第34話 その悪役令嬢、本当は脳筋だったんですか?

「気を取り直して氷柱融解盤戯アイシクルメルティングでイーリヤを倒すわよ!」

「ちょっと立ち直りが早すぎやしませんか?」


 早々に復活したウェルシェが気炎を上げる姿にカミラは呆れ気味。ちゃんと反省したのか、この腹黒は?


「イーリヤとオーウェン殿下をくっつければ全て解決するんだから、この際アイリス様は横に置いておきましょ」

「ぜっんぜん反省されていませんよね?」

「後悔先に立たず、覆水盆に返らず、後の祭りよ。くよくよ悩んだって仕方ないんだから後ろは向かず前を見るのよ!」

「良い事言ってる風ですけど喉元すぎればってヤツですよねソレ?」


 カミラの胡乱げなジト目など気にせずウェルシェはビシッと明後日の方角を指さす。


「いいことカミラ、人は過去には戻れないの。常に未来に向かって前進あるのみよ」

「私には同じ事を繰り返すお嬢様の未来しか見えません」


 去年も王妃のお茶会でやり過ぎてオーウェンを追いつめ、逆に自分の首を絞めてしまったというのに。


 この快楽主義の腹黒娘は何度やらかせば反省してくれるのだろうか?


「とにかく今はイーリヤとの賭けに勝つのが先決よ」

「まあ、ほどほどに頑張ってください」

「くっくっくっ魔丸投擲バルクホーガンでは圧倒的魔力量のイーリヤに手も足も出なかったけど、氷柱融解盤戯なら勝つる!」

「ホントに大丈夫ですか?」

「大雑把なイーリヤは繊細な魔力操作が苦手だもの」


 あの競技で腹黒魔術の第一人者(唯一の使い手)である自分に勝てる者などいない。その絶対の自信がある。


「ふっふっふっはっはっはっ、イーリヤに保有魔力量の違いが戦力の決定的差ではないということを……教えてやるッ!」


 だから、魔弾の射手クイックショットで勝利した段階でウェルシェは勝ちを確信していたのだ。


「この勝負、私の勝確よ」

「……」


 あっ、これはあかんフラグやつや。カミラはこの時ウェルシェの負けを確信したが、出来る侍女は賢明にも口を噤んだ。


「さあ、今からイーリヤとの決勝戦、張り切って行くわよ!」

「ご健闘をお祈りします」


 ・

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 ・


「『絶対の氷結アブソリュートゼロ』!」

「えっ!?」


 開始早々イーリヤが極大極寒魔術をぶっ放す。


 盤面の氷柱が全て敵味方関係なく途轍もない冷気で覆われた。ウェルシェがいくら魔力を注いでもイーリヤの氷柱はびくともしない。


「どうして?」

「ふふふ、ムリムリ。マイナス273℃よ。分子運動がほぼ停止してるもの」


 盤上はもはや凍結地獄。ウェルシェは精密な魔力操作を捨てて最大火力を叩き込む。が、やはり氷柱が溶ける気配がない。


「こ、このぉ、ぐぬぬぬぅ……」

「そんな力んで顔ゆがめたらせっかくの可愛い顔が台無しよって……あら、意外と可愛いわね」


 イーリヤは余裕の態度で可愛いウェルシェを観賞している。


「だ、だけど、これではイーリヤだって溶かすのに時間が……」

「『地獄の劫火インフェルノ』!」

「うそぉ!?」


 ウェルシェのマスに屹立していた氷柱の一本が赤々と光を放つ。次の瞬間、火傷しそうな高温に晒されウェルシェは両手で顔を庇い両目をギュッとつむった。


「な、何が――ッ!?」


 光が収まり氷柱の冷気に身体が冷えるとウェルシェは恐る恐る目を開けると、眼前の光景にギョッとした。


 ウェルシェの陣の氷柱が一つ完全に蒸発していたのだ。あまりの高熱に隣接する四方の氷柱の表面も少し溶けている。ウェルシェがあれだけ頑張っても溶解させられなかったのに、余波だけでこれだ。


「なんつー力技!?」

「魔力の緻密な制御じゃウェルシェに敵わないからね」

「だからって大雑把すぎでしょ!」

「ルールは破ってないわよ?」


 ウェルシェはバッと主審に顔を向けた。が、主審は首を横に振った。


「規程内です……と言うより規定がありません」

「そりゃそうよねぇ」


 こんな力技の作戦が実行可能なのはマルトニア国内でも莫大な魔力量と高等魔術を使いこなせるイーリヤくらいではなかろうか。誰も想定しない方法なだけにルールなど作っていようはずもない。


「さあ、次々いくわよ!」

「やばッ!」


 イーリヤが二本目に標的を定めてインフェルノを放ちウェルシェは慌てた。


「わ、私だって……地獄の劫火インフェルノ!」

「じゃ、こっちも――地獄の劫火! 地獄の劫火! 地獄の劫火!」

「ヒィィィッ!」


 お、おかしい、なんか競技が違う……氷柱融解盤戯アイシクルメルティングって魔力制御を競う種目じゃなかったっけ?


 対戦者のウェルシェのみならず、審判、実行委員、観客、会場にいる全ての者が同じように目が点だ。


 なんだこれは?


 この競技で高難度高威力の魔術を連発するなど前代未聞の珍事。


「しょ、勝者イーリヤ・ニルゲ」


 そして、ほどなくして無情な主審の勝利宣言。

 それは、同時にイーリヤの優勝宣言でもある。


 しかし、観客席からは何の反応もない。みな驚くやら呆れるやら。どう反応してよいか判断に苦慮しているのだ。


「技術を力でねじ伏せるなんて」


 あまりの悲惨な負けにウェルシェはがっくり膝を落とした。


「勝ちは勝ちよ」

「う〜」


 ニヒッと笑うイーリヤの胸を涙目になったウェルシェがポカポカと叩いた。


「こんなの反則ぅ~」

「あはは、ごめんごめん」


 イーリヤはウェルシェの頭をよしよし撫でる。


「もうもうもう!」


 普段はミステリアスな美少女が子供みたいな仕草と態度はギャップ萌えなんよ。ウェルシェの可愛いさもじゅうぶん反則だとイーリヤは思う。


「まあでも、すごく楽しめたわ……賭けは私の勝ちだけど」

「はぁ……仕方ないわね。オーウェン殿下の件は私で何とかするわ」


 いつまでも引きずっていても、どうしようもないのだ。ウェルシェは素直に賭けの負けを認めた。


 これでイーリヤとの勝負も終わりである。


 それは同時にウェルシェにとっての剣武魔闘祭の終わりを告げて――


「ところでエーリック殿下の応援はよろしいのです?」

「え?」

「現在、エーリック殿下は剣部門で奮戦中でございますが?」

「忘れてたぁぁぁ!!!」


 いなかった。


「お嬢様のそういう手段に夢中になって目的を忘れるところはどうかと思いますよ」


 もともとイーリヤとの賭けはオーウェンの廃嫡を回避する為の手段に過ぎなかった。ウェルシェの目的はあくまでもエーリックとつつが無く婚約を結ぶ事。


「お嬢様のそんな抜けてるとこは可愛いと思うのですが、さすがにエーリック殿下が憐れになってきます」


 だというのに、ウェルシェはいつの間にか目的と手段があべこべになって、イーリヤに勝つ事に夢中になってエーリックの試合を失念していた。


 そして、更にカミラはウェルシェに追い討ちを掛けた。


「ちなみにエーリック殿下の対戦相手はオーウェン殿下なんですよ」

「なんですって!?」

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