第36話 その腹黒、もっと素直になりませんか?

 二人の王子による息をつかせぬ攻防。


 激しい剣戟が繰り広げられていたが、仕切り直しとばかりに距離を取って睨み合う二人。


 ――わぁぁぁあ!


 僅かな空白の時間に、固唾を飲んで見入っていた観客から大きな歓声が沸いた。実力伯仲の勝負ベストバウトに観客も興奮を隠せない。


 そんな見応えある試合を貴賓席から見守る美しい女性が二人。


「お嬢様がテコ入れしただけあって、オーウェン殿下もかなり上達したご様子でございますね」

「ええ、レーキ様達は良い仕事してくれたわ」


 カミラの言葉に同意しながらもウェルシェの顔は優れない。


「それに引けを取らないエーリック殿下も日頃からの努力が偲ばれます」

「エーリック様はとっても頑張り屋さんだもの」

「お二人の修練が見て取れる本当に素晴らしい試合です」

「……そうね」


 黒い髪と眼鏡が冷たい印象を与える侍女服姿の女性は淡々と褒め、まだ幼さの残る白銀の美少女の表情は暗い。


「おや、エーリック殿下を応援されないのですか?」

「分かってるくせに意地悪ぅ」

「せっかくエーリック殿下がここまで頑張っておられるのに、お嬢様が手放しで喜んでさしあげないのは可哀想ですよ」

「そうなんだけどぉ、そうなんだけどぉ」


 ウェルシェとてエーリックを応援したい。


 エーリックは落ちこぼれ、昼行灯、パッとしない、頼りない、だしガラなどなど陰口を叩かれてきた。婚約者となったウェルシェとの能力の差に学園でその傾向はより強くなった印象を受ける。


「昨年は予選落ちだったそうですが、殿下はホントに頑張られたのですねぇ」

「うん……」


 だが、エーリックは腐らずコツコツと努力して今年は準特クラスに上がった。さらに、今年の剣武魔闘祭では激戦区の剣部門で準決勝まできている。


 そんな真っ直ぐなエーリックに好感を持ったのだ。今では恋心まで抱いてしまっている。だが、それを知らないカミラは少々辛辣だ。


「お嬢様の為に頑張っておいでなのに、何ておいたわしい」


 お可哀想にとカミラはわざとらしく目を拭って泣き真似をする。


「まあ、お嬢様としてはエーリック殿下の努力よりもご自分が可愛いのでしょう。なんせエーリック殿下が勝てば止めの一手になりかねませんからねぇ」

「うがぁぁぁあ!」


 そうなのだ、ここでエーリックがオーウェンを負かせば、オーウェン廃嫡の動きが加速しエーリック戴冠の気運が高まる公算が大きい。


「功績を上げないと王位継承権を剥奪されるオーウェン殿下としては剣武魔闘祭で優勝した実績は欲しいでしょうし……」


 オルメリアから出された条件――それは卒業までにオーウェン達が実績を出さねば廃嫡されるのだ。


 もちろん剣武魔闘祭の優勝だけでオルメリアの評価が一気に覆されるとは思えない。それでも加点の一助にはなるだろう。


 だから、王妃になりたくないウェルシェとしては、優勝させてオーウェンに実績を上げさせないといけない。


「何より負けるにしてもエーリック殿下というのは非常に拙いですよねぇ」


 それにエーリックがオーウェンを倒せば、エーリックに対するオーウェンの優位性が無くなる。もう国王はエーリックでいいんじゃねという空気が生まれてしまう可能性が高い。


「このままエーリック殿下が勝てば、オーウェン殿下の廃嫡を待たずしてエーリック殿下の即位が決まってしまうかもしれませんねぇ」

「それはまずいわ!」


 だが、ウェルシェとしては婚約者のエーリックを応援したい。恋を自覚した今なら尚更である。


「うぅぅっ、エーリック様」


 エメラルドのように美しい翠色の瞳を潤ませ、ウェルシェは闘技場で奮闘するエーリックを見つめる。


「昨年までは想像もできない勇姿でございますね」

「うん、ちょっとカッコいいかも……」


 恋する乙女フィルターには剣を振るうエーリックがキラキラ輝いて見えてしまう。


「もう諦めて王妃目指しません?」

「王妃はイヤァァァ!」

「我がままですねぇ」

「他人事だと思って!」

「ええ、他人事ですから」

「酷ッ!?」


 しれっと言ってのけるカミラにバンバンテーブルを叩いてウェルシェが猛抗議。


「ねぇねぇ、最近カミラって私に冷たくない?」

「墓穴掘りまくっているお嬢様を見ていたら、今まで少し甘やかし過ぎていたかと反省しまして」

「カミラはもっと私に甘くても良いと思うの」

「お嬢様は王妃になられるのですから厳しくしませんと」

「ならないわよ!」

「そうは申されましても、イーリヤ様との賭けは負けてしまいましたし……」


 カミラがチラッと闘技台へと視線を戻せば、ウェルシェも釣られて二人の戦いに目を向けた。剣に関して素人のウェルシェには、二人が生み出す剣戟からどちらが優勢かまで判断がつかない。


「このままならエーリック殿下の勝利は間違いありませんよ?」

「そんなッ!」


 ウェルシェが真っ青になる。


「お嬢様の為に頑張っておいでなのに、そのお嬢様から応援をもらえないなんて」


 殿下不憫とハンカチを目元に当ててカミラが泣き真似をする。完全におちょくられているウェルシェだが、それを看破する余裕がない。


「私だって応援したいわよぉ!」

「応援なされば良いではないですか」

「でもでもぉ」

「どうせお嬢様が王妃になられるのも時間の問題ですよ」

「ぐぬぬぬぬッ」


 二人の激闘は決着へと向けて動き出している。武にも明るいカミラの目には見えた。エーリックの勝利が。


 だが、ここでカミラはいらんフラグを立ててしまった。


「まあ、応援せずとも不測の事態イレギュラーでもない限りエーリック殿下の勝ちでしょうけど……あっ」

「エーリック様!?」


 遠目では何が起きたか正確には分からなかったが、突然エーリックが体勢を崩してしまったのだ。


 無防備になってしまったエーリックの隙を見逃さず、オーウェンが鋭く剣を繰り出した。


 エーリック万事休す!


 その時、闘技場に婚約者を想う少女の声が響き渡った。


「エーリック様、負けないでぇ!!!」

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