第42話 その王子、やっぱり大きいのが好きなんですか?
「この試合で俺が勝ったら君はウェルシェとの婚約を解消してもらう。逆に君が勝てば俺はウェルシェを諦めよう」
「あなたバカですか?」
ウェルシェはエーリックの婚約者である。もともとトレヴィルの入り込む余地はないのだ。負けたから諦めるなど賭けの対象とはならない。
「そんなの初めから賭けとして成立してないでしょ」
「もちろん君にもきちんと報酬は用意してある」
「報酬?」
「ああ、この賭けに応じてくれたら、勝敗に関わらず俺の妹トルテを君にやろうじゃないか。俺が勝てばトルテを嫁に、負ければ側妃としてくれればいい」
「その賭けにいったい何の意味があるって言うんです」
トレヴィルは自信たっぷりだったが、エーリックからすればウェルシェを超える報酬などありはしない。全く食指の動かない提案にエーリックは面白くなさそうだ。
「意味はあるだろ?」
すぐに乗ってくると思っていたトレヴィルは、意外なエーリックの反抗に少し苛立ちを覚えた。
「勝っても負けても君は我が国が誇る美姫を得られるんだぞ。そして、俺は勝てばウェルシェを得られる。どちらにとっても損はないだろ?」
「それのどこに損がないと?」
煮え切らないエーリックの反応にトレヴィルは愚鈍なヤツと舌打ちした。彼にとって、これは誰がどう考えても乗ってくる賭け……のはずだった。
「なあ、良く考えてもみろよ。トリナとマルトニアの王族同士の婚姻にもなるんだ。国家間の結束にも繋がる良い事づくめの賭けだろ?」
「ウェルシェとの婚約と国の利益とどちらを取るかなんて決まってる!」
エーリックはウェルシェの為なら一瞬の迷いもなく王族の権利だって捨てられるのだ。国の利益など知った事ではない。
「身内贔屓と言われるかもしれないが、我が妹はホントに美人だぞ?」
「関係ないですね」
エーリックフィルターにはウェルシェ以外の美人など映らないのだ。
「しかも、君の大好きな巨乳だ!」
「なにッ!?」
途端に食いついたエーリックにトレヴィルはほくそ笑んだ。
「トルテは気立ても良いぞ。しかも、この国にはいない褐色の巨乳美少女……知っているよ。君が巨乳好きだってことは」
「な、なにを言っているのかなぁ、ぼ、僕は別に女の子の胸の大きさなんて……」
エーリックのきょどり具合にトレヴィルは勝利を確信した。
「ふふふ、ウェルシェもなかなか胸の大きな子だよねぇ」
「き、貴様ッ! どうしてウェルシェの
その事実はエーリック以外知らないトップシークレットだったはず。
「あれはいいものだ」
「なにッ!?」
巨乳の
「だが、はっきり言ってトルテはそれ以上の
「なッ、ウェルシェ以上だって!?」
エーリック絶句!
彼はウェルシェ以上の
だが、ここぞとばかりにトレヴィルが畳み掛けてきた。
「君がウェルシェを諦めてくれるなら、我が妹姫を君の元に嫁がせようじゃないか」
「ふざけるな!」
好きだろ巨乳、ん〜っと勝ち誇るトレヴィルをキッとエーリックは睨んだ。
「僕は
「強がるなよエーリック」
「あなたは何も分かってない」
「なに?」
「悲しい人ですね。胸の大きさでしか女性の価値を見出せないなんて」
「いや、俺は別に巨乳好きってわけじゃ……」
「女性の価値は大きいとか小さいとかじゃない」
「……って聞いてないし」
エーリックの顔がキリッと引き締まり、観客席のお姉様方から黄色い(一部の太い)悲鳴が上がる。
「僕が好きなのはウェルシェだ!」
エーリックは堂々と宣言した。
「ウェルシェの巨乳だけなんだ!」
ブレないスケベ王子エロリック降臨!
この王子ホント最低だ。ウェルシェが聞けば百年の恋もコンマゼロ秒で冷めるというもの。
「あなたが他にどんな美人を用意したって、僕はウェルシェ(の胸)だけしか愛さない!」
既に彼のスケベセンサーの全てはウェルシェに全振りしていた。煩悩の髄までウェルシェに支配されている青少年、それがエロリックである。
「勝てば二人の美少女は君のものだよ?」
「負けたらウェルシェを失うじゃないか」
「勝てばいいんだ。さっき絶対に負けないって言ってただろ?」
「それは決意表明であって、勝てるって決まってるわけじゃない」
どんなに分が良かったとしてもウェルシェとの婚約がかかれば万分の一でも危険を排除するのがエーリックである。
「全く、どこまでも意気地のない男だ」
「僕はね、ウェルシェと結婚する為にずっと頑張ってきたんだ。少しでも彼女の隣に立てるように努力してきたんだ」
「そうやって努力してきましたよって姿を見せてウェルシェの気を引いているわけかい。同情で彼女を繋ぎ止めようなんてみっともないったらありゃしない」
トレヴィルの顔から薄ら笑いが剥がれ落ち、余裕のない苛立ちが浮かび上がってきた。
「ウェルシェは才能豊かな美しい令嬢だ。何の才能も無く地べたを這いずる君のような男には似つかわしくない」
なぜトレヴィルはこうも他人の努力を否定するのか、どうしてエーリックの努力を嘲笑うのか。ただ、ウェルシェを巡っての恋敵と言うだけではないように思える。
「あなたの事がよく分かりました」
だが、一つだけはっきりしている事があった。
「ウェルシェを口説こうとしているみたいだけど、あなたウェルシェから嫌われてるでしょ?」
エーリックの指摘にトレヴィルの顔から笑顔が剥がれ落ちた。
「ウェルシェは他人が努力し足掻き苦しむ姿を絶対に蔑まないし、決してバカになんてしない。泥に塗れ足掻く者達を笑ったりしないんだ」
エーリックは知っている。いつだってウェルシェは努力する者を尊重しているのだ。むしろ、才能に胡座をかいて努力しない者を蔑み、才能を理由に地に塗れて起き上がらない者を憎む。
「あなたのような人がウェルシェは一番大っ嫌いなんだ」
「……ホント、君は俺をイライラさせる」
エーリックはおやっと疑念を抱いた。
トレヴィルが向けてくる侮蔑の奥底に、苛立ちと憎しみにも似た感情の炎が燻っているようにエーリックには感じられたのだ。
「もしかして、あなたは努力する者に自分を重ねているんじゃないんですか?」
「分かったような口をきくな!」
イライラしているトレヴィルにいつもの余裕がない。その態度からエーリックはトレヴィルの過去に何か挫折を味わった者の臭いを感じた。その思いが表に出たようで、それがますますトレヴィルを苛立たせた。
「婚約者でありながら本当のウェルシェの事だって満足に理解していないヤツが!」
しかし、トレヴィルの一言がエーリックから他人を思いやる余裕を奪ったのだった。
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