第16話 そのビーチ、本当に太陽がいっぱいですか?


 ルインズを南下したところに王族が保有しているロイヤルビーチがある。


 どこまでも広がる青い海、汚れなき白い砂浜。近づけば海面は澄んでいて底まで透き通って見える。砂をすくえば指の間からサラサラと零れ落ち、小石一つさえ落ちていない。


 マルトニア王国の誇るとても美しい砂浜だ。


 しかし、ここは完全王国管理の為、普段なら貴族といえど足を踏み入れる事が許されていない。


 ところが、ビーチにマルトニア学園の生徒達の声がにぎにぎしい。いつも貴族教育で抑圧された少年少女達が無防備な水着に着替えはしゃいでいる。修学旅行の期間だけ生徒に開放される国王の粋な図らいだ。


 吹き抜ける風に潮の匂い、青い空を流れ行く大きな白い雲、白い砂浜に降り注ぐ強い陽射し……


「太陽がいっぱい……ですわ」


 夏空の太陽から目を守るように手を額にかざし、ウェルシェはアンニュイに呟いた。


「もう、そんなとこでなに黄昏たそがれてんのよ」


 一人たたずむウェルシェに親友のキャロルが走り寄ってきた。


 栗毛色のくせっ毛を三つ編みにして淡い黄色パールイエローのワンピース水着に身を包んでいる。愛嬌いっぱいの彼女に良く似合っていた。


 制服姿の時には隠れて分からなかったが、キャロルはかなりスタイルもいい。さらに腰に巻いたパレオが年齢以上に色香を醸し出してもいる。


 特別美人ではないが彼女には何とも男性の目を惹きつける魅力があった。今もクラスの男子達がチラチラと盗み見ている。


 昨年、クライン・キーノンとの婚約が破談となり、キャロルを狙っている者は少なくないのだ。


(クライン様も愚かなマネをしたものね)


 キャロルはウェルシェと同じ特別クラス。しかも、昨年の剣武魔闘祭では魔技芸術マギアーツという種目で優勝した。こんな魅力的な才女を蔑ろにして婚約を解消されたクラインはただのアホゥだとウェルシェは思う。


「ウェルシェも一緒に遊ぼうよぉ」


 そのキャロルがウェルシェの腕に絡みついてきた。その細い腕やパレオのスリットから覗く白い脚が艶めかしい。ウェルシェの腕に押し付けられた胸の膨らみは意外にボリュームがある。中々に魅惑的だ。


 対してウェルシェの格好は、若草色ブライトグリーンのワンピース水着。


 抜けるように白い華奢な四肢を惜しげもなく晒し、日頃は隠している豊かな胸も強調され、青少年達を全て悩殺する凶悪なデザイン。


 それでいて明るくいやらしさを感じさせない緑色がウェルシェの妖精のイメージを損なわない。


 そんな誰もが見惚れる水着姿――の上からダボダボのパーカーで隠していた。パレオまでしているから完全に衣服を着ているのと変わらない。


 ウェルシェの可愛い水着姿を期待していた思春期の少年達は膝からがっくりと崩れ落ちて涙した。


「こんなビーチ滅多に来られないんだから」

「私は結構ですわ」

「なに辛気臭い顔してんのよ」

「だって……」

「エーリック殿下がいなくて寂しいのは分かるけど」


 何故ここにエーリックはいないのだろう。実はウェルシェ、けっこう落ち込んでいた。


「そんなに可愛い水着なのに隠すなんてもったいないよ」

「エーリック様以外の殿方に肌を晒すつもりはありませんわ」


 せっかく張り切って選んだ水着も見せる相手がいないのだから。


「それじゃ殿下がいたら水着姿になる?」

「それはもちろん……」


 エーリックの為に選んだ水着なのだ。当然エーリックとこのビーチでキャッキャウフフをするつもりだったのだから。


「――ッ!?」


 水着姿で……そう想像した瞬間ウェルシェの顔がボンッと音を立て真っ赤になった。


「う〜無理ですわ」

「ウェルシェはホント初心うぶねぇ」


 羞恥に顔を赤くするウェルシェにくすくすとキャロルが笑った。


(私、ホントどうしちゃったんだろ?)


 剣武魔闘祭で自覚してしまったエーリックへの恋心。


 その折、ウェルシェはエーリックに思わず告白してしまった。エーリックは気を失ってはいたのだが、その時の事を思い出す度にウェルシェは恥ずかしさに悶えてしまう。


「前は迎えに行ってお昼も一緒にするくらい積極的だったのに」


 それもあってウェルシェは最近エーリックを少し敬遠していた。こんな状態で自分からエーリックに会いに行くなど恥ずか死ぬ。


「エーリック様にはしたない女と思われたらと考えると恐くなってしまって……」

「完全に恋する乙女ねぇ」

「もう放っておいてくださいまし」


 くすくす笑われウェルシェは膝を抱えていじけた。


「そんなこと言わないで遊ぼーよぉ……そりゃ!」

「キャアッ!」


 キャロルがグイッとパーカーを引き摺り下ろすと、ウェルシェの華奢な白い肩から水着では隠しきれない豊満なバストまで露わになる。


「な、何をしますの!?」


 慌てて胸を両手で覆うウェルシェ。だが、涙目で肩を露出させるポーズの方がよっぽど煽情的だ。


 近くで目撃した男子生徒の幾人かが鼻血を噴出してぶっ倒れていく。「衛生兵! 衛生兵!」と叫ぶ声と共に担架が運び込まれているのが見える。


「うわぁ、ウェルシェの水着姿は凶器ねぇ」


 ウェルシェの艶姿に卒倒して担ぎ出される純情ボーイ達をケタケタ笑いながらキャロルが見送る。ウェルシェは頬を膨らませ怨みがましい目でキャロルを睨んだ。


「もう! もう! もう!」

「そんな可愛い顔してたらまた男達にちょっかいかけられちゃうわよ」


 キャロルの言葉には言霊でも宿っていたのか、二人に男の影が落ちる。


「マルトニアの砂浜には可愛い妖精が現れるんだね」


 声をかけてきたのは黒髪、黒目の褐色イケメン。

 海パン姿をしたトリナの王子トレヴィルだった。

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