第17話 その隣国の王子、本当に意味深じゃないですか?


「ほ〜らこんな感じで」


 キャロルは自分達に影を落としたトレヴィルに半眼ジト目を向けた。


「ふふっ、俺に降り注ぐ太陽だけじゃなく女の子の視線も熱いぜ」


 鍛えられた浅黒い上半身を惜しげも無く晒すトレヴィルは、まさに太陽の似合う美男子と言ったところ。色気たっぷりに髪を掻き上げるトレヴィルに周囲の令嬢達が顔を赤くして見惚れている。


 彼女達の熱い視線に気温まで上がりそうだ。暑っ苦しいからあっち行ってくれないかなとキャロルは本気で思う。


「それなら、その熱い視線を注ぐ女の子の方へ行ってください」


 シッシッとキャロルが追い払うように手を振るが、トレヴィルは特に気にした風もない。


「俺が欲しいのは白銀の妖精からの熱い視線だけさ」

「トレヴィル殿下も懲りませんねぇ」


 キャロルはウェルシェを守るように抱き締め睨みを効かせた。


「どんなに頑張ってもウェルシェはあげませんよぉだ」


 べーっとキャロルは舌を出してトレヴィルを牽制する。


 二年生になってからトレヴィルはずっとウェルシェにちょっかいをかけてきた。おかげでクラス内ではウェルシェとトレヴィルはデキてると噂されてしまっている。


 それを知るだけにキャロルもこの女たらしに警戒しているのだ。


「こんな素敵な女性レディを前にすればどんな困難も乗り越えようとするのが男というものさ」

「ウェルシェにはエーリック殿下という婚約者がいるんですよ」

「知っているさ」


 トレヴィルは余裕たっぷりに意味深な笑いを浮かべた。


「だが、その婚約者は別の女性と懇意にしているみたいじゃないか」

「エーリック様は浮気なんていたしませんわ!」


 トレヴィルの言葉にウェルシェが珍しく感情を剥き出しにして怒った。そんなウェルシェを見てトレヴィルがニヤニヤと笑う。


「さて、それはどうだろうね」

「……」


 その噂はウェルシェの耳にも届いていた。どうも同じクラスになったアイリスがちょっかいをかけているらしい。もう二人はできていると口さがない者達が吹聴している。


 アイリスはマルトニア学園三大美少女の一人で、『スリズィエの聖女』と呼ばれるほど愛らしい令嬢だ。


 だが、ウェルシェにぞっこんのエーリックに限って浮気はないとは思う。心配するとすれば優しく女の子を無碍にできないエーリックの性格だ。そこをアイリスにつけ込まれている可能性もある。オーウェンの件もあってアイリスは油断ならない少女だ。乙女ゲームの攻略対象という話も気になる。


 もしかしたらエーリックもアイリスの毒牙に……


(何かしら)


 ウェルシェは苦しさを感じて胸を掴む。


(この胸のモヤモヤは)


 それは初めての経験――嫉妬。


 だが、恋愛音痴のウェルシェは自分の内にある気持ちさえ正確には理解できないのだった。


「浮気なんて……絶対にないですわ」


 それでもウェルシェはもやもやする気持ちを押し込めてトレヴィルを睨み付けた。


「だって、私とエーリック様は想い合っている仲なのですから」

「想い合ってる?」


 トレヴィルがくっと笑う。


「確かにエーリックはウェルシェを好きかもしれない」

「そ、そうですわ。エーリック様は私を好きだっていつも仰ってくださいます」

「それは本当のウェルシェにかい?」

「え?」

「エーリックが好きなウェルシェとはいったい何なんだろうな?」

「……」


 ウェルシェは答えられなかった。


(エーリック様が好きな私……)


 そんな事はトレヴィルに指摘されるまでもない。ウェルシェはエーリックの好みを良く知っている。だからこそ出会った日よりウェルシェはエーリックの好きなウェルシェを演じてきたのだ。


 そう、エーリックが好きなのは擬態したお淑やかなウェルシェ。

 擬態の下に隠し続けてきた本当の腹黒令嬢ウェルシェではない。


「私は……」


 なんて答えようか悩んでいると、急に目頭が熱くなってきた。


 そして――ほろり……


 頬を伝わるひと雫。


(えっ!?)


 ウェルシェは自分が涙を流しているのに驚いた。ウェルシェは涙を自在に操れる。それなのにウェルシェの目から涙が自然と溢れてくる。


 今まで自分の意思とは別に涙を流したのは一度だけ――それは昨年の剣武魔闘祭で試合に負けエーリックに申し訳なさを感じた時だけだ。


(どうして私はエーリック様の事になるといつも……)


 戸惑い自分をコントロールできない。

 次から次に目から涙が溢れてしまう。


「ウェルシェ!」


 これに驚いたのはウェルシェ自身だけではなかった。キャロルは目を見開き、トレヴィルも声をかけるのを躊躇う。


「大丈夫、私がついているから」

「キャロル……」


 キャロルがウェルシェを慰めるように抱き締め頭を撫でる。そして、キッとトレヴィルを睨めつけた。


「私には意味が分からなかったけど……でも、ウェルシェを泣かせるなら殿下でも許しません」

「これは俺に分が悪そうだ」


 トレヴィルは肩をすくめる。


「妖精姫を慰める役目は可愛い騎士様ナイトに任せるよ」

「もう二度と来なくていいですよ」


 イーッと威嚇するキャロルに背を向けるとトレヴィルは手をヒラヒラと振って去っていった。


「ぷっ、キャロルったら……相手は一国の王子様よ」

「ウェルシェの為なら国相手だって戦ってやるわよ」

「すっごく頼もしい騎士様ですわ」


 おどけるキャロルにウェルシェは涙を拭いながら笑った。その涙にはもう悲しみの光はない。


「やっと笑ってくれたわね」

「ええ、ありがとうキャロル」


 コツンッとおでこをぶつけてウェルシェとキャロルは笑いあった。

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