第8章 その大会、本当にクライマックスですか?

第41話 その王子達、本当にファンクラブがあるんですか?

 ――剣武魔闘祭三日目剣闘の部決勝。


 大会全競技の最終に組まれた注目人気競技の決勝だけあって、一万を超える収容人口を誇る闘技場も満員御礼。


 観客席から二万以上の瞳が中央の闘技台の上で対峙する二人の王子を見つめている。


 一人は金髪碧眼の美少年。


 少し癖のある髪、優しげな光を宿した瞳、まるで天使のような容貌、帯剣しているが本当に戦えるのかと思えるほど温和な印象を与える。


 言わずと知れたエーリック・マルトニア、この国の第二王子である。


「きゃぁぁぁあ! エーリック殿下ぁ、こっち向いてぇ」

「いやぁんカワいいィ~!」

「あんな真剣な顔しちゃってぇ」

「凛々し可愛いィわぁ」


 観客席から色香漂う麗しい(一部野太い)声援が上がった。


 お色気ムンムンの妖艶なお姉様(一部お筋肉ムキムキの頼もしいお兄様含む)方により結成されたエーリックファンクラブの面々である。


 昨年、エーリックは剣武魔闘祭でウェルシェvs.マリステラの氷柱融解盤戯アイシクルメルティングで起きたトラブルを見事な裁定で仕切った経緯がある。さらには婚約者を襲う凶刃から身を挺して守った。その活躍にエーリックは可愛いのに凛々しいと人気急上昇。今や上級生の子女からもてはやされ、癒しキャラの地位を不動のものとしていた。


「きゃあァァァ!」


 闘技台の上に立つもう一方の王子にも黄色い歓声が上がった。


 黒い髪、黒い瞳、浅黒い肌という異国の風貌。しなやかな肢体はどこか野生の肉食動物を思わせるエキゾチックな美男子。エーリックよりも背が高く、細身ながら精悍な印象を周囲に与える。独特な曲刀を帯剣する出立ちは実に頼もしい。


「トレヴィル様ぁん!」

「引っ込めクソ王子ィィィ!」

「素敵ィッ!」

「死んじまえぇ!」

「抱いてぇ!」


 だからだろうか、対してこちらの声援はキャピキャピした一年、二年の女子生徒(全員可愛い)が多い。恋人や婚約者がファンクラブに加入している男達の悲しき罵声も混じっていたが。


 そんな悲喜交々ひきこもごもの観客席に向かって、隣国トリナ王国の美形の王子はにこやかに手を振りながら闘技台中央へと足を進める。


「まったく呆れた男共だ。男の嫉妬は見苦しいものだね」


 中央線まで来るとトレヴィルは笑顔のまま、しかし辛辣な毒を吐いた。


「そんなみっともない事しかできないから恋人に愛想を尽かされるんだ」


 トレヴィルは中央線の前に立つと、そうは思わないかいと同意をエーリックに求めてきた。


「あなたは本気で人を愛した事がないんですか?」


 しかし、トレヴィルの予想に反してエーリックは否定的な言葉を返した。


「確かに彼らのやり方に問題はあるかもしれません。だけど、愛する人を他人に奪われるのは苦しいものです」

「だから恋敵に罵倒なんて醜悪な行為に及ぶと?」

「確かに褒められた振る舞いではありませんが、元はと言えばあなたが彼らの恋人達をたぶらかしたのが発端でしょう」

「そんなマジになるなよ。ただのお遊びじゃないか」


 クツクツと笑うトレヴィルの不真面目な態度に、エーリックはなんとも言えぬ胸のざわつきを覚えた。


「だいたい甘い言葉でホイホイなびく女や、繋ぎ止められない男共の方が悪いだろ?」

「彼らは軽率だったと僕も思います。だけど、あえて波風を立てたあなたの行為だって許されるものじゃない」


 薄ら笑いを浮かべながらトレヴィルは肩を竦めた。


「俺の何が悪いって言うんだ。優れた者が全てを奪うのは世の真理だ」

「それじゃただの獣物と同じですよ」

「甘いね、人間なんて一皮剥けばみんな獣さ」


 トレヴィルは笑顔のままだったが、エーリックに向けられる目はとても冷ややかだった。


「そんな軟弱な考えの君がよくここまで勝ち上がってこれたものだ」

「これでも僕なりに努力はしているんです」

「ふ〜ん、努力ねぇ」


 口の端を少し吊り上げ、トレヴィルはどこか小馬鹿にした笑いを浮かべる。明らかにエーリックを見下している。それはエーリックにも伝わった。


 エーリックはこれまでトレヴィルとは直接関わってはこなかった。だが、ウェルシェにちょっかいをかけていると噂には聞いている。エーリックがトレヴィルに悪感情を抱くのなら分かるが、逆にトレヴィルが攻撃的な感情を向ける意味が分からない。


「外野で騒いでいる連中と言いマルトニアにはろくな男がいない」


 だが、イヤな奴なのは確定だった。


「これじゃ恋人や婚約者の心が離れるのも当然だな」


 トレヴィルは観客席で自分に罵詈雑言を浴びせる男達を見回しながら鼻で笑った。


「努力してますなんて口にして才能が無い事の言い訳をする君もね」

「僕は確かに非才の身だけど、だからこそ努力しているんです」

「努力してる僕カッコいいとでも思っているのかい?」


 トレヴィルの黒い瞳に侮蔑の色が浮かぶ。


「努力なんて才能が無い者がやる事さ」

「誰だって頑張っているんです。そこに才能の有る無しは関係ありませんよ」

「真の天才は努力なんてしないさ。もがき足掻くなど醜悪の極みだろ」

「もがき足掻くのはかっこ悪いかもしれない。でも、決して醜悪なんかじゃありません!」

「努力を免罪符にして負けた言い訳を最初からしているのは醜いと思うがね」

「僕は絶対負けません!」


 いつになく強気なエーリックに、ふーんっと面白そうにトレヴィルは口の端を吊り上げた。


「ならエーリック、一つ賭けをしようじゃないか」

「賭けを?」

「そう、この試合の勝敗にさ――」


 賭けを持ちかけるトレヴィルの嫌らしい笑みに、エーリックの警戒心はいやが上にも強まる。


「ウェルシェを賭けようぜ」

「なにッ!?」


 果たしてとんでもない内容にエーリックの顔が一気に険しくなった。

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