第27話 その勝負、本当に勝算ありますか?

 ――氷柱融解盤戯アイシクルメルティング本戦第一回戦


「勝者、ウェルシェ・グロラッハ!」


 主審の勝利宣言に会場がわっと湧いた。


「信じられない!」

「すげぇ、本戦でパーフェクトゲームかよ」

「昨年ベスト4までいった相手だっていうのに」


 盤上は白と黒のマスが交互に並んでいる。見ればウェルシェの白マスの氷柱は綺麗に屹立きつりつしているのに対し、対戦相手の黒マスのは全て溶けて水溜りが出来ていた。


 会場は興奮冷めやらぬと言ったところ。その中を気負うでもなくウェルシェはにこりと微笑み手を振りながら競技台から降りていく。


「おめでとうございます」

「ありがとう」


 段下では眼鏡の侍女がウェルシェを迎えた。


 侍女を従え出入口へと会場の中を歩くウェルシェに祝福と賛辞が次々に送られる。ウェルシェは笑顔で応えながら会場を後にした。


 次に魔弾の射手クイックショット二回戦が控えており、すぐに準備しなければならない。ウェルシェはカミラを伴って更衣室へと向かった。


「ここまでは順調でございますね」

「我ながら上出来な滑り出しだったわ」


 更衣室に入ると汗をかいたわけでもないが、ウェルシェは軽くシャワーを浴びた。


「オーウェン殿下も予選通過した三種目とも順調に一回戦を突破したようです」

「むふふ、順調順調♪」


 ウェルシェはシャワールームから出れると姿見の前で待つカミラのところまでスタスタと歩く。しとどに濡れた髪や身体から水滴がしたたり落ちて床がびしょびしょになるがウェルシェは気にも留めない。


 昨年よりも磨きのかかった美体を惜しげもなく晒し、カミラに手伝ってもらいながら柔らかいタオルで拭きあげる。


「私もこれに勝てば明日はいよいよイーリヤとの勝負ね」

「順調なのはイーリヤ様も同様ですか」


 ウェルシェがバスタオルを巻いて鏡台の前に座れば、カミラが丁寧に髪を拭きいていく。


「あっちは私が阻まないと三種目とも優勝間違いなしだもの」


 昨年は多忙を理由に参加を辞退したイーリヤだったが、一年の時に大活躍していた。魔弾の射手で優勝しただけではなく、なんと剣部門で男達を全員薙ぎ倒したのである。


「剣闘部門と魔術部門の両方で優勝した令嬢は史上初よ」

「そんな化け物にお嬢様は本気で挑まれるおつもりなのですか?」

「あら、別に殺し合いをするわけでもないんだし問題ないでしょ」


 ウェルシェはクスッと笑う。


「それに剣魔祭は日頃の研鑽の成果を披露する場じゃない」

「それはそうですが、お嬢様が勝てない試合に意気込まれるなど考えられません」

「失礼ねッ!」


 カミラの疑いようにウェルシェはむぅっと唇を尖らせた。


「私だってマルトニア学園の生徒の一人よ」


 ウェルシェは自分の大きな胸に手を当て主張する。


「ライバル達との切磋琢磨に熱くなり、勝負が終われば互いの健闘を讃え、人生に一度しかない青春を賭けた十代の学園生活を謳歌する」


 それが若人の在り方ってもんでしょ!とウェルシェは拳を振って力説した。


「私達若人わこうどの一瞬のきらめきの中には勝ち負けよりも大切なものがあるのよ」

「汗と涙と友情の学園青春ものなど、お嬢様には全然似合いません」

「私だって十代の青少年なのに」


 カミラに一刀両断され、ウェルシェはぷぅっと頬を膨らませた。そんな態度は年相応に可愛いとは思うが、カミラは微塵も態度に現さない。


 時々ウェルシェに劣情を抱くくせに、煽情的な姿や愛らしい表情を見せられても仕事中は決して態度に現さないプロなのだ。


「試合時刻が迫ってるんですから、バカ言ってないで早く着替えますよ」

「はぁい」


 素直に返事しカミラの手を借りて白のプリーツスコートを履き、真新しいスポーツシャツの袖に腕を通す。


 ウェルシェは貴族令嬢としては異質な一人で着替えが出来るタイプだが、カミラがいる時はきちんと手伝いを頼む。じゃないとカミラが拗ねるので面倒なのだ。


 着替え終わるとウェルシェは姿見の前で身体を左右に捻ってウェアを確認する。


「ふふっ、可愛い♪」


 白い肩を露出させるノースリーブのシャツに、プリーツが揺れる白いスコート。妖精のようなウェルシェには良く似合っており、彼女自身もそのデザインが気に入ったようである。


「デザイナーとお針子達は良い仕事をしてくれたわ」

「まことに」


 ウェルシェが軽やかにくるりと一回転すれば、プリーツの裾がふわりとひるがえった。


「エーリック様もこんな私を見たらイチコロよね♪」


 姿見に映る可愛い装いにウェルシェもご満悦だ。そこはかとなく色香を漂わせながら、清楚感を失わない白いウェア。ウェルシェの美しいラインを見せながらも可愛らしさを忘れていないデザインだ。


「もう十分エーリック殿下は既にお嬢様にゾッコンではありませんか」


 エーリックはもはやウェルシェしか目に入らない。あのエロリックが他の女がどんな煽情的な服装をしていても、ウェルシェがいたら見向きもしないのだ。


(エーリック様が好きぞっこんなのは私のであってじゃないのよね)


 だが、ウェルシェとしては不安が拭えない。どうもエーリックへの恋を自覚してから、自分がどう思われているか気になって仕方がないのだ。しかし、自分ではどうすれば良いか分からない。


「たまにご褒美をあげなさいってお母様が仰っていたわ」


 だから、先達の母親の助言に従うのだ。


「ご褒美って……あまり殿下を刺激しないでください」


 だが、カミラからすれば心配でならなかった。


 水着の件でもエーリックが純情だから事なきを得たが、いつ狼に変貌するか分かったものではない。だいたい、ウェルシェの色香にあてられて、お預けをくらうなど可哀想すぎる。カミラは本気でエーリックに同情した。


「はぁい」


 口を尖らせるウェルシェの不満そうな様子にカミラはそっとため息を漏らす。


「それで、イーリヤ様との賭けはいかがされるのです?」


 さあ行くわよとドアノブに手をかけたウェルシェの背後からカミラが問う。


「どうもしないわよ?」

「このまま指をくわえられるのでございますか?」

「ちゃんと勝算はあるわ」

「勝算って……やっぱり何か仕込みがあるんじゃないですか?」

「何の事かしら」


 ウェルシェはドアノブに手を掛けたまままカミラの方へ振り返った。


正々堂々と勝負するわよ」


 満面の笑みでウェルシェはうそぶいたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る