第76話 その二人、本当に真実の愛があるんですか?

地獄の劫火インフェルノ!」


 開戦の狼煙が上がる。


 残存魔力を使って撃ち込んだイーリヤの特大火柱が大量の雪だるま達を蒸発させた。ネーヴェまでの道のりが手薄になる。


(さすがイーリヤね)


 オーウェンの側近三人組の囮部隊も遠くで戦闘を開始したが、こちらは全く戦局に影響を与えていない。


(まあ、こっちも予想通り……なんだけど、仮にもオーウェン殿下の側近なんだから、もちょい頑張ってくれないものかしら?)


 奴らは我らの中でも最弱、雪だるま如きに遅れを取る側近の面汚しよ……


「それではお嬢様、行って参ります」

「うん、よろしくね」


 そして、真打ちカミラが一礼して戦場へ赴くのをウェルシェは見送った。


 はっきり言って彼女に関しては何の心配もしていない。寡兵で万の軍勢に突っ込んでも、カミラは平然とした顔で帰還してくるだろう。安心して任せられる。


「うんうん、さすが私のカミラさん」


 果たしてカミラは雑兵を狩るが如く雪だるま達をボコボコにし始め、ウェルシェは満足そうに頷いた。


 それからウェルシェは振り返ってにっこり笑う。


「それではオーウェン殿下、アイリス様、参りましょうか」

「ホントにちゃんと守ってくれるんでしょうね」


 雪だるまがうじゃうじゃとうごめいている校庭を見て、アイリスは不安になったようだ。


「もちろんでございます。この身に代えてもお守り致しますわ」


 めんどくせーなコイツ、と内心そう思ったが、ウェルシェは笑顔を1ミリたりとも崩さない。もちろんアイリスを安心させて上げる為である。決してホントはちょっとヤバいかもしれないのを誤魔化そうとしているのではない。


「ホントにホントのホントなんでしょうね」

「本当に本当の本当でございますわ」

「途中で見捨てたりしたら許さないんだからね」

「まさかまさか」

「あんたの笑顔って胡散臭いのよ」


 本当に戦場のど真ん中に置き去りにしてやろうかと、笑顔のまま額に怒マークを浮かべたウェルシェは半ば本気で思った。


「もたもたしているとカミラがせっかく切り開いてくれた道が氷雪の衛兵スノーガードでまた埋め尽くされてしまいますわよ」

「分かったわよ」


 ぶつぶつ文句を垂れ流していたアイリスはオーウェンの傍へよると急に笑顔を作った。


「さあオーウェン様、行きましょう」

「恐くはないかアイリス?」

「恐くないと言えば嘘になります。でも、私がやらなければ、みんなを救えないから」

「君はなんて健気けなげなんだ」

「それに、オーウェン様が側にいるから大丈夫です」

「ああ、アイリスは俺がきっと守る!」

「はい、一緒に頑張りましょう」


 胸の前でむんっと両拳を作って可愛こぶるアイリスに鼻の下を伸ばすオーウェン。その様子を見せられ、ウェルシェ達はチベスナ顔だ。


「さあ、お前達しっかりアイリスを護衛するんだぞ」

「……エーリック様、トレヴィル殿下、よろしくお願い致しますわ」


 自分で守るって言うたやん、とツッコミたくなったが、賢明にもみな口を噤んで自らの役目をまっとうする事にした。


 オーウェンとアイリスが手を繋いで進む。その左をエーリックが、右をトレヴィルが固め、後ろからウェルシェが続き状況に合わせて魔術で援護する布陣だ。


 カミラが雪だるま達を一掃してくれた道を走る一向。左右から押し寄せる雪だるま達をエーリックとトレヴィルが斬り捨てていく。


(うーん、やっぱ少し厳しいかも)


 だが、いかんせん数が多すぎる。


「くッ、囲まれたか」


 次第に左右からの圧力に押され、後方からも追われ、気がつけば前後左右に雪だるま達が十重二十重。


「ちょっと、どうすんのよ!」

「ご安心ください。問題ございませんわ」

「問題ありありにしか見えないんですけど!?」

「いえいえ、本当に大丈夫でございま…すん」

「どっちよ!」


 アイリスとの茶番中にもウェルシェの頭は高速回転していた。


 さて、どうしたものか。


 カミラは前方で一人奮戦中。イーリヤは魔力が底を尽き後方へ避難。クライン、コニール、サイモン?


