第40話 その王様、完全に尻に敷かれてませんか?

「このままだと君の息子オーウェンは廃嫡しなければならないんだぞ?」


 オーウェンはオルメリアが腹を痛めて生んだ子である。その実の息子から王位継承権を母の手で奪わなければならない。それだけではなく、エーリックが立太子すればエレオノーラが国母となる。そうなればオルメリアは王妃の座をエレオノーラに譲らねばならない。


「別に良いんじゃない?」


 だが、当のオルメリアはあっさりと言って退けた。その態度は実にサバサバしたものだ。


「だって、私もともと王妃になりたかったわけじゃないしぃ」


 それもそのはず、オルメリアはもともと王妃になるつもりは微塵も無かったのだからだ。


「と言うより、あなたと結婚するつもり無かったし」

「うぐっ!」


 愛妻にぶっちゃけられ、ワイゼンは顔が引き攣った。この話題はワイゼンにとってのアキレス腱なのである。


「あなたがどぉしても私に結婚してくれって土下座してお願いするからしぶしぶ受けたのよ?」

「そ、それは、君が、その……気心が知れていると言うか、安心できるからと言うか……」

「そりゃ、まあ私達って幼い頃からの付き合いだしね」

「そ、そうだろ?」

「だけど、私達ってほとんど兄妹みたいなものだったじゃない?」


 実はこの二人、従兄妹であった。


 良く見れば金髪碧眼と特徴や容姿も似ている。並んで立つと夫婦というより仲の良い兄妹みたいだ。


 オルメリアの父であるオドラン公爵はワイゼンの叔父にあたる。ワイゼンの父である前国王とその弟のオドラン公爵の仲は良好で、ワイゼンとオルメリアも自然と兄妹のように育った。まあ、いわゆる幼馴染みである。


「なんか兄と結婚するみたいで恋愛のトキメキみたいなの無かったのよねぇ」


 仲が良いを通り越して完全に腐れ縁。オルメリアも少女時代はそれなりに恋に恋してみたかったのは否めない。


「そうは言うが君だって変な男より私に捕まった方が幸せだったろ?」

「まあ、悪くはなかったわね」


 肩を竦めて同意するオルメリアに、だろだろと食い気味に反応するワイゼンは少しホッとした。


「腐れ縁ではあったけど、あなたの事は好きだったし」

「わ、私だって君の事を大事に思っていたぞ」


 肘掛けに頬杖を突いてクスリと笑う王妃に、今さらながらワイゼンはどぎまぎとした。


 この部分だけを切り取って聞けばとても甘酸っぱそうなストーリーを期待しそうになる。が、その内情は何とも情け無いワイゼンの実情があった。


「だけど、ホントは私だって王妃なんて嫌だったんだからね」

「いや、それはホントに君には済まないと思っている。だが、君の他に王妃に相応しい者がいなかったから……」

「嘘おっしゃい」


 オルメリアはぴしゃりと夫の言い訳を遮った。


「あなたがヴェルと結婚するのが嫌なだけだったんでしょ」


 ヴェルとはグロラッハ侯爵夫人ヴェルデガルド、つまりウェルシェの母親のことである。


「もともとヴェルがあなたの妃の第一候補だったんでしょ」

「い、いや、そ、それは……」

「私が何も知らなかったとでも思ってたの?」


 妻の指摘にワイゼンの目がオドオドキョロキョロと忙しなく動く。


「当時の令嬢の中でヴェルほどの人物は他にいなかったもの」


 実はワイゼンの妃として最も相応しいと推されていたのはヴェルデガルドだった。ヴェルデガルドは家格、品格、人格に加えて能力、美貌、人望も備わったスーパーレディ。


「だけどヴェルちょっと怖いもんねぇ」

「そ、そんな事は……」


 盛大に泳ぎまくるワイゼンの目が全てを物語る。


「あ、あれはだなぁ、ユリアスの奴がどうしても彼女と結婚したいと懇願したからであって」


 ユリアスとは現グロラッハ侯爵であり、ウェルシェの父である。ヴェルデガルドに一目惚れした彼は、ワイゼンに土下座までして頼み込んだのだ。ヴェルデガルドが恐くて彼女との婚約に乗り気ではなかったワイゼンは渡りに船とばかりにユリアスに協力したのだ。


親友ユリアスの恋路を応援したいと思っただけだぞ」

「まあ、そういう事にしといてあげる」


 苦しい言い訳をする夫に、クスクスとオルメリアは笑った。


「あれでもグロラッハ侯爵家は幸福な家庭を築いているみたいだし」


 恐妻家で愛妻家のユリアスは完全に尻に敷かれているようだが、あれはあれで幸せの形の一つなのだろう。


 それに能力はともかくヴェルデガルドとワイゼンの相性は決して良いとはオルメリアも思っていない。むしろ、ワイゼンとの相性ならオルメリアの方が合っているし、マルトニア王国にとってはこれで良かったのだろう。


「私もあなたと一緒になれて良かったって思っているのよ……これでも」

「オルメリア……」


 横に座る妻の告白にワイゼンは感極まって、身を乗り出してオルメリアの片手を取った。そして、そのままオルメリアの顔に自分の顔を近づける。


「私も君と結婚できて……」

「はいはい、それはもういいから」


 口づけを迫ったワイゼンの手をパシリと叩き、解放された手で顔をぐいっと正面を向かせた。


「ここは感動的なキスシーンじゃないか?」

「全く衆目があるんだから発情するんじゃないの」

「帰ったらいいのか?」

「その時はエレンとでもイチャついてなさい」


 愛妻に拒絶されて捨てられた子犬のようにシュンと落ち込む現国王。こちらはこちらで尻に敷かれているらしい。


「話を戻してオーウェンだけど……」

「君としては国王にならなくても問題ないと考えているのかい?」


 オルメリアはこくりと頷く。


「国王になるだけが道じゃないし、オーウェンはむしろ別の道に進んだ方が幸せだと思うのよ」


 その言い方にワイゼンはおや?っと思った。


「もしかして君は何か企んでいるのかい?」

「さぁて、どうかしらね」


 考えてみれば抜け目の無い愛する妻が手をこまねいて座視しているのはおかしい。だが、ワイゼンの問いにオルメリアは変わらぬ美貌で好きの無い美しい笑貌を崩さず答えた。


「何にせよ、まずはこの試合の結果次第じゃないかしら?」

「それもそうだな」


 二人は再び闘技台に視線を戻した。


「まさかエーリックの決勝の相手が彼とはなぁ」

「ええ、彼に勝利すればエーリックを国王に推す気運はより高まるわね」


 二人の青い目はエーリックと対峙するもう一人の王子に注がれた。


 それは黒い髪と黒い瞳が特徴的な褐色の美少年。エーリックよりも背は高く、同じ整った顔でもこちらは野生的な魅力を感じる。だが、決して粗野なだけではない、どこか気品もある。


 そんな美形の王子がエーリックの前で薄っすら笑みを浮かべて立っていた。

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