第6話 その話、本当に本当ですか?
「ねえ、さっきの話をどう思う?」
イーリヤが帰るとウェルシェはカミラが注いだ紅茶に口をつけてから尋ねた。
「この世界が乙女ゲームとかいう創作物ってヤツでございますか?」
イーリヤの話では彼女達が前世で遊んだ『あなたのお嫁さんになりたいです』という『乙女ゲーム』なる物語とこの世界が類似していると言うのだ。
その乙女ゲームなるものは、『攻略対象』と呼ばれる見目麗しき男性達とイベントをこなし、フラグを回収して仲良くなるようヒロインを操作する遊びなのだとか。
攻略対象はオーウェンやその側近達がメインで、他にも多数の貴族、王族の子弟に役が振られている。ヒロイン役はアイリスで、ヒロインの邪魔をする『悪役令嬢』役がイーリヤらしい。
そして、今年度末の卒業パーティーで『悪役令嬢』のイーリヤは悪事をオーウェン達に暴かれ
「まあ、ぶっちゃけイーリヤ様は頭大丈夫ですか?」
「ぶっちゃけ過ぎでしょ!」
仮にも相手は公爵令嬢である。不敬なんてもんじゃない。
この歯に衣着せぬ物言いはさすが腹黒令嬢の専属侍女だ。
「相手は公爵令嬢よ。もう少しオブラートに包みなさい」
「それは申し訳ございません」
さすがのウェルシェも聞き捨てならなかったらしい。
「せめて夢と妄想の狭間の住人とでも言っておきなさい」
「それ、あんまり変わりませんよ?」
やはり似た者主従だったようだ。
「いずれにせよ荒唐無稽すぎるお話でございました」
「そうね」
ウェルシェの見るところ、イーリヤは享楽的で悪戯っ子のような側面がある。だが、根は真面目で他人を欺けるタイプではない。
「イーリヤは他人を陥れる為に騙す人柄とは思えないけど……」
それでも、とてもではないが
「彼女の知識の根源が前世にあるのなら納得はいくわ」
イーリヤとアイリスは別の世界の日本という国からこの世界に転生者らしい。彼女達の前世は魔術が無く、科学が発達した世界。
イーリヤのアイディアのことごとくが前世で得たもの。それで『知識チート』の意味は何となく理解できた。
「それに、真偽はともかく彼女達がこの世界が『乙女ゲーム』であると信じている事実は無視できないわね」
「はい、イーリヤ様のお話が真実であろうと妄想であろうと、アイリス様がオーウェン殿下を始め数々の貴族令息を
これがウェルシェの頭痛の種なのだ。
「ですが、本当にオーウェン殿下は卒業パーティーで婚約破棄をなさるでしょうか?」
「イーリヤはそう信じているわね」
「ですが、そんな真似をすればオーウェン殿下は破滅しますし、アイリス様も恐らく無事では済まないでしょう」
昨年のやらかしでオーウェンは廃嫡の危機に瀕している。そんな中で自分の後ろ盾であるニルゲ公爵の令嬢イーリヤと婚約破棄するなど自殺に等しい行為だ。どう考えても合理性に欠ける。
「アイリス様は自殺願望でもあるのでしょうか?」
「私だって知らないわよ。アイリス様はゲーム通りにハッピーエンドになれると信じているんじゃない?」
「もしそうならばオーウェン殿下の立太子は絶望的です」
アイリスが何を信じようが勝手だが、現実は彼女の思うようには動かない。
「ここはもうオーウェン殿下の事はすっぱり諦めて、エーリック殿下を国王に据えませんか?」
「国王はぽやぽやのエーリック様には荷が勝ち過ぎるでしょ」
「無問題です。お嬢様がエーリック殿下を裏で操って傀儡政権を樹立すればいいんです」
カミラはどこからともなく操り人形を取り出す。金色の髪に青い瞳の人形はどことなくエーリックに似ているような気がしないでもない。
「『やぁ、ボク、エーリッくん、ウェルシェの操り人形さ』」
「ぶほっ!」
カミラが十字の釣り手を操作しながらエーリックの声マネをすると、今しがた口に含んだ紅茶をウェルシェが吹き出した。
「ゴホッゴホッ! な、何よそれはぁ!」
「私が夜なべして作った渾身作『マリオネット・エーリッくん』です」
似てるでしょと胸を張るカミラ。無表情なのにどこかドヤッているように見えるのが不思議だ。
「『さぁ、ボクを上手く操って国を牛耳ろうよ』」
「だからぁ、私は王妃なんてなりたくないんだってば!」
エーリッくんをカタカタと操るカミラに対し、ピシッとウェルシェがこめかみに青筋を立てた。
「いいじゃないですか王妃。お嬢様にはお似合いの役職でございます。『ボクもそー思う』」
カミラがマリオネット・エーリッくんと顔を突き合わせて『ねぇ』と頷き合う。
「ぜ〜ったいイヤッ!」
「ですが、お嬢様が王妃になればお嬢様と結婚できてエーリック殿下も幸せ、肩の荷が下りて王妃オルメリア様も幸せ、国も豊かになり国民も幸せ、お嬢様が幸せになって(お嬢様の悪戯に悩まされずボソ)私ども使用人も幸せ、みんな幸せで八方丸く収まりますよ」
「私ひとりが不幸じゃない!」
「我が儘ですねぇ」
バンバン、テーブルを叩いて猛抗議のウェルシェにカミラはふぅっとため息をついて肩をすくめた。
「私は必ずオーウェン殿下を王太子にしてみせるわ。私自身の為に!」
「ホント清々しいまでに自分本位ですねぇ」
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