第43話 その勝負、いよいよ決着ですか?

「両者、開始線まで戻って……それでは始めッ!」


 主審が挙げた手を振り下ろす。

 その瞬間、二人が飛び出した。


 ――カンッ! キンッ! ガキンッ!


 エーリックの直剣とトレヴィルの曲刀が激しくぶつかり合い火花を散らす。


 曲刀の重さを利用した撃ち下ろしのトレヴィルの剣技に対し、直剣を相手の剣に合わせて流していくエーリックの剣技はとても対照的であった。


 一見すれば力任せのようなトレヴィルの剣を上手く受けている方に分があるように思える。だが、実際にはエーリックにそこまで余裕は無かった。


「ほらほら、どうした。受けてばかりじゃ勝負にならんぞ」


 トレヴィルが繰り出す曲刀を流すだけでエーリックは精いっぱいだったのだ。


 ブンブン振り回しているようにしか見えないトレヴィルの剣技だが、決して粗雑でも稚拙でもない。振り下ろされた曲刀をエーリックが横へと逸らすと、その遠心力をそのままにトレヴィルは背を見せクルリと一回転して次なる斬撃を正確に撃ち込んでくるのだ。


(強い……それに巧い)


 その精密な技量にエーリックは舌を巻いた。


 単純で簡単な回転斬りのようだが、それはかなり難度が高く高度な技である。一度背を見せ視界からエーリックを外しているのだ。しかしながら次の斬り込みに繋げるまでが速く、隙も少ない。それでいて繰り出される斬撃はエーリックをきちんと捉えている。


 撃ち下ろす剣は力強いが粗野ではなく、弧を描く剣閃は流麗で美しい。


(だけど、この剣には……)


 エーリックはトレヴィルの剣を一振り一振り受ける度に疑念が沸いた。


(才能はあると思う。でもそれ以上に斬撃の重みに、ぶれない剣筋に努力の跡がある)


 それは決して才能だけではない、努力を積み重ねた剣だとエーリックには思えた。


(やっぱりこの人……)


 努力する行為を馬鹿にし蔑みながら、その実トレヴィル自身がもがき足掻いてきたのだ――剣を受けるエーリックにはそれが分かる。


 だから、エーリックは最初に対峙した時のような悪感情をトレヴィルに向けられなくなっていた。


「ちっ、しぶとい」

「僕にだって負けられない事情があるんです」


 だからと言って負けてやるつもりはサラサラないが。


「好きな女の子と一緒のクラスになりたい程度のみみっちい事情で、子供か君は!」

「なに言ってんの、あいつもこいつもあなたもウェルシェを狙っているんだろ。みんなライバルなんだよ。僕は命がけなんだよ」


 学園生活の二年間を失ってしまった。次の三年がウェルシェと同じクラスになれるラストチャンスである。


 一生分の運をここで使い果たしても良いとさえエーリックは願った。


 運命の女神よ微笑んでくれ一度だけでも!

 もしダメならこの僕はもうグレちゃうよ!


 ――キンッ!


 二人の剣が交差する。


「ふざけているのかい?」

「僕はいたって真剣だよ」


 剣身越しに言葉を交わす二人。


「その程度の事にマジになるなよ」

「好きになるっていうのは人をバカにも愚かにもするもんなんだよ」


 だが、その考えは決して混じり合う事はないようだ。


「全く見下げ果てた男だよ……君は!」


 ――ヒュンッ!


 声と共にトレヴィルが払った剣は弧を描いて再びエーリックへと襲いかかる。


「気取って!」


 ――キンッ!


 トレヴィルの剣に勢いがつく前に、エーリックは一歩踏み込み剣の根本リカッソで受けた。


「そうやってカッコつけて泥を被れないから、あなたは何もかも一所懸命になれないんだよ」

「分かった風な事をッ!」

「分かるさ」


 ――ガキーーーンッ!!


 体ごとぶつかり合うように二人は再び剣を交え、激しい鍔迫り合いを始めた。


「だから、あなたは他人の努力を嘲っているんでしょ?」

「黙れ、エーリック!」

「やっぱり図星なんだ」

「黙れと言っている!」


 トレヴィルは力任せに剣を押し込み、僅かに怯んだエーリックの剣を上へと弾く。


「めんどくさい奴、もういい速攻で勝負をつけてやる!」

「くッ!」


 無理やり作った隙にトレヴィルはねじ込むように曲刀を突き出す。エーリックは後方へステップを踏んでかわした。


「わっ、たっ、とっ!?」


 が、トレヴィルは更に深く踏み込んで細かく曲刀で突きを繰り出してくる。それらをエーリックはぎりで避け、剣で受け、なんとか持ち堪えた。


「ちっ、しぶとい」

「まだだ、まだ終わらないよ!」


 二人の王子の戦いは激しさを増していく。


「負けるわけにはいかない……ウェルシェと同じクラスになる為に!」

「そんな下らない理由でよくも……いい加減、落ちろ蚊とんぼ!」


 トレヴィルが激烈な一撃を振り下ろす。だが、苛立ちからか今までと異なり、それは力強いが精密さに欠けた斬撃。剣身に僅かなブレが生じていたのだ。


(好機チャンス!)


 軸のブレた剣筋は力の方向を御しやすい。エーリックの直剣がトレヴィルの曲刀を軽く受け止めながら、勢いはそのままに横へと滑らせた。


 奇跡よ再び!


 これぞ運命の女神の計らい。


 トレヴィルは大きく体勢を崩してエーリックの横を通り過ぎていく。そして、そのまま地へ転がった。


 エーリックはトレヴィルの転んだ先へと体を向けると剣を振りかぶる。トレヴィルは片手を床につき、まだ起き上がれない。


「取った!」


 この瞬間、会場の誰もがエーリックの勝利を疑わなかった。


 だが……


 エーリックがトレヴィルに向かって足を踏み込む――ボコンッ!


「えっ!?」


 ほんの僅かだが足元の床が隆起した。


(これは兄上の時と同じ!?)


 それはオーウェンとの対戦で起きた現象と全く同じ。


 それは体勢を崩す程ではなかったが、エーリックの剣を鈍らせるには十分だった。その刹那の間隙をついてトレヴィルが下から曲刀を斬り上げる。


「エーーーリックゥゥゥ!!」

「くッ!」


 トレヴィルの咆哮がほとばしる。


 一瞬遅れてエーリックも剣を撃ち下ろし、剣と剣とが二人の間で激突した。


 ――ガキーーーンッ!


 そして、一振りの剣がクルクルと宙を舞ったのだった。

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