第12章 そのイベント、本当に攻略できるんですか?

第64話 その執事喫茶、本当に学園でやって大丈夫ですか?

「何なの、何なの、何なのよぉ!」


 厨房の影から覗きながらアイリスが叫んだ。


「くッ、予定通り雪薔薇の女王はやって来たのに……」


 女王の貫禄を周囲に撒き散らしながらソファに座る雪薔薇の女王。それはアイリスが前世で何度も見たスチル絵と同じ。


 イベント『雪薔薇の女王』では雪薔薇の女王が模擬店にやって来る事で攻略が始まる。催しの種類は色々選択できるのだが、アイリスは趣味と実益をかねた執事喫茶を選んだ。


 だから、ここまではアイリスの予定通りだった。後は攻略対象のホストテクニックで雪薔薇の女王を陥落できれば、次の戦闘パートで有利になるはずなのである。


「どうしてアイツらまで一緒に来てるのよぉ!」


 だが、予定外にも悪役令嬢イーリヤとウェルシェまでもが店にやって来たのだ。


「エーリック様、お口を開けて、はい、あ〜ん」

「パク……ングング……」

「美味しいですか?」

「うん……それじゃ今度はウェルシェも、ハイ、あ〜ん」


 しかも、ウェルシェはちゃっかりエーリックを指名して二人の世界でイチャコラしていた。もう喫茶店の範疇を越えてやがる。良いのかこれで?


「今回ばかりは客として来ているから追い出すわけにもいかないし……」


 だが、雪薔薇の女王を連れてきたのはイーリヤ達だ。


「アイツら知っててやってんじゃないでしょうね」


 イーリヤはイベント『雪薔薇の女王』を知らないと言っていたが、この現状を見るに嘘であった可能性が高いとアイリスは疑念を抱いた。


「もしかしてイベントの邪魔をするつもりかしら?……いいえ、イベントを知ってるなら、この段階での邪魔は悪手だって事も分かるはずよね?」


 何せイベント失敗は即バッドエンドを意味する。王都は氷に閉ざされ自分達も無事では済まない。自殺願望でもない限り、邪魔をするなら修学旅行の時しかなかったのだ。


「とにかく今は雪薔薇の女王攻略に集中よ!」


 何にせよ今さら後には退けない。アイリスは第一の刺客を雪薔薇の女王のテーブルへ送りつけた。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


 それは白髪赤瞳アルビノの小柄な美少年。雪薔薇の女王のテーブルに近づき彼がニッコリ笑えば、周囲の女性客からため息が漏れ聞こえてきた。


 コニール・ニルゲ――まさに天使の微笑み。


「ふっふっふっ、コニールたんは少女と見紛うほどの中性的な美しさで、数々のお姉様方を魅了してきた執事喫茶『プリンス』きっての年上キラーよ」


 これならどうよと、覗き見ながらアイリスが胸を張る。これまで幾人もの夫人マダム達を虜にして売り上げに貢献してきたのだ。見たところ雪薔薇の女王も年上のお姉様のようだし、これならイケるとアイリスは自信たっぷりだ。


「ふむ、妾はお嬢様と呼ばれるほど若くはないのじゃが……」

「そんな、僕らとあまり変わらないではありませんか」


 さすがコニールたん、実年齢より若く見られて嬉しくない女性はいない。アイリスは勝ったとほくそ笑む。


「それは言い過ぎじゃ。いくらなんでも妾が十代前半ローティーンには見えんじゃろう」

「は?」


 天使の笑顔が引き攣った。だが、ネーヴェはそんなコニールの様子にも気づかず微笑ましそうな顔をする。


「その幼さで立派に働いておるとは坊は偉いのお」

「僕は十六歳です!」

「ぷっクックッ、あははは……」

「笑わないでください姉上!」


 コニールは激怒した。

 イーリヤは爆笑した。

 そして、メーヴェはキョトンとした。


 やがて二人のやり取りにネーヴェもやって事態が掴めて眉尻を下げた。


「そうか、それは済まない事をしたのじゃ」

「どうせ僕は背が低いし、女の子と間違われるし……」


 ネーヴェは素直に謝罪したが時既に遅く、天使のコニールは地雷を踏まれて堕天してしまい顔に濃い陰を落とした。


「おぬしはどうして背や容姿を気にしておるのじゃ?」

「だって、こんなナリじゃあ男らしくないし……」

「なるほど……確かに男らしくないのお」

「やっぱり背が低いから……」

「勘違いするでない。おぬしが男らしくないのは背が小さいからではなく気宇が小さいからじゃ」

「気宇?」

「立派な益荒男ますらおは背の高低など歯牙にもかけぬ。己の欠点を粗探しして自らを貶めぬ」


 シャキッとせいとネーヴェがうつむき加減のコニールの背中を叩く。


「背が低かろうが胸を張れ、顎を上げよ、綺麗な顔は卑下せず誇れ、さすれば自然と顔つきが引き締まるものじゃ」

「胸を張って顎を上げる……」


 コニールは言われるまま胸を張って顔を上げた。


「ほれ、良き面構えになったのじゃ」

「ほ、ほんと?」

「うむ、先ほどまでよりずっと男らしくなったのじゃ」


 不思議とネーヴェの言葉はコニールの心に抵抗無く入り込んで行った。コニールは立ち上がるとネーヴェに向かって腰を九十度に折った。


「ありがとうございます!」

「妾は何もしておらぬ。おぬしは始めから中々の男っぷりだったのじゃ」

「カ、カッコいい……」


 かんらかんらと笑うネーヴェのなんという気っ風の良さにコニール撃沈。


「これからお姉様と呼ばせてください!」

「こら! あなたのお姉ちゃまは私でしょ」


 シスコンの気があるコニールがネーヴェを姉認定しそうになるのをイーリヤが横から入って止めた。


「アッ、イタイッ、あ、姉上、耳を引っ張らないで!」

「お・ね・え・ちゃ・ま、でしょ!」

「ごめんなさい、お姉ちゃま! イタイッ!」

「こっちに来なさい」

「いやぁぁぁぁぁ!!!」


 そんままイーリヤに引っ立てられコニールが退場していく。その様子を厨房の影から盗み見ていたアイリスが地団駄を踏んだ。


「コニールたん、あんたが堕とされてどうすんのよぉ!」


 なんてこった。攻略対象が言葉一つであっさり攻略されてしまった。恐るべき最強のイベントボスである。


まずいわ……まさか雪薔薇の女王がここまで強敵だったなんて」


 最悪の展開にアイリスは焦る。

 その背中に大きな影がさした。


「えっ!?」


 びっくりして振り返ったアイリスの春空色の瞳スカイブルーに映ったのはいわおの如き筋肉の塊。


「安心しろアイリス」


 その巨漢の歯がキラリと光った。

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