 あれらは最初から戦力に数えていない。


 それでもまだウェルシェとエーリックだけなら戦線離脱もまだ可能だ。トレヴィルも一人なら脱出できると思う。問題はアイリスとオーウェンである。この二人はダメだ。かと言って手助けする余裕はウェルシェにはない。


(うーん、詰んでるわね)


 これは本格的にアイリスを見捨てる算段を立てようかと割と本気で思った時、周囲の雪だるま達がいきなり爆散した。


「な、なに?」


 突然の出来事にウェルシェは理解が追いつかない。だが、その間にも雪だるま達は次々に破壊されていく。


「いったい何が起きているの?」


 ウェルシェの近くでまた一体が吹き飛び、そこから黒い球体がコロコロと転がってきた。それをウェルシェは拾い上げた。


「これは……魔丸?」


 その黒い球体は魔丸投擲バルクホーガンで使用される魔丸であった。ウェルシェはハッと気がつき後ろを振り返る。そこには土手の上から幾人もの女生徒が魔丸を投擲している姿があった。


「あなた達!?」


 それは剣武魔闘祭で一人の化け物を打倒する為に共に特訓で血と汗と涙を流した選手とも達だった。


 ――バシッ、バシッ!


 更に今度は魔弾が飛んで来て雪だるまに炸裂する。雪だるまが倒れ背後から現れたのは魔杖タクトを持った女生徒。


「私もいるわよ」

「ヨランダ様!?」


 それは魔弾の射手クイックショットで見事イーリヤを破って優勝したヨランダ・ヨークシャーだった。


「どうして皆様が?」

「水臭いわよ。私達は同じ敵を倒す為、切磋琢磨した仲じゃない」


 ああ、素晴らしきかなスポーツを通して結ばれた強き絆。 化け物には勝てなかったが、あの戦いは無駄ではなかった。彼女達の熱き友情にウェルシェは感無量で涙がでそうだ。


「そうですわ。試合が終わっても私の友情は終わりではありませんわ」

「ええ、もちろんよ」


 ウェルシェとヨランダが手に手を取って友情を確かめ合う。たいがい利己的な感が否めないが。


「さあ、ここは任せてウェルシェさん達は行って」

「ですが、あなた達だけでは」

「大丈夫、化け物に比べればこんな雪だるまなんて楽勝よ」

「そうですわね、あの化け物と比べれば有象無象に過ぎませんわね」


 ちなみに、その化け物イーリヤは後方で休憩中である。


 とにかく、これで戦力は揃った。ヨランダの魔弾が雪だるまを狙い撃ち、投擲部隊の魔丸が空から降り注ぎウェルシェ達を支援する。お陰でウェルシェ達は再びネーヴェの元へと駆けつける事に成功した。


「オーウェン殿下、アイリス様、出番ですわ」

「ふっ、任せろ」


 オーウェンとアイリスがネーヴェの前へと出る。


「さあアイリス、俺達の真実の愛を見せてやろう」

「はい、オーウェン様」

「見ろ雪薔薇の女王、これが真実の愛だ!」


 オーウェンがアイリスの腰に手を回して引き寄せる。そして、そのままアイリスに覆い被さり――ブチュッ!


 オーウェンが力強くアイリスを抱き締め、オーウェンに強く吸われンッンッとアイリスが小さく喘いだ。実に数十秒かけた濃厚なキスシーンである。


「「どうだ!」」


 そして、やっと終わったかと思ったらドヤ顔の二人。が、次の瞬間ネーヴェからお怒りの冷気攻撃を受けて吹き飛ばされた。


「どーせ、こんな事だろーと思ってたわよ!」


 自信満々だったくせに全く使えないヤツらだ。


 非難されたアイリスがムクッと起き上がると雪薔薇の指輪フローゼンエンゲージをウェルシェに投げつけた。


「だったらあんたがエーリックとやってみなさいよ!」

「えっ!?」


 ウェルシェは雪薔薇の指輪を受け取って硬直した。そして、エーリックの方へギギギッと首を巡らせた。エーリックもちょうど顔を向けてきて、ばっちりと碧い瞳と翠の瞳がぶつかる。


 もともとエーリックはウェルシェに一目惚れ。ウェルシェも昨年のケヴィンの事件でエーリックへの想いを自覚した。今や二人は正真正銘両想いである。


 ウェルシェは手にした指輪に視線を落とした。


(これで私とエーリック様の真実の愛を量るの?)


 そこに愛はあるんか?と問われれば当然ウェルシェの答えは――


(そんなの絶対ムリィィィ!!!)


 ――だった。

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