第65話 その眼鏡、本当に狙ってたんですか?

「安心しろアイリス」

「クライン!?」


 その筋肉ダルマは騎士を目指す男クライン・キーノンだった。クラインは二カッと笑うと親指で自分を指した。


「次は俺が行く」

「だけど……」


 果たしてコニールでさえ手も足も出なかった雪薔薇の女王にクライン如きで太刀打ちできるのだろうか?


 コニール、サイモン、オーウェン、そしてクラインを含む最強カードイケメンフォーを駆使してアイリスは店を繁盛させてきた。それだけにクラインの実力は誰よりも承知している。


(クラインは執事四天王の中でも最弱)


 はっきり言って彼の売上はコニールに遠く及ばない。


 だが、キラッと歯を光らせクラインは自信満々のサイドチェスト。盛り上がった上腕三頭筋の主張が激しい。


「任せろ、筋肉は裏切らない!」


 広く逞しい広背筋、硬く隆起する上腕二頭筋、太くスラックスがはち切れそうな大腿四頭筋、他にも僧帽筋、三角筋、上腕三頭筋、下腿三頭筋大臀筋……全てが見事に鍛えられている。


「分かったわ」

「ああ、行ってくるぜ」


 筋肉は好みが分かれるところだが、筋肉好きならクラインのボディは堪らないはずだ。


「おう、待たせたな注文の羊ラテだ」


 テーブルに残ったネーヴェとキャロルの前にクラインがカップを置く。捲った袖から覗く太い前腕の筋肉にネーヴェも目を見張った。


「ほう、これは見事じゃ」

「お触りオッケーだぜ」


 白い歯をキラッと無駄に光らせクラインがサムズアップ。


「ほうほう、硬くて逞しいのぉ」


 ネーヴェは遠慮なくペタペタと腕に触れたりニギニギと揉んだりと筋肉を堪能する。


「良く鍛えられておるのじゃ」

「騎士を目指しているからな」

「キャロルも触ってみぬか?」

「私は遠慮しとくわ」

「ふん、筋肉の素晴らしさが理解できん嘆かわしい女だ。


 脳筋クラインに馬鹿にされキャロルはカチンときた。


「どんなにご立派な筋肉でも弱くちゃ意味ないじゃない」

「なっ、俺は弱くない!」

「剣魔祭三年連続予選落ちのくせに」


 うぐっ、と痛いところ疲れてクラインが口ごもる。


「これこれキャロル、そんな風に男を貶めるものではない。良い女が台無しじゃ」


 二人の様子を見かねたネーヴェがキャロルの頭を撫でながら諌めた。


「そなたも試合に負けたくらいでくよくよするでない」

「い、いや、俺は決して負けてなど……」

「ふむ、何やら事情があるようじゃな」

「あれは他のヤツらが卑怯な手ばかり使うから……」


 クラインは不満をぶち撒けた。完全に益体も無い独りよがりの愚痴だったが、ネーヴェはふむふむと頷きながら耳を傾ける。そんな大人なネーヴェにクラインの口が軽くなり、次々に負けた言い訳が飛び出す。


「これが大人の女の余裕ってものなの……」


 隣で聞いてるだけで頭が痛くなりそうなクラインの言い分を、真っ正面から平然と受け止めるネーヴェにキャロルは格が違うと戦慄を覚えた。


「ふむ、おぬしの話は良く分かったのじゃ」

「分かってくれたか!」


 クラインの顔がパッと明るくなった。


「うむ、おぬしはとても真っ直ぐで気っ風の良い男じゃ」

「本当にそう思うか?」

「妾はそなたのような男子おのこは嫌いではないぞ」

「いやぁ〜」


 ネーヴェのような絶世の美女に嫌いではないと言われ、クラインは頭を掻きながらデレデレと鼻の下を伸ばした。


「だが、騎士を目指すならばそのままではいかんのじゃ」

「えっ!?」

「おぬしは目的を見失っておる。騎士の本懐とは何じゃ?」

「そ、それは……いついかなる時も主君に従い、主君を守ることだ」

「そうじゃ。ならば力とは、強さとは全てその為の手段でしかないのじゃ」


 ネーヴェの力ある言葉に引き込まれ、クラインはいつの間にか正座して傾聴していた、


「真っ直ぐであるのは美徳じゃ。おぬしは良い男っぷりよ。努力しておるのも筋肉を見れば分かる。しかしの、その力は信念ではなく主君を守る為のものじゃ」


 クラインは目から鱗が落ちたかのようにハッとネーヴェを見た。


「信念に殉じては後背の主君を危険に晒してしまうのじゃ」

「俺が間違っていました」


 ガバッとひれ伏すクラインの背にネーヴェが優しく触れる。頭を上げたクラインの顔と目が気持ち悪いくらいキラキラ輝いている。


「うむうむ、素直な男の子は好きじゃ」

「あなた様に剣を捧げさせてください」

「そなたには別に捧げる相手がおるじゃろ。それより騎士たるもの女子おなごを悲しませる真似はするでない。キャロルによく謝っておくのじゃ」

「はい!」

「私は別にもうどうでも良いんですけどぉ!?」


 既にクラインに見切りをつけた元婚約者を連れてクラインが退場して行く。


「ホイホイ他人に剣を捧げて! あいつの剣はアルミ製並みに軽いんか!」


 影から隠れて一部始終を見守っていたアイリスがキレ散らかす。その背後の男が眼鏡をクイッと持ち上げた。


「安心してください。全ては計算通りです」

「サイモン!」


 サイモンの眼鏡が白く光り、彼の瞳を隠す。まるで深慮遠謀さえも隠しているよう。


「彼女を攻略するには両脇の邪魔者を排除する必要がありました」

「ま、まさかコニールたんとクライン君を囮にしたの!?」

「ふっ、彼らの犠牲は決して無駄ではありませんよ」


 目的の為なら仲間の犠牲さえ厭わない。


 サイモン……おそろしい子!!


「それでは行って参りますマイレディ」


 サイモンはアイリスにうやうやしく一礼すると一人きりになったネーヴェの元へと向かう。なんとも敵に回せば恐ろしいが味方にすればとても頼もしい。


「このラテアートの羊さんとっても可愛いですわ」

「うん、そうだね……でも、ウェルシェの方がもっと可愛いよ」

「やだもう、エーリック様ったらお世辞ばっかり」


 ちなみに、もう一人の邪魔者ウェルシェはとっくにエーリックと別世界の住人になっておりましたとさ。

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