第28話 その対戦、本当に熱闘ですか?

 ――剣武魔闘祭三日目 魔弾の射手クイックショット準決勝第一試合


『オールクリア! ウェルシェ・グロラッハ、パーフェクト!』


 わっと歓声が上がる。


 にこやかな笑顔でウェルシェは魔杖タクトを持つ手を挙げて観客席の声に応えた。


 白く華奢な肩を露出させているノースリーブのシャツに、歩く度に翻るプリーツのスカートが男達の劣情を煽る。


 だが、それとは正反対に白い競技服がウェルシェの清純さを引き立て、白銀の髪をなびかせ軽やかに歩く姿はまるで妖精。ウェルシェの背中に妖精の翅が見えるようで、穢してはならないような神秘的なものを感じる。


「さすがね」


 次にプレイするイーリヤがすれ違いざまに声をかけた。


 イーリヤは半袖の白いシャツに紅のタイトスコートという出で立ちで、彼女の美しい曲線がくっきりと浮かんでいる。


 惜しげも無く晒している女性らしい大きな起伏、それでいて袖や裾から覗く四肢は細く長い。黒く長い髪は艶やかで、挑戦的な鋭い瞳はルビーのように赤い。


 誰が見てもため息が漏れる絶対的な美の女神。イーリヤの神々しさを前にすると自然にひれ伏してしまいそうだ。


 そんな対極の美がすれ違う不可侵とも言うべき光景を目撃した観客達は神に感謝した。


「私も負けていられないわね」

「そう言う割に余裕そうだけど」


 ウィンクして笑うイーリヤの余裕にウェルシェは苦笑いを返した。イーリヤは背中を向けて手をヒラヒラ振って競技場へと足を踏み入れた。



開始10秒前オンユアマークス、9……』


 イーリヤが所定の位置につくと、カウントダウンのアナウンスが会場に響く。


『……4……3……』


 無機的なカウントダウンが続く。その中イーリヤは魔杖タクトを持った手をだらりと下げ、自然体でその瞬間が来るのを待っていた。


『……1……ピーッ!』

 ガコンッ!


 開始の合図と同時に『敵標的』エネミーターゲットがイーリヤの左前方に出現した――と、その刹那、標的に黒い魔弾バレットが炸裂。


 あまりの速さにイーリヤがいつ魔杖を振るったか誰も知覚できなかった。


 しょっぱなからの絶技に会場の全ての人が圧倒されてしまった。観客が息をするのも忘れて見守る中、イーリヤは標的を撃ち抜いていく。


 そして、全ての標的を射抜きイーリヤはクルッと踵を返した。


『オ、オールクリア! イーリヤ・ニルゲ、パーフェクト!』


 数瞬遅れでアナウンスが慌てて流れ、やっと会場の凍った時間が動き出す。わぁっとウェルシェの完全試合の時より観客席が沸いた。


 美しさを可憐と清純で包み、見る者を虜にするウェルシェ。

 強烈な美を惜し気もなく発揮し、他者を圧倒するイーリヤ。


 美しすぎる二人の競技姿は、男女問わず観客を魅了した。


 それからもウェルシェとイーリヤの対戦は続いた。


 両手に持つ魔杖タクトを舞うように振るうウェルシェは、軽やかに宙を舞う妖精。絶対的な存在感を漂わせ、圧巻の技量を披露するイーリヤは女神か女王の如し。妖精対女神の対決は全ての観客の心を掴んで離さない。


 そして、ついに二戦目も三戦目もそれぞれパーフェクトを達成しサドンデスへと突入した。


「これ決勝じゃないのかよ」

「この二人が準決勝で潰し合いなんてもったいねぇ」


 この対戦をずっと見ていたい。観客や運営スタッフ、この場にいる誰もが同じ気持ちであった。


『オールクリア! ウェルシェ・グロラッハ、パーフェクト!』

『オールクリア! イーリヤ・ニルゲ、パーフェクト!』


 ウェルシェとイーリヤの二人はお互い一歩もひかず、凄まじい戦績を積み上げていく。


「まったく、ここまでやるとは思わなかったわ」

「私にも負けられない理由があるのよ!」


『ウェルシェ・グロラッハ、パーフェクト!』


「そんなに王妃はイヤ?」

「イ・ヤ・ヨ!」

「ウェルシェはわがままだなぁ」

「おまいう!」


『イーリヤ・ニルゲ、パーフェクト!』


「そろそろ諦めたら?」

「そっちこそ!」

「まだ氷柱融解盤戯アイシクルメルティング 魔丸投擲バルクホーガンが残っているじゃない」

「冗談! どうやってイーリヤに魔丸投擲で勝てって言うのよ!」


 合間でこんな舌戦が繰り広げられているとは知らず、拮抗するベストバウトに会場は大興奮。


 既にサドンデスに入って五戦目。どちらもパーフェクトを出すのが当たり前となっていた。つまり、一つのミスが勝敗を決めてしまう。一戦一戦が緊張の連続。そんな対戦に誰もが手に汗を握って見守っていた。


『ウェルシェ・グロラッハ、パーフェクト!』


「そろそろ疲労もピークじゃない?」

「ま、まだいけるわよ!」

「あなた、この後に氷柱融解盤戯の準決勝があるんだからほどほどになさい」

「お気づかいなくぅ」

「ウェルシェ、あなた目的と手段が入れ替わってない?」

「ここまできたら負けられないわよ!」

「ウェルシェって意外と負けず嫌いの意地っ張りよねぇ」


 呆れを通り越して感心したイーリヤは感心を通り越して呆れてしまった。


『イーリヤ・ニルゲ、パーフェクト!』


「だけど、ここまでかしら?」

「ハァハァ……ま、まだまだぁ」


 余裕綽々のイーリヤに対しウェルシェは限界ギリギリのヘトヘロ状態。緊張状態で麻痺していたが、ここにきて一気に疲労感に襲われていた。


 そして――『勝者、イーリヤ・ニルゲ!』


 七戦目にして力尽きてウェルシェはミスを連発。ついに勝敗が決してしまった。


「くぅっ、負けたぁ!」

「ふふ、良い試合だったわ」


 悔しそうなウェルシェとは逆にイーリヤは満足そうに笑った。互いの健闘を讃え握手を交わせば、会場の至る所から称賛の拍手が沸きあがる。


 二人は肩を並べて観客席に笑顔で手を振った。


「やっぱウェルシェが相手だと楽しいわ」

「勝者の余裕?」

「ふふふ、他の二種目も楽しみにしてる」


 そう言い残して会場を去って行くイーリヤの背を見つめながら、負けたはずのウェルシェは口の端をちょっぴり吊り上げた。



「くすっ、勝ったつもりになるのはまだ気が早いんじゃない?」

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