第15話 そのイベント、本当に始まりますか?
近ごろウェルシェとぜんぜん会えないと嘆き悲しむエーリックであったが、無情にも講義は続く。
「この奥にある部屋は薔薇の間と呼ばれる場所で……」
だが、その気持ちとは真逆に教師が奥へと生徒を導いていく。
「ロゼンヴァイス王朝時代には王座の間として使われていたと考えられ……」
かなり年月が経過しており、遺跡の壁や天井は朽ちかけていた。
「朽ちて崩れやすいから壁には触れないように」
生徒達に注意喚起しながら教師の解説は続く。
王国は滅び、今では遺跡となった王座の間。そこは天井が落ち、陽の光に晒されていた。現在では薔薇の間と呼ばれるだけあって、崩れた壁や柱に蔦を絡ませあちこちで薔薇が野生化している。
入り口から見える部屋の奥は階段状になっており、その一番上には薔薇が密集して王座のような形状になっていた。
「ふふ、ここが薔薇の間かぁ」
薔薇の間に入るとアイリスは興味深そうに辺りを見回した。
「スチルにそっくり。ここであのイベントが発生するはず」
「?」
隣でアイリスが何やら呟いていたが、エーリックには意味が理解できなかった。
「この王座に咲き乱れる薔薇を見て何かを連想した者はいるかね?」
今まで淡々と講義を進めていた教師が急に問いかけてきて全員が顔を見合わせながら戸惑う。
「童話『雪薔薇の女王』のラストシーン」
その中で答えたのは意外にもアイリスだった。
さっきまで講義を真面目に聞いていなかったアイリスが急に回答したのだ。教師も意表を突かれたのか、僅かに目を見開き驚いている。
「その通りだ」
ほんの数瞬だけ沈黙が流れたが、教師が気を取り直して講義を続行した。
「このロゼンヴァイス王国が『雪薔薇の女王』の舞台『薔薇の国』のモデルとなった場所と言われている」
薔薇の国は豊かで平和な国であったが、国を治める薔薇の女王が隣国の王子と恋に落ちたことで一変する。彼女の愛する王子は薔薇の国を奪おうと近づいた痴れ者だったのだ。
「王子に裏切られた『薔薇の女王』は傷つき心を閉ざしてしまう。すると彼女の胸に咲いていた赤薔薇が凍てついた心と同じ白き氷の薔薇となって、彼女は『雪薔薇の女王』となる……」
そして、雪薔薇の女王の力が暴走し薔薇の国は氷と吹雪に閉ざされた世界へと変貌したのだった。
「史実では東隣の同盟国カルミアに裏切られロゼンヴァイスは滅びるのだが、このカルミアは現在のトリナ王国の前進となる国で……」
「童話はホントの話なのに」
アイリスがぽつりと呟く。その呟きはエーリックの耳に届いていたが、この時はなんとも思わなかった。
アイリスはあまり教師の話を聞いていないようで、周囲にキョロキョロと視線を飛ばしている。何かを探しているようだ。
「この辺がスチルにあったトコかな?……ああ、あったあった」
何かを見つけたのかアイリスが一面に薔薇を咲かせる壁に近寄ると、その中から無造作に赤い薔薇を一輪摘む。あまりに自然な動きで、誰も咎める者がいない。
まるで、アイリスだけ別の世界にいるよう。
教師も生徒もリアクションに困り、ただ茫然と見守る。
突然、アイリスは指を薔薇の中へ突っ込んだ。そして、ぐりぐりと
「ふふふ、みぃつけた!」
満面の笑みを浮かべアイリスは薔薇の中から手を抜いた。
「これが『
見ればアイリスは指に何か摘んでいた。目を凝らせばそれは白い指輪で、宝石の代わりに薔薇のレリーフが施されている。
「この指輪をはめて……と」
ここまでのアイリスが取った一連の行動。
迷いなく一輪の薔薇を目指し、躊躇なくその薔薇の中へ指を差し入れ、そこから指輪を取り出し、逡巡することなく指輪をはめる。
エーリックは急にアイリスが不気味に感じてきた。
どうして指輪がそこにあると分かったのか、どうして当然のように指輪をつけられるのか……彼女の行動には確信があるように思える。
ケヴィンの時もそうだが、まるで全てを知っているかのように振る舞うアイリスは異質だ。
「それから薔薇の王座に近づけば……」
誰もが唖然とする中、アイリスが段上の王座へと進むと密集していた薔薇が動き出す。薔薇の王座が割れて床に地下へと続く階段が現れた。
「な、なんだこれは!?」
今まで何度も訪れた場所で初めて見る光景に教師は驚愕した。生徒たちも突然の成り行きに言葉を失い、ただ目を大きく見開くだけ。
「あはっ、あはははは……」
ただただ皆が呆然とする中でアイリスの笑い声が薔薇の間に響く。
「これでイベント『雪薔薇の女王』が始まるわ!」
アイリスの顔が邪悪に歪む。そこにはスリズィエの聖女と呼ばれた清純そうな少女の面影はなかった。
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