第33話 その腹黒、本当に反省しているんですか?

 ――魔丸投擲バルクホーガン


 別名『脳筋競技』と呼ばれるこの種目は簡単に言えば砲丸投げである。


 ただし、競技場には投擲される方向に向かって魔力壁が10メートル間隔に張られており、それらを突き破らなければならない。


 そこで、投げるのは魔力を篭めれば篭めるほど重量と硬度が増す『魔丸』だ。この魔力壁を突破するに当たり魔力を篭めて魔丸を硬くするわけだが、魔丸は魔力を篭めれば同時に重さも増す。


 しかも、魔力壁は一枚突破するごとに魔丸から一定量の魔力を奪う仕組みになっている。ちなみに魔力壁一枚突破分の魔力で魔丸の重量は10kg増。二枚突破するのに(元の魔丸の重量)5kg+(増量分)10kg✕2=25kgとなるわけだ。


 こだけの重量の玉を投げるのには身体強化の魔術も使用しなければならない。魔丸に篭める魔力分も考えると、とてもではないが何枚も壁を破るほどの魔力は篭められない。


 篭める魔力が大き過ぎると重くて投げられない。逆に小さ過ぎると硬度が足りず魔力壁を突破できない。


 別名『脳筋競技』。しかし、言うほど脳筋で記録を出せる競技ではなかった。


 のだが……


「イ、イーリヤ・ニルゲ、記録――」


 測定係が目を剥く。


「ご、52.5m!?」


 記録を読み上げる測定係の声がうわずった。

 信じがたい大記録にざわっと会場が騒めく。


「ウソでしょ!?」


 選手待機場でウェルシェも驚愕のあまりつい素で叫んでしまった。幸い周囲も動揺しており誰も気がついていない。


 みなが驚嘆するのも無理もない。


「……ば、化け物め」

「おいおい、男子でさえ30メートルを超えるのがやっとなんだぞ!」


 イーリヤは女子どころか男子の記録さえ20m近く伸ばしたのだから。


「優勝イーリヤ・ニルゲ」


 当然、イーリヤが二位以下の記録をぶっちぎるダントツのトップ。


「……」


 ボーゼンと表彰台を眺めるウェルシェ。


 もはや言葉も無い。


 そんなウェルシェに爽やかな笑顔でイーリヤが手を振っている。


 ――くっ、こんな化け物に誰が勝てると言うのか!


 ちなみにウェルシェの記録は下から数えた方が早い。だが、イーリヤへの刺客として鍛え上げてきた選手達はみな好成績を出していた。


 ウェルシェは胸を張って言える。


 ――みんな頑張った!


 昨年より全員が記録を伸ばしており、なんと準優勝者は昨年の優勝者の記録より5メートル以上も更新しているのだ。記録を出した時に見せた彼女の満面の笑顔で喜ぶ姿をウェルシェは忘れない。


 脳筋競技とバカにされながら貴族令嬢が土にまみれ、青春を全て捧げて練習に励んだ。ウェルシェも満足げに頷いた。彼女達の努力が報われた事を喜んだのだ。


「なんてこと!」


 それなのに、ああ、それなのに!


「彼女達の汗と涙を一匹の化け物無慈悲なイーリヤが嘲笑い踏み躙ったのよ!」


 血も涙も無いの!?


 そう非難するウェルシェにイーリヤとカミラは呆れ顔だ。


「良い事言ってる風だけど、あなた全て自分の為じゃない」

「お可哀想に、皆さまお嬢様のエゴの犠牲になって」


 イーリヤはヤレヤレと肩を竦め、カミラはヨヨヨと泣き真似をした。


 そう、魔丸投擲に出場した彼女達を青春という名の美酒に酔わせて無茶な特訓の沼に引き込んだのは他ならぬウェルシェ自身。


 無謀にも青春全部懸けさせて、こんな化け物イーリヤに挑ませる非道。


「さて、それじゃあ彼女達を引き込んだツケは自分で払ってね」

「どういう意味よ?」


 イーリヤは背を向けヒラヒラ手を振りながら立ち去って行く。


「よーく全員の記録を見てみなさい」

「記録?……」


 ウェルシェは掲示板に張り出されている全員の記録を一つ一つ確認していく。ウェルシェがそそのかした選手はみんな好成績だ。昨年より飛距離が出ている。かなりハイレベルな内容だったと言える。


 イーリヤさえいなければ感動のドラマが生まれたに違いない。イーリヤの記録さえなければ自分の記録を誇っていたに違いない。


「みんなホントに頑張って……」


 あんな無慈悲な化け物に蹂躙されなければと思うと涙が零れそうだ。


「お嬢様、お嬢様」

「何よ」


 感動に浸っていたというのに空気の読めない侍女だ。


「私は今、みんなの健闘を心の中で讃えているのよ」

「いえ、ですがまずくないですかコレ?」

「拙いって何が……」


 言われてもう一度記録を見直していたウェルシェの顔がみるみる青くなる。


「あっ……」

「聞いた話ではアイリス様は昨年三位入賞されていたとか」


 表記されたアイリスの記録は昨年よりかなり良い。昨年までの記録なら十分優勝も狙えた飛距離である。ところが誰かさんのせいで周囲はもっと伸ばしており今年は七位転落。六位入賞も果たせていないのだ。


「王妃殿下が宿題を出されたのはオーウェン殿下とその現側近達ですが、当然アイリス様の動向もつぶさに調査されていますよね?」

「うっ!」


 アイリスの成績が直接評価の対象とはならないかもしれない。むしろ、そのせいでウェルシェはすっかり失念していたのだ。


 しかし、オーウェンが熱を上げている相手である以上、オルメリアの心証は悪くなるのは避けられない。アイリスの成績を突っ込まれればオーウェンとて言い訳が難しくもなる。


「これってお嬢様の責任やらかしですよね?」


 ウェルシェはがっくりと膝をついて項垂れた。


「ホントお嬢様って楽しくなると、いっつも目的を忘れてしまうのどうにかした方がいいですよ」


 後悔先に立たず、覆水盆に返らず、後の祭り、今さら何もかもが手遅れだ。


「今度からはちゃんと目的を忘れないよう考えて行動してくださいね」

「……うん、そうする」

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