第37話 その勝負、本当に決着ですか?
「くっ、惰弱なエーリックのくせに意外にやる」
「いつまでも昔のままの僕と思わないでよ!」
闘技台の上では二人の口喧嘩が続いていた。
「この一戦には俺と仲間達の未来が懸かっている。負けるわけにはいかん!」
「僕だって負けられない理由がある!」
「俺とお前では背負っているものの大きさが違う」
「そうやって他人を下に見るのが傲慢だって言うのさ!」
「女の尻ばかり追いかけてるヤツがよく言う」
鍔迫り合いをしていたオーウェンの目に侮蔑の色が浮かんだ。それに対し剣を弾いてエーリックがキッと睨み返す。
「兄上だって同じじゃないか!」
「俺とお前とでは違う」
「あのアイリスとかいう誰にでも色目を使うご令嬢に入れ揚げているじゃないか!」
「アイリスを侮辱するなッ!」
オーウェンは激怒したが、斬り込む剣は鋭く隙が少ない。感情に流されるクラインとは違うようだ。
「アイリスはこの国の母となってくれるかもしれない女性だ!」
「正気ですか!?」
オーウェンの爆弾発言にギョッとしたエーリックであったが、危なげなくオーウェンの剣をしゅるりと流して受ける。
「どう考えても彼女が国母に
むしろ、国が崩壊する未来しか見えない。エーリックは受けた剣を横へ払って、踏み込み返す剣で斬りつける。
「だいたいイーリヤ嬢という素晴らしい女性がありながら、他の令嬢にうつつを抜かすなんて!」
「アイリスの素晴らしさが分からんとは嘆かわしい」
――キンッ! キンッ! ガキンッ!
目にも止まらぬ鋭い突き、激しく力強い斬り込み、するりと受け流し、力を殺して受け止める……
二人のハイレベルな激しい剣戟の応酬は止まない。
「あれのどこが素晴らしいのさ!」
「女の尻ばかり見ている貴様には分からんのだ」
「女の尻を追っかけてるのは兄上の方でしょ!」
「いいやお前の方だ」
「そっちだ」
低次元な口撃の応酬も止まないが……お前ら同じレベルだよ。
――キンッ、キンッ!
だが、その間も互いの剣がぶつかって火花が散る。
やってる事はただの兄弟喧嘩なのだが、
まこと二人の
「男に媚を売る腹黒女にコロッと騙されて情け無いヤツ!」
「貴様だって同じだろ!」
「ウェルシェは媚びなんて売らないし、純情可憐な子だよ!」
媚は売らないが、純情可憐は疑問を呈したい。
「アイリスの為にも勝つのは俺だ!」
「たとえ兄さんが相手でも僕はウェルシェの為に勝つ!」
お互いが愛する女性の為に剣を取り一歩も退かず戦う。
その字面だけ見ればロマンチックな一場面とも言える。
「何が『アイリスの為』だよ。兄上自身の王位継承権がかかっているからじゃないか」
「お前だって来年は彼女と同じクラスになりたいとか、そんなみみっちい自分本位な願望なんじゃないのか?」
だが、実際には己の欲望をぶつけ合っているだけの醜悪な兄弟喧嘩であった。
観客も熱狂するハイレベルな接戦。
聞いたらドン引きの白熱する舌戦。
しかし、どんなにレベルが高かろうと、どんなに低次元であろうと始まった試合には必ず終わりが来る。
「いい加減、墜ちろぉぉぉ!」
下に見ていた
大きく振りかぶりオーウェンは上段から真っ直ぐエーリックへ剣を振り下ろした。それは力み過ぎた迂闊な一撃。
(
エーリックは上から迫る剣身の腹を横から払った。力任せに振り下ろしただけのオーウェンの剣は、容易に軌道を変えられ大きく横へと流された。
「取った!」
剣に振り回されてオーウェンが体勢を崩し、エーリックは踏み込んで一気に畳み掛けた。
――ボコンッ
否――畳み掛けようとしたが、踏み込んだ足元がほんの僅かだが隆起した。
「えっ!?」
それに躓きエーリックはバランスを崩してしまった。
(なんだ今の?)
明らかに異常な事態だが詮索する余裕はなかった。たたらを踏みエーリックの作った大きな隙を、今度はオーウェンが見逃さずに斬り込んできたのである。
「もらった!」
「ちょっ、今の無し!」
エーリックは慌てたが、その異変はオーウェンも主審も認知していない。
よって試合続行。待ったなし。
(やられる!?)
オーウェンの剣が
「エーリック様、負けないでぇ!!!」
それはエーリックの耳にはっきりと届いた。
(ウェルシェ!)
勝利を確信したオーウェンの雄叫び、興奮する観客の大きな歓声、そんな会場の中で聞こえるはずもない悲痛な少女の声援がエーリックにははっきり聞こえたのだ。
(僕は!!)
その瞬間、ほとんど無意識にエーリックは片手で剣をオーウェンの剣目掛けて突き上げていた。無理な体勢からの片手の不安定な突き。とてもオーウェンの力強い剣を受け止められるとは思えなかった。
それは外野から見ても一目瞭然で、オーウェンの剣がエーリックの剣を弾き飛ばすだろう。
だが……
剣と剣がぶつかった――そう誰もが思った刹那、オーウェンの剣がエーリックの剣の刃を滑った。力みの無いエーリックの剣が上手くオーウェンの剣の力を流したのだ。そしてそのままエーリックの剣がオーウェンの剣に絡みつくように纏わりつき、くるりとエーリックが手を捻れば二つの剣が感嘆に弧を描く。
オーウェンの手には剣と剣がぶつかった衝撃が伝わってこなかった。むしろ暖簾に腕押しの如く、剣に篭めた力がするりと抜ける。そして、勢い余った力に抗しきれずオーウェンは剣を巻き取られて飛ばされた。
――カランカラン……
オーウェンの剣が闘技台の上に転がる。
気がつけばエーリックの剣がオーウェンに突きつけられていた。この場の誰もが信じられない光景に言葉を失った。
「しょ、勝者、エーリック・マルトニア!」
主審の宣言に時が再び動き出す。何が起きたか理解できず、オーウェンはまだ信じられないと呆然としていた。
「勝った……のか?」
エーリックの方にしても自分が勝った実感がまだ湧かない。
「やったやった! 凄いわ。エーリック様の勝利よ!」
その時、エーリックの耳に彼の勝利を喜ぶ声が届いた。
見上げれば貴賓席で飛び跳ねてはしゃぐ愛しい婚約者の姿。彼女の喜ぶ様子に、エーリックはようやく自分が勝ったのだと実感した。
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