第21話 その公爵令嬢、本当に軽くないですか?

「はろはろ〜ウェルシェ」


 ウェルシェ達が修学旅行から急遽帰ってきてすぐ、グロラッハ邸を軽い感じでイーリヤが訪ねてきた。


「修学旅行は大変だったみたいね」


 ウェルシェの水着お色気攻撃により幾人もの令息が鼻血の海に沈んだ。しかも、エーリックまで鼻血ブーで卒倒したのである。


「もう、エーリック様ったら肝心なところで卒倒しちゃうんだもん」

「私は修学旅行が中止になった件を言っているんだけど」


 そして事件の翌日、修学旅行は中止が決定となり生徒は全員帰宅となった。ウェルシェの引き起こした流血事件が原因……ではなく、ルインズで世紀の大発見があったからである。


 遺跡荒らしを防ぐ為に兵が送られ、身元不明の不特定多数の者達までルインズに流入したのだから貴族子女の安全を確保の為にも仕方があるまい。


「えっ、あっ、うん、そ、そうね……色々大変だったみたいね」

「それで? エーリックと何かあったのかしら?」


 ウェルシェの迂闊な発言をイーリヤが聞き逃すはずもなく、くすくす笑いながら追及してきた。しまったとウェルシェの目がキョロキョロと落ち着かなくなる。


「へぇ、ふぅん、そうなんだ」

「な、なによぉ」


 意味深なニヤニヤ笑いを浮かべるイーリヤにウェルシェは口を尖らせた。


「ウェルシェとエーリックがねぇ。そっかぁ夏の海で一線越えちゃったかぁ」

「なんですって!?」


 ダンッと両手をテーブルに突いてカミラが目を剥いた。


「お、お、お、お嬢様! まさかエーリック殿下といかがわしい振る舞いをなさったのですか!」

「してないわよ!」

「いくら婚約者が相手でも婚前交渉は許しませんよ!」

「ちょっと大胆な水着で迫っただけよ」


 カミラのお説教についウェルシェが秘密にしていた事を暴露してしまった。ウェルシェはしまったと口を閉じたがもう遅い。主人を愛するカミラはご立腹だ。


「まさか若草色の水着の方を持っていかれたのですか!」

「だって、カミラの勧めたのって首から足首まで覆う完全ボディスーツじゃない!」


 あんなの水着じゃないし可愛くないわよとウェルシェが頬を膨らませた。


「か、可愛いって、あんな露出の激しい水着がですか!」

「あれくらい今じゃフツーよ!」

「ふーん、すっごいセクシーな水着でエーリックに迫ったんだ」


 そんな可愛らしいウェルシェと過保護なカミラのやり取りに、悪戯心が沸いたらしいイーリヤの揶揄い茶々が横から入る


「ちょ、ちょっと水着姿で抱き合っただけよ!」

「十分破廉恥です!」

初心うぶなウェルシェに先を越されるとは思わなかったわ。まさかウェルシェが一夏の想い出作りアバンチュールをねぇ」

「未遂よ未遂、けっきょくキスする前に……」


 ハッと口が滑ったとウェルシェは慌てて口を押さえた。が、既に遅し。


「へぇ、だいた〜ん、ウェルシェからねだったんだぁ」

「お嬢様!」


 イーリヤはニマニマとにやつき、カミラは目を三角にして憤慨する。


「別に良いでしょ! 頑張ってるエーリック様にちょっとしたご褒美よ」

「何度も申し上げておりますが、お嬢様の巨乳それは凶悪なんです」


 胸をカミラに指でチョンチョン突かれ、ウェルシェは庇うように両腕で胸を隠した。


「もう、主人の胸を突かないの」

「ぐへへ」


 指に伝わる柔らかい胸の余韻と腕の押し潰されぐにゃりと形を変える巨乳の視覚的効果がカミラの脳を直撃。いつも無表情のカミラが嵐を呼ぶ園児のごとく不気味な笑いを浮かべた。


「ちょっとカミラ、あなた顔がエーリック様になってるわよ」

「んっんっ、ごほんごほん」


 胡乱げな目で見られてカミラは咳払いして表情を取り繕う。


「しかも、あんな裸同然の破廉恥な水着では完全凶器です」

「そう言えばウェルシェが何人も男子を悩殺して病院送りにしたって聞いたわね」

「いったい何をしたんですかお嬢様!」

「私は何もしてないわよ」


 心外だとばかりにウェルシェは憤慨した。


「キャロルがいきなり私のパーカーを脱がしたの!」

「脱がした!?」

「胸の辺りまで引き下ろされただけよ。そしたら近くの男子が数人鼻血出して倒れて担架で運び出されたの」


 肩脱ぎして必死に胸元でパーカーを押さえるウェルシェの姿を想像してカミラとイーリヤが遠い目をした。


「それはホント凶器だわ」

「未熟な貴族令息には目の毒ですね」


 二人には煽情的な姿が視界に飛び込んで鼻血を噴射して倒れていく青少年達の光景が目に浮かぶようだ。


「そうやって無自覚に周囲を魅了しまくるから言い寄る男子が減らないのよ」


「お嬢様にはもう少しご自分の魅力値を自覚なさって欲しいものです」

「あ〜ムリムリ、ウェルシェってば恋愛音痴だから」

「腹黒なのにお嬢様はどうして男女の機微が理解できないのか」

「なによ二人して!」


 恋愛音痴の腹黒令嬢だと二人から残念な子を見るような目を向けられ、ウェルシェはぷぅっとむくれた。


「今はそんな事はどうでもいいじゃない!」


 だが、分が悪いと悟りウェルシェは強引に話題を変えた。


「それよりアイリス様が発見した遺跡の方よ」

「確かにあれは凄い大発見よねぇ」


 今や王都ではルインズの遺跡の話題で持ちきりだ。


「ただ、話を聞いた感じだと偶然ってわけじゃなさそうね」

「やっぱり、あれが前にアイリス様が言ってたイベントじゃないかしら?」

「たぶんそうだと思うわ」


 ウェルシェの推測にイーリヤも頷いて賛同した。


「ただ、私も全てのイベントを知ってるわけじゃないの」


 乙女ゲーム『あなたのお嫁さんになりたいです』には数多くのイベントが存在する。その全てを網羅するほどイーリヤは前世でゲームをやり込んではいなかった。


「アイリス様は遺跡でイベント『雪薔薇の女王』が始まるって言ったみたいだけど」

「雪薔薇の女王ねぇ」


 ――『雪薔薇の女王』


 それはマルトニアでは誰もが知っているほど有名な童話である。

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