第23話 その賭け、本当に正々堂々やるんですか?

「本当にイーリヤ様と勝負なさるおつもりなのですか?」


 ウェルシェにお茶を用意しながらカミラが尋ねた。琥珀色の液体で満たされたカップを口に運び、ウェルシェは一口コクンと音も無く嚥下する。


 口に広がる紅茶の渋みと芳香はウェルシェの好みに良く合うものであったが、特に表情には出さず澄まし顔を崩さない。


「当然よ」

「ちょっと意外です。お嬢様はこんな賭けはなさらないと思っておりましたが」

「どうして? 負けても私に失う物はないのよ?」


 このままではイーリヤが重い腰を上げてくれる事はないだろう。それなのに向こうから譲歩してくれたのだ。これに乗らない手はない。


「ですが、相手は剣も魔術も天才の武闘派令嬢ですよ」

「そうね、私ではまともに正面から戦って勝てる相手ではないわね」

「お嬢様は勝ち目の無い勝負は挑まないと思っておりましたが」


 ウェルシェは利と理を愛する合理主義者。基本的には無駄な事はしないとカミラは信じていた。


「勝ち負けなんて関係ないでしょ。剣魔祭は日頃の成果を披露する場よ」


 もっともらしくウェルシェは主張するがカミラはジト眼を向けた。


「そんなこと言って、また何かするおつもりなんじゃないんですか?」


 基本を外して例外的にウェルシェが無駄な行為に及ぶのは決まって悪戯の時だともカミラは重々承知している。


「カミラはちょっと私を疑い過ぎじゃない!?」

「どうして疑われないと思われるのです?」


 当然疑いますよとカミラに言われて、額に手を当て首を振りながらウェルシェが酷いと嘆いた。


「カミラだけは私を信じてくれると思ったのに」

「日頃のご自分の言動を省みていただきたいものです」


 キラッとウェルシェの涙が光ったが、腹黒令嬢の涙など微塵も信じないが腹黒の専属侍女。続けてカミラは平然と言ってのけた。


「むしろ、私じゃなければお嬢様を信じたでしょうね」

「……カミラのような勘のいい侍女は嫌いだよ」


 他の者ならあっさり騙されていただろう迫真の泣き真似も、長年つるんでいるカミラには白々しく映るのだ。


「で、実際のところ何を仕掛けられるのです?」

「失礼ね、ちゃんと私の手でイーリヤの優勝を阻止してみせるわよ」

「審判の買収ですか? それとも大会実行委員? いえ、会場に罠を設置する手もありますか」

「……ねぇカミラ、あなた主人をなんだと思っているの?」


 あまりに専属侍女から信用がなくて、割と本気でウェルシェは頭を抱えたくなった。


「私、そこまで不正をやった記憶ないんだけど?」

「ではホントに何もされないおつもりですか?」

「まさか!」


 案の定、ハッとウェルシェは鼻で笑った。


「当然、勝つ為の準備はするに決まってるじゃない」

「やっぱり!」


 当たり前じゃないと胸を張るウェルシェに頭が痛いとカミラがこめかみを押さえた。


「だって、魔丸投擲バルクホーガンじゃ、どうやったって私に勝ち目ないもの」

「まあ、魔力量がものを言うあの競技ではお嬢様に分が悪いですからねぇ」

「魔丸投擲は魔力量が全てではないけれど、それでもイーリヤとの差は技術云々でどうにか出来る差じゃないわ」


 繊細な魔力操作に定評のあるウェルシェだが、イーリヤだって決して劣っているわけではない。しかも、魔力量の差は絶望的なまでに隔絶している。


 となれば普通に勝負をすれば三種目のうち一つは始めから負け確なのだ。こんな賭け、まともにやってたらウェルシェはイーリヤに勝てるはずもない。


「それで今回もレーキ様達に色々と働いてもらうつもりなの」

「いったい彼らに何をやらせるおつもりなのです?」


 悪戯っぽく笑うとウェルシェは立てた人差し指を唇に当てた。


「それはね、ひ・み・つ」


 またレーキ達はこき使われるのかとカミラは彼らが憐れでならない。こんな腹黒と関わったばかりに。


「それから、ついでにオーウェン殿下のテコ入れもしてもらうつもり」

「オーウェン殿下の? 何故です?」

「だって、オーウェン殿下には後一年で活躍してもらわないといけないのよ。剣魔祭は格好のアピールの場じゃない」

「なるほど、剣魔祭で優勝できれば成績不良にも言い訳は立ちますね」


 剣武魔闘祭は意外と国中から注目される学園祭である。ここでの成績が将来に関わるケースもあり、評価として決して侮れないのだ。


「では、やはり審判買収しますか?」

「なんでそう不正をさせたがるのよ!」

「だって、どう考えてもオーウェン殿下と愉快な仲間達が素で勝てるわけないじゃないですか」


 そんなん無理ゲーじゃんとカミラははなから決めてかかっている。無理もないかとウェルシェも思うが、だからといって不正をしようとは考えていない。


「それで殿下達が優勝したとして、王妃殿下が調査しないと思うの?」

「まあ……王妃殿下なら間違いなく調べますね」


 カミラでさえ疑うのだから実の母であるオルメリアが疑心を抱かぬはずもない。ましてや彼女は実の息子さえ国の為なら廃嫡も辞さない厳しい女性だ。


「不正がバレたら元も子もないでしょ」

「ふむ、それもそうですね」

「実はアイリス様も同じ事を考えたみたいで、目下オーウェン殿下達は剣魔祭に向けて猛特訓中みたいなの」

「ほう、あの狂女様は意外とまともな手段を選択されましたか」

「ただ、彼らは顰蹙を買ってるし、オーウェン殿下の廃嫡の噂が流れたせいで思うように訓練できないみたい」


 みなが敬遠してオーウェン達を避けるものだから、特訓相手にも困っているようだ。


「だから、レーキ様やジョウジ様にこっそり彼らの特訓の便宜を図ってもらうつもりなの」

「それではホントに正攻法で勝負されるのですか!?」

「ふふふ、ちゃあんと正々堂々勝負するわよ」


 イタズラっ子のようにウェルシェは楽し気に笑った。


「きちんと私の手でイーリヤの優勝を阻んでみせるわ」

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