いえ、私はそんなつもりは……」
「剣魔祭でウェルシェが築き上げた真の友情が俺にそれを教えてくれた」
ウェルシェは否定しようとしたが、トレヴィルは止まらない。
「頼まずとも友のピンチに何の見返りも求めず駆けつけ、どんな危険も顧みず手を差し伸べる……その結びつきこそ真の友情」
「な、なるほど?」
トレヴィルが一人暴走を始める。良く分からないが、ウェルシェはとりあえず相槌を打った。
「ならば、真実の愛も同じ事!」
トレヴィルはネーヴェへ向かって歩き出す。
「く、来るなトリスタン!」
その動きにネーヴェの目が大きく見開かれた。鉛色の瞳の光が不安の光で揺らいでいる。
「俺はトレヴィルだ」
「寄るでないと言うのが分からぬか」
「何があろうと俺は君の傍へ行く」
「ダメじゃトリスタン、寄るな、来るな、帰れ!」
「本当はもう分かっているんだろ」
ネーヴェは叫び拒絶するが、トレヴィルは静かに歩み寄った。
「俺がトリスタンじゃないって」
「おぬしは……馬鹿じゃ……」
「もう一度、俺にチャンスをくれ」
無表情だったネーヴェの目から喜び、不安、戸惑い、恐れ、様々な感情の篭った雫がはらはらと流れる。
「トレヴィル……どうして戻ってきたのじゃ……」
トレヴィルは雪薔薇の指輪をネーヴェの目の前に差し出した。
「ネーヴェ、今こそ君に真実の愛を捧げる為に」
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