閑話アイリス③ 我が生涯に一片の悔いなし!!

「よっしゃーッ!」


 わが生涯に一片の悔いなし!!とばかりにアイリスは右拳を天に突き上げた。


「『雪薔薇の指輪フローゼンエンゲージ』ゲットォ!」


 指がキラリと光る。その輝きは白き薔薇のレリーフを施した指輪。


「ゲームのお約束を理解しないクソ教師に取り上げられそうになって焦ったけど……」


 あの日、新たな発見のあった場所で考古学教師はアイリスから雪薔薇の指輪を取り上げようとした。遺跡で出土した発掘品なのだから当然なのだが、アイリスの視点では自分の物を取り上げようとする蛮行である。


 なんとか死守したのだが、揉めている間にエーリックが姿を消していた。彼はこれ幸いとウェルシェの元へと馳せ参じたのである。


 アイリスからすれば敵に塩を送ったのと同じだ。だから、考古学教師に恨みを抱くのは無理からぬこと、とアイリスは思っている。


「まあ、いいわ」


 自分の指にはまる雪薔薇の指輪をうっとり眺めてアイリスは不気味に笑う。


悪役令嬢どもあいつらにはさんざん脅されたけど……ざまぁ、これで立場は逆転よ!」


 修学旅行ではように雪薔薇の指輪を手に入れられたし、薔薇の間の隠し通路も無事出現した。


 これでイベントのフラグが立ったのである。

 やっぱり、ここはゲームの中の世界なのだ。


「これでイベント『雪薔薇の女王』の発生条件は揃ったわ」


 今後のイベント進行と解決の為の雪薔薇の指輪もアイリスが所持している。


「ゲームの設定通り遺跡調査隊が組まれて、ルインズには墓場ドロボー達が集まってるって話だし……これならきっとイベントは発生するわ」


 現在、ルインズには急遽警備の兵が送られているが、それ以上に新たな遺跡で一攫千金を狙う者が続々と集まっている。彼らは夢と浪漫を求めて危険な遺跡に挑む冒険家だ。法を破って遺跡に潜り込むのは決して不埒な欲望の為ではない……たぶん?


 なんにせよ、現在ルインズには身元不詳のならず者が溢れかえっている。そのせいで治安が現在進行形で悪化しており、王都から送った警備兵だけでは手が回らなくなるのも時間の問題だ。


「警備が手薄になった遺跡に遺跡ドロボーが侵入すればアイツが復活よ」


 アイツ――故ロゼンヴァイス王国を極寒地獄へと変えた雪薔薇の女王。それがアイリスの真の目的だった。


「ふふふ、イベントでは雪薔薇の女王がルインズを氷漬けにしちゃうのよね」


 そうなればマルトニア王国は被害甚大だ。


「その損害が大きければ大きいほど私にとって都合が良いわ」


 自分の手で人々をピンチに追いやり、頃合いを見計らって颯爽と現れ雪薔薇の女王を討伐する。


「そうすれば解決した時に私達のお株が上がるってもんよね」


 人の迷惑を省みない盛大なマッチポンプである。被害が出ると知っていながら躊躇の無いアイリス。良心が痛まないのかと疑いたくなる所業だ。


「オーウェン達も予定通り順調にレベルアップしているし、剣魔祭でも活躍できればまさに一石二鳥よね」


 剣魔祭の優勝と雪薔薇の女王事件解決はゲームにおいて評価ポイントが高かった。きっと、オーウェンの廃嫡も回避できるはず。


「私とオーウェンの評価もうなぎ登りなの間違いなし!」


 アイリスは笑いが止まらない。


「あのいけ好かない王妃オバさんだって、これなら文句ないでしょ」


 実の息子を廃嫡しようとする非道な母親もぐうの音も出ないだろう。


「あの悪役令嬢どもにさんざん脅されたけど……」


 先日のお茶会を思い出せば、アイリスの小さな胸はムカムカではち切れそうだ。


「何がこのままだと私も無事に済まないですよだ!」


 大きなお世話だとアイリスは鬱憤を吐き捨てる。


「無事に済まないのは悪役令嬢のあんた達なんだからね!」


 ザマァ、とアイリスはイーッと舌を出す。


「ただ、問題はトレヴィルのフラグを立てられていない事よね」


 ゲームならトレヴィルの好感度を一定ラインまで上げればイベントに参加してくれるようになる。そうなればトレヴィルの攻略条件を満たせるのだ。


「残りの期間でトレヴィルのフラグを立てられるかしら?」


 イベントが本格的に始まるまで間も無く。あまり時間的な猶予はない。


「まあ、無理だったとしても最悪ノーマルクリアでも問題ないか」


 攻略の最低条件である『雪薔薇の指輪フローゼンエンゲージ』はアイリスの手中にある。トレヴィルの攻略は断念しなければならないが、イベントはクリア可能なのだ


「でも、まずはその前に剣魔祭よ!」


 剣武魔闘祭まであと僅か。今年もアイリスは魔丸投擲バルクホーガンに参加する予定だ。


「昨年は三位だったけど、あれから魔力を上げてきたんだもの……」


 ここまではゲームと同じ展開だ。この一年で優勝に必要な魔力にまでじゅうぶん達した。


「私の優勝間違いなしよ!」


 再び拳を天に突き上げるアイリスはもう勝利を疑っていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る