第32話 その腹黒、本当に墓穴掘ってるんですか?

「あははは、まさか本当に胸に手を当てるなんて思わなかったわ」


 黒髪の美女イーリヤは屈託なく笑う。


「普通、自分の侍女に言われてホントにやるぅ?」

「ほらぁ、カミラのせいで笑われたじゃない」

「元はと言えばお嬢様が私に隠し事をするのがいけないのですぅ」


 再びギャイギャイいがみ合い、いよいよイーリヤはお腹を抱えて笑い出した。


「あなた達って本当に主従関係なの?」

「まあ、カミラは私の専属侍女だけど」

「はい、私はお嬢様の忠実な侍女です」


 イーリヤが笑い過ぎて滲んだ涙を指で拭いながら尋ねると、ウェルシェとカミラは同時に頬に指を当てて小首を傾げた。


 見事にシンクロする二人に「まるで仲の良い姉妹みたいよ」とイーリヤは微笑ましいやらおかしいやらクスクス笑う。


「こんなの見せられたら負けたのが何かどーでもよくなったわ」

「あっ、そうだ、魔弾の射手クイックショットは私の勝ちで良いのよね?」

「そうね、認める、私の負けよ」


 イーリヤは意外とあっさりと観念して敗北を受け入れた。


「ただし、さっきの話の続きを聞かせてくれる?」

「話の続き?」

「お嬢様が何をやったのかについてじゃないんですか?」

「ええ、私もおかしいと思ってたのよ」


 カミラの指摘に相槌を打ってイーリヤは苦笑いを浮かべた。


「さっき、私に負けたのにウェルシェって余裕のある顔してたから」

「それほど余裕があったわけではないんだけどね」


 ウェルシェは肩をすくめて片目をつむる。


「実際、上手くいけばめっけもんくらいだったのよ?」

「種明かしをしてくれるわよね?」

「そんな大層なもんではないんだけど……」


 自分が勝てれば問題はない。だが、氷柱融解盤戯アイシクルメルティング以外の種目でイーリヤに勝てるとはウェルシェにはとうてい思えなかった。


「もちろん勝つ為の努力はしてきたし、やるからには負けるつもりもサラサラなかったわ」

「だけど保険もお嬢様はかけておいでになられた」


 カミラの指摘にウェルシェは頷いて肯定した。だって、普通にやったら超人イーリヤに勝てるわけないじゃんと。


「まあでも、たいした事をしたわけじゃないの」


 まず、魔弾の射手クイックショット魔丸投擲バルクホーガンの出場選手の中で有力な選手をリストアップした。そして、コンタクトを取り秘密特訓を施したのである。


「もちろん、それでも勝てる見込みは低かったわ」


 魔弾の射手でイーリヤに対抗できるのは自分とヨランダくらいだろうと踏んだウェルシェは賭けに出た。


「人間って一定のパフォーマンスを常に発揮できるものではないでしょ?」

「そうね、メンタルとフィジカルのコンディションにどうしたって影響は受けるわ」


 人間は機械ではない。体調や感情で実力以上の力を発揮したり、逆に全く力を出せなくなったりするものだ。それは超人イーリヤにしても避けられない。。


「勝ち続けて興奮状態の時って能力以上の力を発揮するじゃない? でも、逆に勝って満足してしまうと不思議と人間って気持ちが緩んじゃうのよね。ましてや勝って当たり前と認識している相手なら猶更ね」

「ふむ……まあ、そうかもね」


 イーリヤは先程のヨランダ戦を思い返しながら頷いた。確かにそんな節が自分にあったと思い当たる。


「だから、準決勝では必死にイーリヤに食らいついたのよ。次のヨランダ戦の為にね」

「なるほど、イーリヤ様が力を出し切って満足されるように仕向けられたのですね」

「いつになく諦めが悪かったのはその為の布石だったわけか」


 イーリヤは感心したように頷く。


「私はまんまとウェルシェの術中にハマったのね」


 ウェルシェの指摘通り、イーリヤは消化試合だと知らず知らず油断していた。人のモチベーションまで考慮したウェルシェの策にイーリヤは感心したが、同時に疑問もある。


「聞いといてなんだけど、まだ賭けが終わる前に明かしても良かったの?」

「構わないわ。だって、魔丸投擲バルクホーガンは全員で記録を競う種目でしょ。だから選手みんなの底上げしているの。誰かがイーリヤの記録を超えてくれれば良いってね」

「なるほどね。転生ヒロインのアイリスが力を伸ばせば私に対抗できる可能性はあるわねぇ」


 悪役令嬢イーリヤに対抗できる潜在能力を持っているのはヒロインのアイリスだけだ。昨年の魔丸投擲で三位に入る実力を示している。


「残念ながらアイリス様は強化合宿に参加されてないの」


 当然ウェルシェはアイリスが最もイーリヤに勝てる見込みがあるし、オーウェンの王位継承権の件もあるから彼女には好成績を残してもらいたかった。


「誘ったんだけど悪役令嬢の力は借りないって突っぱねられちゃって」

「あちゃー」

「しょうがないから他の有力選手を全員強化したわ」

「下手な鉄砲数打てば当たるって?」


 短期間でよくここまで準備できたものだとイーリヤは素直に感心した。ふふんっとウェルシェが自慢げに胸を張る。


「それに魔丸投擲に負けたとしても、氷柱融解盤戯アイシクルメルティングは私が勝てばいいのよ」

「さすがお嬢様、なんて汚い!」

「ちゃんと正々堂々勝負してるじゃない!」

「どこがですか」

「くっくっくっ……あははは……」


 イーリヤに再び笑われウェルシェとカミラは憮然とした顔になる。


「むぅ、あんまり笑わないでよ」

「ごめんごめん、別に馬鹿にしてるわけじゃないの。ただ、ウェルシェの方が王妃に向いているなって思ってね」

「嫌よ、王妃なんて」

「ふ~ん……でもね、ウェルシェ――」


 ウェルシェの策にまんまとハマりながらもイーリヤの顔には意外と余裕が見て取れる。


「あなた自分で自分の首を絞めてるわよ」

「首を絞める?」


 イーリヤの言葉の真意を汲み取れずウェルシェは不思議そうにキョトンと目を瞬かせた。


 そんなウェルシェにイーリヤは意味深に笑った。


「ええ、たぶん次の魔丸投擲でそれがはっきりするわ」

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