第4章 その世界、本当に乙女ゲームですか?

閑話イーリヤ① 悪役令嬢の杞憂


「やっぱりゲーム通りに進行しちゃうのね」


 ため息を漏らしたイーリヤの顔は暗い。


「オーウェンとの婚約も回避もできなかったし、なるべく学園には近づかないようにしてもヒロインのフラグは勝手に立ってたみたいだし」


 公爵令嬢イーリヤ・ニルゲは元日本人の転生者である。


「魔術のある世界に転生したって知った時はテンション上がったんだけどなぁ」


 前世でも頑張り屋の優等生だった彼女は、絶対すごい魔術師になってやると情熱を注いで幼少期から猛特訓を重ねたものである。


 もちろん真面目な彼女は公爵令嬢としての責務も怠らなかった。勉学や貴族のマナー、その他にもできる事はなんでもやった。さらに、ニルゲ公爵家の財政にも寄与すべく商会を設立した。商売があたり今やマルトニア王国でも屈指の大商会となっている。


 まあ、イーリヤ自身にもちょっとやり過ぎた感がないでもない。


「この身体って凄いスペック激高で、やればやるだけ伸びるもんだから面白かったのよねぇ」


 努力すれば結果が返ってくるのは嬉しいものだ。


「それに前世ではこれからって時に死んじゃったから、采配を振るえるのが楽しかったし」


 前世のイーリヤは運が良い方ではなかった。だが、努力に努力を重ねて大学に進学し、就活も頑張って大手の内定をもぎ取ったのである。


 ところが、未来に大きな夢を抱いてさあこれからという時に、痴情のもつれに巻き込まれて死んでしまったのだ。それで無念を晴らすようにがむしゃらに頑張った。


 痴情のもつれと言ってもイーリヤとは全くの無関係。姫と持ち上げられてサークルクラッシャーしていた知人が取り巻きに襲われたところに居合わせて巻き込まれたのだ。


「だけど、やり過ぎたせいであんな事になるなんて」


 頭痛でもするかのようにイーリヤはこめかみを押さえて嘆く。


「王家に……王妃様に目をつけられちゃうなんて……」


 激高のイーリヤの能力が注目されて、王家から第一王子オーウェンとの婚約が打診されたのだ。その時になって初めてここが乙女ゲーム『あなたのお嫁さんになりたいです』の世界と知ったのである。


「仕方ないわよね。あの子に勧められて軽くやった程度の私じゃ直ぐには分からないわ」


 もともとイーリヤにゲームをする趣味はない。例のサークルクラッシャーのオタクっ娘に押し付けられたゲームだった。


 ただ、根っから真面目なイーリヤは一通りクリアしたのだ。なんとも律義で損な性格をしている。


「出来ればオーウェンとの婚約は回避したかったけど……」


 あれこれ理由をつけて断り続けたのだが、最後にはオルメリアの熱烈なラブコールを無視できなくなったのだ。せめてもの抵抗と契約の条件に浮気などのペナルティ事項を結ばせた。


「案の定、ヒロインが登場してオーウェンは浮気しちゃうし。でも、婚約解消の条項を入れたのは正解だったわね」


 オーウェンが浮気した段階で王家の有償で婚約は解消する旨を条件にごり押しした自分を褒めてやりたい。


「とにかくザマァだけは回避よ!」


 なるべく学園には近寄っておらず、今のところアイリスと接点はない。オーウェンが浮気を始めたが、これは計画通り王家の有償で婚約解消ができるのでむしろ歓迎だ。


 現行はイーリヤの描いた絵の通りになっている。


「ただ、おかげで二度目の楽しい学園生活は一年で終了ね」


 友人もほとんど作れず、青春を謳歌はできなかった。それもこれも全て男達を攻略しているヒロインのせいだ。


「まったくハーレムルートなんて……まともな人間なら選ばないわよ」


 だいたい狙っても難しいのだから、ルート攻略を熟知していないと不可能だ。


「間違いなくアイリスは転生者ね。前世もサークルクラッシャーのせいで散々な目に遭ったのに……ホント私にとってハーレム女は鬼門なのね」


 全く、おかしな女とばかり縁がある。

 イーリヤは深いため息を吐き出した。


「それにしても、ウェルシェも転生者なのかしら?」


 イーリヤが入学式の時から注目していたのはヒロインのアイリスだけではない。


「ウェルシェは確かエーリックルートとケヴィンルート限定の悪役令嬢だったはずよね?」


 自分と同じ境遇である悪役令嬢ウェルシェの動向も調べていた。ヒロインのせいで酷い目に遭わされるのは忍びなく、状況によっては助けの手を差し伸べようかとイーリヤは考えていたのである。


「ゲームとは違った行動をしているように思えるけど」


 ところが、ゲームでは婚約者に塩対応のはずのウェルシェがエーリックと良好な関係を築いていた。しかも、ケヴィンのストーカーになるはずなのに、逆に彼を蛇蝎の如く嫌っているではないか。


 どうにもウェルシェの状況が変である。

 もしかしたらもしかするかもしれない。


「これはちょっと確認してみる必要があるかもね」

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