第26話 その第二王子、まさか双子だったんですか!?

「ウソでしょ!?」


 貴賓席から観戦していたウェルシェは椅子から身を乗り出した。

 今しがた行われていた闘技場での試合に自分の目を疑ったのだ。


「あれ、ホントにエーリック殿下なんですか?」


 カミラも珍しく目を大きく見開いて驚いている。


 なぜカミラが場にいるかと言うと、今年の剣武魔闘祭でウェルシェは護衛兼侍女を学園内に同伴することを特例として認められたからだ。これは昨年の不祥事を受けてのことである。


 何分にもウェルシェは絶世の美少女。未だに彼女に懸想する令息が少なからずいる。ケヴィンのようにウェルシェの美貌を前にストーカーへと変貌されないとも限らない。また昨年のケヴィンみたいな事件を起こされては学園としてはたまらないのだ。


「今のってエーリック様の圧勝よね?」

「ええ、私の見たところ百戦しても百勝すると思います」


 エーリックvs.クラインの予選決勝。


 オーウェン達にテコ入れしたウェルシェとしてはクラインにも頑張ってもらわねばならなかった。ところが、その強化したクラインがエーリックと対戦すると聞いてウェルシェは慌てて観戦にやってきたのだ。


「レーキ様達がかなり頑張ってたみたいだったから、エーリック様のピンチだと思ったのに」

「まさか一蹴されてしまわれるとは……」

「もしかしてクライン様ってぜんぜん成長していないの!?」


 オーウェン達の成長が予想より下回っている可能性が出てきた。これではウェルシェがせっかく裏から手を回して優先的に特訓できるように便宜を図ったのに、全てが無意味となってしまう。


「オーウェン殿下や他の方々は大丈夫かしら?」

「他の面々はちゃんと予選通過したみたいですよ」


 カミラの報告にウェルシェはホッと胸をなでおろした。しかし、そうなるとエーリックとクラインの試合が不可解である。


「あれエーリック様よね?」

「ええ、そのようでございましたが」


 隣に立つ茶髪の専属侍女は眼鏡のヨロイを中指と人差し指でクイッと持ち上げた。いつもの無表情で動揺した様子もない。


「どうしてエーリック様が圧勝してるの!?」

「それだけ努力なさったのでしょう?」

「でもでも、あんなにカッコ良いなんてエーリック様じゃないわ!」


 自分の婚約者になんとも酷い言いようである。


「それだけご自分を磨かれたのでしょう?」

「でもでも、あの変わりようは幾らなんでも変よ!」

「……愛の力じゃありません?」

「えっ♡」


 いい加減めんどくさくなってカミラはテキトーに回答したが、ウェルシェは思わずポッと頬を染めてしまった。


 どんなに腹黒なウェルシェでも乙女は乙女。

 愛されて悪い気がしないのが乙女心なのだ。


 ウェルシェと言えども夢見がちな少女の気質は僅かながらでもあるらしい。まあ、ウェルシェを構成する成分の1%にも満たないだろうが。


「お嬢様?」

「んっんっ、ゴホン、ゴホン」


 いつもと違う主人の様子にカミラが怪訝な顔になり、ウェルシェは咳払いして誤魔化した。


「それにしても人が変わったような頼もしさだったわ」

「そうですねぇ」


 ふむ、とカミラは再び眼鏡のヨロイを中指と人差し指でクイッと持ち上げた。


「お嬢様、疑問をつまびらかにしていく、その積み重ねの先に真実はあるものです」

「うんうん、それで?」


 カミラが何やらもっともらしい事を口にするので、ウェルシェはコクコク頷いて耳を傾けた。


「お嬢様が疑問に思われるように、先程のエーリック殿下がエーリック殿下らしくないのは確かです」

「そうね、ホントに別人のようだったわ」

「まるで別人のよう……それこそ詳らかにすべき疑問!」


 カミラが人差し指をズバッビシッ!っとウェルシェの鼻先に突きつける。


「いつもオドオドオロオロと自信の無いヘタレ殿下が……」

「ちょっ! エーリック様は仮にも私の婚約者なんだからもっとオブラートに包みなさい!」

「どこまでも頼りないへっぽこ殿下があれほど華麗な剣技を披露するなんてありえません」

「間違ってないけどぉ、間違ってないけどぉ……他人から言われたくないわ!」


 さすが腹黒令嬢ウェルシェの無二の腹心カミラ!

 侍女のくせに主人の婚約者でも全く容赦しない。


「まるで別人……それもそのはずです別人なのですから」

「はぁ?」


 カミラの突拍子も無い発言にウェルシェは間の抜けた声を上げた。


「それがあり得ない、バカげていると思えるような事でも、事実を積み上げた先にあるものが真実なんです!」


 もっともらしい事を述べるカミラにウェルシェは目をパチクリさせた。


「考えてもみてください。いつもお嬢様の巨乳に鼻の下を伸ばし隙あらばこそっと触れようとするムッツリ殿下があんなにカッコいいわけがないのです」

「私の婚約者だって言ってるのにぃ」


 泣き言を漏らす主人にもカミラは全く怯まない。


「だいたい、あれはエーリック様で間違いないわ。あんな天使みたいな綺麗な顔がそうそう他にいるわけないじゃない」

「確かに中々お目にかかれない美少年ではあります」

「でしょでしょ?」

「ですから考えられる可能性は一つ!」


 カミラが自分の眼前に人差し指を立てる。


「エーリック殿下は双子だったのです!」

「ええ! そんな話聞いた事ないけどぉ」


 衝撃の新事実!


 きっと、試合に出ていたのは弟でエロリックとかヘロリックとかいうに違いない。


「きっと王家の秘密に違いありません。怖いです。恐ろしいです。私達は王家の禁忌に触れてしまったのです!」

「マルトニアに双子を忌避する文化はないわよ」


 バカ言ってんじゃないよ、とウェルシェはもうカミラの遊びを打ち切った。


「まあ、冗談はさておき、殿下の剣には積み上げた者の重さを感じました」

「エーリック様の日頃の努力がここにきて結実したのね」

「動機に不純なものを感じます。どうせ殿下の事ですからお嬢様とのエロエロが目的に違いありません!」


 不潔ですあのスケベ殿下!とカミラが決めてかかるので、ウェルシェは苦笑いした。


「もう、エーリック様は確かにちょっとエッチだけど真面目でお優しい方よ。だいたい、そんな不純な動機だけで三種目も本戦進出できないわよ」


 まさかスケベパワーぼんのう全開でエーリックが予選突破したなどとウェルシェも思わなかった。


「お嬢様も今年は三種目本戦出場ですね」

「ええ、なんとかね」

氷柱融解盤戯アイシクルメルティング魔弾の射手クイックショットはお嬢様のお得意な分野ですから当然として、意外だったのは魔丸投擲バルクホーガンまで危なげなく本戦に進まれるとは思いませんでした」

「言ったでしょ。私は正々堂々とイーリヤの優勝を阻止するって」

「本当に審判も実行委員も買収されておられないのですか?」

「するわけないでしょ」


 疑惑の目を向けるカミラにウェルシェはクスリと笑って返した。


「ちゃんとイーリヤを負かしてみせるわ」


 その笑いに忠実なる侍女の疑いはいよいよ深まった。


「なぁんか怪しいんですよねぇ」

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