第58話 その文化祭デート、まだ諦めてなかったんですか?

 ――マルトニア学園文化祭二日目


「くっ、まさか非常識を絵で描いたようなアイリス様に常識を問われるなんて!」


 なんたる屈辱ッ!!!


「まあ、完っ璧にお嬢様が悪かったですからねぇ」


 昨日、エーリックに約束をすっぽかされウェルシェは模擬店に凸った。そこでウェルシェが目撃したのはエーリックの浮気(とウェルシェが思い込んでいる)現場。


(だってだって、エーリック様が若い子にデレデレしてたんだもん!)


 ウェルシェの言い分は完全な焼きもちからの勘違い。大暴走したウェルシェはもはやクレーマーと変わらなかった。お陰でキレたウェルシェの迫力に逃げ出す客も続出。この営業妨害に今度はアイリスがキレたのだ。


「もう諦めてお嬢様はお祭りを楽しまれたらいかがですか?」

「嫌よ、ひとり寂しくなんて」

「私がお傍に控えているのですが?」

「エーリック様が一緒じゃなきゃイヤッ!」

「そうは申されましても、昨日お店から叩き出されたばかりではありませんか」

「だけど文化祭デートするってエーリック様と約束したもん」

「ですが、今度ばかりはアイリス様の言い分が正しいかと思われますが?」


 むぅっと唸ってウェルシェはプクッと頬を膨らませた。あまりの魅力にあらがえずカミラがうりゃうりゃと指で突っつく。


「男の仕事を黙って見守るのも女の甲斐性ではありませんか?」


 自分の頬をツンツンするカミラの手をウェルシェがペシッと叩き落とした。


「そうだけどぉ、やっぱりエーリック様をあそこに放置するのは危険だと思うの」

「危険で……ございますか?」

「一昨日ね、エーリック様から伺ったのだけど……」


 使用人の恰好をする執事喫茶を容認したり、身分ヒエラルキー最下層の男爵令嬢であるアイリスが命令しているのに従っていたりと教室の雰囲気がどうにも異常である。


「それに例の雪薔薇の女王がどうも模擬店に現れるらしいとアイリス様が漏らしていたらしいのよ」

「その話はどうにも眉唾くさいですが」

「確かに雪薔薇の女王に関してはまだ何とも言えないけど、クラスの状況やオーウェン殿下を篭絡しているのは事実よ」

「つまりお嬢様はエーリック殿下も同じように彼女に篭絡されかねないと仰られるのですか?」

「ええ、トレヴィル殿下の件もあったでしょ」


 トレヴィルが女生徒に暗示をかけて手篭めにしていたのは記憶に新しい。しかも、それを奇声一発で解除してしまったのはアイリスだ。


「彼女もトレヴィル殿下同様、何か術を用いて周囲の者を篭絡していると?」

「そこまでは考えていないわ」


 もしアイリスに他者を思い通りにできる力があるのなら、もっと上手い立ち回りをしていただろう。だいたい、その力を使ってトレヴィルからウェルシェを救ってはアイリスの目的が達成できないではないか。


「アイリス様本人が意識せずに他者を魅了してしまっているのではないかしら?」

「もしかして、お嬢様は乙女ゲームなるものの存在を警戒なさっておいでなのですか?」

「私も全てを信じているわけではないけれど、イーリヤからも同じ話を聞かされたしね」


 アイリスだけならまだしも、イーリヤからともなると話の信用度がぐっと上がる。決して無視はできない。


「だから、一刻も早く魔の巣窟からエーリック様を救出しないといけないわ」

「うーん、まあ気をつけるに越した事はありませんか」


 なんとなくウェルシェの説明に引っ掛かりを覚えながらも一応筋は通っているのでカミラは納得した。アイリスにそんな能力があったなら確かにエーリックのピンチだ。あのぽやっとした王子様なら魅了なんて力の前には陥落必死である。


 もっとも、本当は文化祭デートの為にエーリックを連れ出す口実をこじつけただけなのだが。だって、エーリックとアイリスは同じクラスである。授業でもずっと一緒なのだから、文化祭だけ連れ出しても意味はない。


「ですが、このまま押しかけても昨日と同じように叩き出されるのは目に見えております」


 だけどカミラは知っている。イタズラ好きのご主人様は常に前準備に余念がない事を。だから今回も何か策を弄しているだろうと。


「何を仕掛けるやらかすおつもりで?」


 果たしてカミラの予測通り、自信ありげにウェルシェはほくそ笑んだ。


「ふふふ、それはね……あれよ」


 ウェルシェが指差したのは闘技場の入口に掲げられた看板。


「あれは!?」


 その看板を目にしてカミラはギョッとした。


「まさかお嬢様はあの方にお会いになられるのですか!?」

「ムフッ、以前の借りを返していただきましょう」


 このところ乙女になっていたウェルシェが久々に腹黒い笑いを浮かべた。


「あんな事があったのに軽率ではありませんか?」

「大丈夫、大丈夫。その為にカミラがいるんだから」

「……私を恫喝の材料にしないでください」


 ケタケタ笑いながら闘技場の中へ入って行くウェルシェの背後に従いながらカミラはため息を吐いた。


 二人が通った入口の上に掲げられた看板の文字。


 それは――『魔流斗贋亜刎刈祭マルトニアぶんかさい名物殺死腕コロシアム

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