第11章 その文化祭、まだまだ盛況ですか?
閑話レーキ&ジョウジ① ブラック商社『ウェルシェ』の従業員
――マルトニア王立中央図書館
様々な分野の書物が蒐集・保管され、ここで見つからない本はこの世に存在しないものだけと言わしめるまさに知識の泉。古今東西の魔術書、学術書に始まり小説・詩集などなど、果ては児童向けの絵本まで納められている。
それだけに蔵書の量がハンパではなく、汗牛充棟という言葉を彷彿とさせる図書館だ。中に入れば一階だけではなく地下に二階に三階に所狭しと本が配置されており、目的の書物を見つけるのも一苦労である。
当然、マルトニア王国における著名な学会誌も蒐集の対象であり、その一画に配置されている机でマルトニア学園の制服を着た眼鏡の少年が書物に埋もれていた。
同じく制服を着た蜂蜜色の髪の少年がやって来て、その書物の山を見咎め眉根が寄った。
「レーキ、やっぱりここにいたのか」
「なんだジョウジか」
学会誌から顔を上げた眼鏡の少年は相手を確認するとすぐに目を雑誌に戻した。
「なんだじゃない。ここのところずっと図書館に入り浸りじゃないか」
「仕方がないだろ。急ぎ調べるよう仰せつかったのだから」
ジョウジは心配するが、今度は顔も上げずレーキは答えた。
文化祭の最中に雪薔薇の女王絡みで何かが起きる可能性があるとウェルシェから知らされ、レーキは一昨日から不眠不休で調査していた。
「既に文化祭も二日目だ。もし、情報が正しければ今日明日中に事件が起きる」
「そうは言っても根を詰めすぎだ」
「だが、急がねばあの方の信を裏切る事になる」
「あの方も僕らに倒れるまで調べろとは言っていないだろう?」
レーキは優秀だがどうにも真面目すぎる。ジョウジはそんな親友を頼もしいと思うと同時に危うんだ。
「しかし……」
「レーキ、お前は自分で何もかも抱えすぎだ」
なまじ何でも卒なく
「重要なのはあの方が欲している情報を見つける事。その手段は問わないだろ?」
「それはそうだが……」
レーキは少し納得いかないといったていだ。自分の能力に自信があるだけに、レーキは承認欲求も意外と高いらしい。だが、独力での解決に固執して目的を達成できない方が、むしろ彼らの主人は失望するだろう。
「別に僕らは学者になれと言われたわけじゃないだろ」
「もちろん俺も最初は研究者を当たったさ」
ルインズの遺跡を研究している考古学者をレーキは片っ端から訪ねた。しかし、大した情報は無く、更に童話『雪薔薇の女王』とルインズ遺跡の第一人者が自分達の学園の教師アキ・オーロジーと判明しても彼女はルインズ遺跡の調査で不在だった。
「そうこうしている内に先生は行方不明になってしまった」
「遺跡を調査中に今回の事件だからな」
「他の学者は雪薔薇の女王はただの創作としか考えていないから話を聞いても意味がない」
ルインズの異常気象はまさに童話『雪薔薇の女王』の再現である。だが、未だに学会はアキ・オーロジーの学説を異端として認めず、どうにも動きが鈍い。
「だからこうしてオーロジー先生の論文を漁っていたんだ」
レーキは自分が積み上げた膨大な学会誌や書籍の山をちらりと見た。
「だが、思ったように知りたい情報がなくてな」
一つの論文を精査するにも付随する参考文献が大量にある。いくら優秀なレーキでも専門家ではないので解読に四苦八苦していた。
「レーキ、僕は思うんだけどオーロジー先生の論文を調べても意味は無いんじゃないかな」
「どうしてだ?」
「オーロジー先生は童話が史実であると立証しようとしていたんだろ?」
「そうだ、だから童話について詳しく調べているだろうと考えて俺は論文を読んでいるんだ」
「だけど先生が必要としていたのは童話が史実であるという事実であって、童話そのものがどんな内容かじゃない。先生の論文は自分にとって必要な部分を抜粋しているのだから論文を漁っても僕らが欲している情報は得られない可能性が高いだろ」
「あっ!?」
ここにきてレーキは自分のミスに気がついた。論文はウェルシェが求めている情報と角度が違うのだ。
「ああ、そうなってくるとオーロジー先生が行方不明なのが痛い」
だから詳しい内容を知るにはアキ本人に尋ねる他ないのだが、その人物はルインズと共に雪に閉じ込められている。
「これは手詰まりだ」
「そうでもないさ」
絶望感に天を仰いだレーキに手を差し伸べたのは地にいる親友だった。
「何か分かったのか!?」
「レーキはもっと人を使う術を心得た方が良い」
驚くレーキにジョウジは手にしていた一冊の本を差し出した。
「三人よれば何とやらさ。レーキが論文と格闘している間に僕らは他の角度から調べていたんだ」
ジョウジは仲間達と相談し、有益な情報を見つけ出していた。
「これは……童話『雪薔薇の女王』?」
「それの原典に一番近いものさ」
物語は時代と共に形が変わっていく。『雪薔薇の女王』のように数百年も前の童話となれば原型がだいぶん改変されていてもおかしくない。
「だから、マルトニア建国初期に出版されたものを見つけてきた」
「しかも、ロゼンヴァイスの言語で執筆されたものか!」
「マルトニア建国時にはまだロゼンヴァイスの民も多くいたからね」
ロゼンヴァイスの民なら雪薔薇の女王についてより詳しく知っていてもおかしくない。
「これは完全に盲点だった」
「ただ問題なのは解読できる者がいなくてね」
「それは任せろ。伊達にずっと論文と格闘していたわけじゃない」
参考文献にはロゼンヴァイス語が使われていたものも多く、それらを解読してきたレーキにとって童話くらいは難なく読める。
「お互い無駄な時間ではなかったって事だね」
「いや、このままだったら俺の調査は全て徒労に終わるところだった」
屈託なく笑う親友にレーキは頭を掻いて反省した。
「無駄にならなかったのはジョウジのお陰だ」
「礼ならまだ早いぞ」
「そうだな。まずはこの童話を読んで必要な情報があるか調べないと」
「今度は一人で抱え込むなよ」
「ああ、分かっている」
本に目を落とした顔を上げてレーキは笑った。そこに先程までの切羽詰まった様相は見当たらない。
「解読は俺の役目。だが、内容はみんなで話し合おう」
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