第22話 その童話、本当に真実ですか?

 童話『雪薔薇の女王』――


 昔々、常春の『薔薇の国』がありました。そこを治める『薔薇の女王』はたいそう美しく、胸に赤い薔薇を咲かせておりました。その薔薇の力『春薔薇の季節』のおかげで『薔薇の国』はいつも穏やかな春の季節なのでした。『薔薇の女王』の力は偉大で、誰もが平和は永劫に続くと信じておりました。

 ある日、お城の舞踏会で東の国から来訪した王子様が薔薇の女王を見初めて愛の告白をしました。『薔薇の女王』も素敵な王子様をすっかり気に入ってしまい、二人は愛を交わし結婚の約束をしました。


 二人を国中が祝福しました。東の国からも二人を祝おうと大勢の人々が訪れたのでした。ところが、東の国の王子の真の目的は『薔薇の国』を乗っ取ることだったのです。彼の薔薇の女王への愛は全て偽り。気がついた時には遅く、来訪者を装った東の国の兵隊達は『薔薇の国』を蹂躙していきました。

 裏切られた『薔薇の女王』はとても傷つき、その優しく温かな心は氷のごとく凍てついてしまわれたのです。そのせいで彼女の胸に咲いていた赤い薔薇が氷雪のように白く変貌しました。『薔薇の女王』は『雪薔薇の女王』になってしまったのです。すると彼女の能力も『春薔薇の季節』から『雪薔薇の季節』へと変わり国は終わることのない冬の世界に閉ざされてしまいました――



「それで薔薇の国も送り込まれた東の国の兵も全滅しちゃうの」

「最後は西の国の王子が『春薔薇の指輪フリューリング』に『雪薔薇の女王』の凍てついた心を封じて国を救ったのよね?」


 ウェルシェの補足にイーリヤは頷き返す。


「ええそうよ。昨年、私が修学旅行で聞いた講義によると、薔薇の国は古代ロゼンヴァイス王国で、東の国はトリナ王国、西の国は今のマルトニア王国を指すんだって」


 この童話はトリナによるロゼンヴァイス侵攻と現在のマルトニア建国の史実を元にしていると言われている。


「トリナ王国かぁ」


 その国名にウェルシェは少し憂鬱になった。好色王子トレヴィルを思い出したからである。なんとなく童話で薔薇の女王を裏切る王子様がトレヴィルと重なった。


「だからと言うわけでもないけどトレヴィルには気をつけなさい」


 どうやらイーリヤも同じ事を考えたらしい。


「今のところトリナは友好国だけど童話にもあるように油断ならない相手よ」


 妃教育を受けているイーリヤは各国の情勢についてウェルシェよりも詳しい。彼女の口振りからすると、マルトニアとトリナは仲良くしているように見えて水面下では色々と策謀を巡らしあっているのだろう。


「それに『雪薔薇の女王』の話にはトリナ王国が関係してるでしょ。イベント『雪薔薇の女王』にはトレヴィルが絡んでいるんじゃないかしら?」

「どうして? 昔話とトレヴィル殿下には関係がないでしょ?」

「もしかしたらトレヴィルは隠れキャラかもしれないわ」

「隠れキャラ?」

「ええ、一定条件を満たすと出現する攻略対象の事よ」


 その説明を受けてウェルシェはげんなりした。そう言えばアイリスも以前トレヴィルのルートがどうのと口走っていたと思い出したのだ。


「たぶんだけど、このイベントはトレヴィル攻略の鍵になるんじゃないかしら」

「アイリス様の件だけでも頭が痛いのに国際問題にまで発展するのは勘弁よ」

「あら、簡単な解決方法があるじゃない」

「どうせロクな方法じゃないでしょ?」


 イーリヤがニヤッと笑った。ウェルシェは嫌な予感しかしない。そんな上手い話があるものか。腹黒令嬢は他人を簡単には信じないのだ。


「ウェルシェがさっさとエーリックと結婚して王妃になればいいのよ」

「やっぱり!」


 ウェルシェは腕を組んでそっぽを向いた。


「イヤよ王妃なんて! イーリヤがオーウェン殿下との関係を修復して王妃になってくれればいいじゃない」

「私も王妃は嫌なんだけど」


 二人のやり取りに我がままな人達だとカミラは思ったが、出来る侍女は黙って給仕に徹した。


「それにオーウェンはもうアイリスに攻略されちゃったから卒業パーティーでのザマァイベントは確定なのよね」

「何がザマァよ」


 バンバンッとウェルシェがテーブルを叩くと紅茶が零れそうになり、カミラは僅かに眉をしかめた。


「ここは現実世界であってゲームの中じゃないわ。今のままじゃオーウェン殿下達は破滅するし、その影響は国民にも及ぶかもしれないのよ」

「民の為か……ウェルシェは生粋の貴族ね」


 ウェルシェは自分が王妃になりたくないだけなのだが、それを知るカミラは賢明にも口を閉じた。


「イーリヤだって貴族でしょ」

「耳が痛いわね」


 目を閉じて少しの間イーリヤは考え込む。再び目を開けるとふっと笑った。


「確かに私にも侯爵令嬢として自領の民に、この国の民に対して責任があるわ」

「だったらオーウェン殿下との……」

「だけど、それは王妃にならなくとも果たせるでしょ?」

「そんな言い訳じゃ誤魔化されないんだから」

「そんなつもりじゃないんだけどなぁ」

「絶対に逃がさないんだから!」


 執拗なウェルシェにポリポリと頭を掻いてイーリヤはハハハッと苦笑いを浮かべた。


「しょうがないなぁ……それじゃ賭けをしましょ」

「賭け?」

「そう、再来月に剣武魔闘祭があるじゃない?」


 もうそんな時期かとウェルシェは昨年のケヴィンの騒動を思い出した。あれから一年近くも経っていることになる。


「ウェルシェは氷柱融解盤戯アイシクルメルティング魔弾の射手クイックショットに今年も出場するのでしょう?」

「ええ、まあ……」

「私も出るからそれで勝負しましょ」

「イーリヤが出場するの?」


 これまでイーリヤはほとんどの学園の行事に参加してこなかった。イーリヤの能力を惜しむ声もあったから、彼女が剣武魔闘祭に参加を表明すればかなりの話題になるだろう。


「ウェルシェとなら戦ってみたいなって思ったの」


 面白そうだからと楽し気なイーリヤにウェルシェは首を傾げた。


「私じゃイーリヤに勝てないわよ」

「あら? 氷柱融解盤戯に関しては敵無しの腕前だって聞いてるわよ」


 ケヴィンのせいで不戦敗となったウェルシェであるが、昨年の優勝者マリステラ・マクレーンをして勝てないと言わしめた実力の持ち主なのだ。


「二種目じゃ切りが悪いから、後は魔丸投擲バルクホーガンにも出場してね」


 魔丸投擲バルクホーガンは昨年アイリスが出場していた別名脳筋球技。アイリスやイーリヤのようにバカ高い魔力を保有している者が有利な競技である。どう考えてもウェルシェが勝てる種目ではない。


「それで私が二つ以上優勝すれば私の勝ち」

「イーリヤの優勝を阻止したら私の勝ちってわけね」


 だが、ウェルシェは少しだけ考えるとニヤッと笑った。


「いいわ、きっと私がイーリヤの優勝を阻止してみせるから」

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